“Don’t warry.” “What about?”

私が発見したサイバーセキュリティに関する情報を報告するブログです。

神を正しく恐れる態度をさらに正しくする について Facebook未公開記事

ハニーポット

とは、非常にたくさん存在するセキュリティテクノロジーに関する1つのセキュリティテクノロジーである。

 

セキュリティテクノロジーの1つでしかないハニーポット は、大量にあるセキュリティテクノロジーの中ではたいへん狭くて小さいテクノロジーである。

 

珍しいうえにさらに狭く、かつ、小さいハニーポットというセキュリティテクノロジーは、セキュリティインシデント対策として最近増えつつある自動化、AI化を採用する新しいセキュリティテクノロジーと比べると珍しいうえにさらに狭く、かつ、小さいセキュリティテクノロジーとなる。

 

物凄く多いセキュリティテクノロジーの中から1つ選択してサイバー犯罪者に負ける奴が多く、その人たちの人数にセキュリティテクノロジーの数を計算すると、個人や組織ごとに異なるセキュリティ設定が次々に生まれるため、セキュリティテクノロジーを概観するならば、できない、ということになるので概観を得ようとすること自体、やめた方が良いだろう。

 

非常に多くのサイバー犯罪被害者が、毎日生み出すさまざまなセキュリティテクノロジーの設定の数。この膨大なうえにさらに大きいセキュリティテクノロジーの種類を、大量にあるセキュリティテクノロジーとかけあわせ、さらに、日々増え続ける最新のセキュリティテクノロジーの数をかけあわせ、そのうえ、多くの種類があるAIや自動化処理、コレらをかけあわせると概観は諦める、という答えが得られる、ということになる。こうしてサイバー犯罪被害者は毎日増え続け、サイバー犯罪犯罪者が勝利し続けることになるのだが、ソレはすでに昔のこととなった。

 

セキュリティテクノロジーすべてを概観図に書くことは諦め、無駄な時間を過ごさず、ただちにサイバー犯罪者に報復すると時代がきた、と考えると良いであろう。

 

私はついさっき、神を正しく恐れる態度を進化させることとなった。

 

不正侵入したエアーコンバットオンラインというゲームのユーザーのサイバー犯罪者は、やはりセキュリティテクノロジーで防御されると弱すぎるユーザー以外のナニモノでもない、つまらない奴に成り下がるのだが、そのクズを見ながら、ついでに私の改めるべきところがあれば改めよう、という余裕を持ったので、さっそく改めたのである。

 

神はマルウェア化を勧めているようである。だが、マルウェア化とは、犯人の端末自体をマルウェアに満たして使用不可能という成分の1つに変えることであることも含まれていたのであった。

 

と、すると、

ジャンクなのに動くという特徴を持ったサイバー犯罪者のスマホやPCは、ジャンクに近く、仕様から遠いモノにならねばならない。使用不可能PCはジャンクなのか? そうではないのか? 使用不可能スマホはジャンクなのか、そうではないのか? この答えは、ジャンクになりそうだが、犯人は滅ぼされていないので、犯人のデバイスは、使用に難く、ガラクタ同然、ということになる、そうなる。これからそうなるし、そうなるのだから↑のようになるのである。なぜなら

そうでなければサイバー犯罪者を追い払った、とは言えないからである。神の示す正義の観点から、マルウェア化する対象の幅を広げなければならない、ということが、インチキゲーマーに連勝を続けるとみえてきた! のだが、あまりにも広大なセキュリティテクノロジーの世界へ行くと、途方に暮れることになってしまった。

 

いろいろ調査してみると、戦勝体験についてはまったく触れていないNTTコミュニケーションズの出版物などに代表される、ガラクタ本が高い値段で販売されており、さらに、ポイントも少ないので買う奴はバカじゃねーの? とわたしに思えるのだが、そういう類の本を除外する態度なら、広大なセキュリティテクノロジーの世界の道標が自分自身になれる、とわかったのである。

 

だが、広大なセキュリティテクノロジーの世界で、サイバー戦争に参戦して勝利を続けているのかどうか?  という羅針盤で充分な力を得られるのか? 正義を得られるのか? ということに疑問を感じたのも、↑のことがわかったその時であった。

 

そこで、サイバー犯罪者に勝つ体験を多数持っており、かつ、私にピッタリで、さらに、力を最も得られる情報でなければ役に立っても価値は無い、と日本の出版物のうちのセキュリティテクノロジーに関するジャンルのうちの、OSは問わないことにした場合の当該国の出版物に対するハードルを上げてみたところ、素晴らしい効果を上げ、同時に神を恐れる態度が進化し、答えを得ることもできたのであった。

 

答えは、ハニーポット。やるなら楽しくて面白く、かつ、企業が苦しむ様を横目で見ながらバカにし、余裕で勝ち組になり、神の正義を貫くために神の計画をサポートする人たちのために戦う、コレはいったい何か? 疑問はコレである。答えは↑であった。

 

ハニーポットは私がサイバー犯罪者が持つ銀行口座やホットウォレット、コールドウォレットのIDとパスワードを盗み盗ることには直結しないし、通じないのだが、役に立ってもツマラネーセキュリティテクノロジーよりも役に立つので、まあいいかな? と。

 

ハニーポットとカリOSの関係でいうと、ベストセラー本に書いてある内容をハニーポットに追加して使うカンジで運用すれば良い、というバリエーションの話となる。攻撃と防御の関係ということになる。

 

カリOSは正直、犯罪用OSとしての方が有名になっているようである。ペネトレーションテスト用のOSであるのは本当だが、他人の端末を攻撃することに使われることが多いので、同OSのツールを使う際には神を恐れる態度が必要になる。神は正義の無い奴には呪いをくだし、まだたりないはようなら追加し、強化し、さまざまな機会を利用してあらゆる選択が可能なたくさんある呪いを叩き込むのである。

 

この呪いを込めてカリOSのツールを他人の端末を攻撃するために使う場合は、正義のために戦うことになるので、愉快なことに変わる筈だ。餓死していくサイバー犯罪者を横目に見ながら明るい未来へ向かって、宇宙植民地時代に対応するように自分をさらに強く進化させる。コレに見合った防御は何か? 私はハニーポットが一番自分に合った方法だ、とわかったのである。ソレならハニーポットで良さそうだが本当だろうか? などと考え、インチキゲームユーザーを叩きのめし続け、そしてどうやら正しい、と判断し、そこであっという間にセキュリティテクノロジーの概観を得ることになったのであった。

 

1つわかればすべて納得可能な世界に変える力を得ることができる。

セキュリティテクノロジーの世界は、ちゃんと整理されていることがわかる。なぜなら、そうでなければ、1つわかると全部納得できるようなことは起きないからである。

 

自分にピッタリのセキュリティテクノロジーがニッチであってもかまわない。日本人のほとんど全員が、この答えを持つことができない筈だ。主流から外れることができないからである。時代は標準化を目指す企業社会の住人と、新しい人類とを生み出した。時代は正義から流れてくだるものである。水のように流れてくるものは正義である。正義から生まれる仁義忠孝礼という正義の子らは、すべて人の心に流れてくだるようになっている。その時、水と共にあるものも人のところにやって来て、去っていき、海に流れ込む。水と共にあるものとは、時間である。誰のものでもないものでもある。時間は海に流れてくだり終えるものであり、蒸発して姿を変え、成分をも上空で変え、正体を正義の子である大気の諸成分に変え、再び神のものとなり、神から流れてくだり、海へと流れ終えるものなのである。よって、自分の時間、という概念は、人類とたもとを分かれた企業社会にのみ存在する思考の成果物の1つとなった。人類は新しいデバイスを動かすために、Linuxを選んだ。働く際に役に立つとかどうとかは無視している。なぜなら、殺されかねない時代に、殺されることなく生きるためには、正義と共になければならないことを知ったからである。こうして、Windowsで動くウィルスとウィルスが生む混乱やリスクを別れていくので神は満足を得ることになったのである。

 

この構図で考えると、ニッチは主流、ということになる。この構図は、神をエロヒムと考える人たちには理解可能。したがって、エロヒム以外の神を拝む人には理解不可能になる。こうして、間違えている神の子の系統や、動物の子の系統と人類は別れることになり、神は満足を得たのであった。動物の子の系統とは、かつて猿を美しい、と間違えて思い込み、娶り、子孫をドンドン産ませて人のようになった人の子孫たちのことである。神はノアの方舟で知られる時代のその時に洪水で滅ぼしたのだが、その後も間違えてる神の子は現れ、動物の子が再び増え始めて、詐欺師やマフィア、暴力団などになった。身分と立場と精神のいずれかが動物の子の系統であると、動物の子と呼ばれることになる理由は、聖書に書いてあるとおりである。神の子と動物の子が子を生むと、その子は動物の子となる。例外はない、と。

 

こうして、神の計画をサポートしたいという願いは正義の重んじる人類の意見の中に溶け込み、育つ時代になり、主流になったのである。思想や信条に拘らないとは、自由についての思考の成果物で、国連の人権宣言の内容ともなった。その成果の意味は、人類共通の敵を皆殺しにしろ、人類同士は協力し合え、という意味である。事実、そのようになったのでいまのようになったのである。

 

そこで、主流とは多数の別に寄らずに確立した1つの分類の仕方の成果であることがわかってくることになる。すると、

周囲の人がやってることは正義だ

とか、

ブームは正義だ

などの間違いが起きなくなるのである。主流とはニッチを成分に含み、ニッチとは主流の一部をなすため共通点を持つ。

こうして、正義とはあらゆる機会、あらゆる人類の各自、あらゆる宇宙の共通点となるので、神は満足を得たのであった。

 

私が選んだセキュリティテクノロジーハニーポットは、ニッチであるための苦労を伴い、その苦労を克服する勇気が次の明るさを決める。かなり明るい。私にはそのように見えた。テクノロジー的な限界はもちろんある筈だ。たとえば、カリOSのログ削除ツールを許さない力がまだ足りない、とか、ログを残さない中途半端なTCP通信を犯人がしてきた時にもログを残す力がまだ足りない、とか。

こうしたことがあるのだから、ハニーポットを選択する以上は、不足したら自作する、不足したら補う機能を探して使う、ということにも納得を得なければハニーポットは選べない筈であり、私は納得を得たので選ぶことにした、と。こういうことになる。

 

この判断は、かつて、ニッチなPDAというジャンルのうちの、エグゼクティブ向けのジャンルの製品であるNewton OSを選んで面白がって使っていた体験を踏まえて正解の域に達する判断である。ニッチのうちのニッチな商品を個人的に使う苦労は、たくさんのNewtonアプレットを生み出した。熱心なファンも増やした。Newton OSユーザーは、これまでの OSのファンたちとは当時から根本的に異なっている。なせこんなに熱心なのか? この答えは、悪と別れ、正義とともにあるために、神の計画をサポートしたいから、である。

 

発想する紙

コレと

ハニーポット

を並べて考えていたのだが、納得可能な位置を見つけることはできた。なければ作る、探してあれば使う、コレが楽しく愉快なこと。その意味は、↑のとおりである。

 

スカリー元Apple社の社長の考えは、神の計画をサポートする、という観点で作られた思考の成果であろう。それなら、Apple社が倒産しそうになるまで研究を重ね、売れなくても熱心に開発を進めることで、表に現れない強力なサポートを得られた筈だ、と考えは進む。もし、Mac OSを捨て、Windowsのマルチスレッドブームを無視してNewton OSの開発を進めていったら、Apple社が倒産まぢかになったあたりで、強力なバックアップが作用し、トントン拍子に経営が立ち直り、売れようが売れまいが失敗しようが成功しようが、すべて人類に愛され、大儲けする企業になっていった筈だ。売れたら失敗、売れなければ成功、そして、失敗しても成功しても失敗。こなロジックは今でも健在。人類は主流だと定義してニッチな製品を選ぶからである。ビジネス戦略など学べば、アーリーアクセサーがどうのこうの、などの話はすべてこの私が書いた数行だけわかればすべて納得に変わる。

 

こうして、ニッチなセキュリティテクノロジーハニーポットは主流のセキュリティテクノロジーになっていくんだろうなあ、と私は予想。このように考えるソフトウェア開発者たちのアプリがドンドン私のiOSバイスに増えていくのも当たり前。勝者はだいたい神を恐れる態度を強化することが楽しくて愉快だ、と体得済みなのである。