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藤原式家→遠藤家 まとめ

摂津源氏傘下の武士団である渡辺党・遠藤氏

にした。

かつ、

北面武士

かつ、

正義の名のもとに鬼や鬼の共犯たちをブチ殺しまわることはタイヘン愉快なことである、のロジックを体現する奴。

500年おきだから、1469年、この付近。北面武士ができてから、となったからには。この仕事は江戸末期まで続いたらしい。所司代がオモテ、裏家業が北面武士

 

 

書く!

 

 

 

 

摂津源氏。いろんな源氏とは異なり、源氏の嫡流。主役やね。仕事は征夷大将軍坂上田村麻呂は鬼女を斬り殺して治安維持体制を更新した大将であるが、源頼朝以降は政治と軍事、さらに徳川家康以降はほぼすべてを担当する仕事になった。

 

摂津源氏からは強者ばっかり出てくる。

コレに謎の源氏である冷泉源氏を併せて考えると、世界中で神と共に暗躍して正義を更新した軍勢のもと、それと正体がわかるような気がする。

 

 

 

 

摂津源氏(せっつげんじ)とは、

摂津国の多田に根拠地を置いた清和源氏嫡流

多田源氏と呼ばれることもある[1])。

摂津国とは、大阪県北部と兵庫県の一部。

渡辺党

遠藤茂遠=文覚の父親

役職は左近将監(さこんのしょうげん)

 |→刀=恒次(左近将監・備前

 

 

 

 

そもそも遠藤茂遠の仕事内容は?

何やってたか?

儀仗兵

 

どこの?

内裏

 

徳川家康も儀仗兵。

遠藤茂遠も儀仗兵。

渡辺党は各地に支流になる血筋を残して三河渡辺もいる。明治時代は子爵かな? たしか。

渡辺党の渡辺 綱は鬼を斬り殺した。つまり、自由世界の住人である。コレぐらいのレベルでないとダメだろ、ヤッパリ。納得の実績である。

 

 

 

 

遠藤茂遠は渡辺党に所属する内裏の儀仗兵。子はバカの文覚。

ここまでわかった。

 

 

 

 

http://www2.harimaya.com/sengoku/html/wat_sokan.html

遠藤茂遠の属する血筋の遠藤家は意外なことに藤原式家という教科書に出てくる藤原氏につながる家系らしい。知らんかった。

遠藤家は、藤原忠文から始まった。この人も意外なことに戦争に参加する人で、平将門(どうみても鬼やね)の乱の追討戦に参戦している。知らんかった。

同時期、平家が源氏より出世

藤原忠文の孫、為方は渡辺の地に入って定着系遠藤氏になった。まだ源氏方の渡辺党はこの地に来ていない。

為方の仕事は?

遠藤六郎大夫・摂津守・惣官。? わからん。

為方の子の頼方は、和泉・紀伊・摂津三ケ国総追捕使。治安維持活動担当部署で鬼斬りを含むがどうかはわからんが、正義のために働いていた。

源氏の勢力が伸びてきた

渡辺党も勢力を伸ばしてきた

渡辺の地には、平家の家来となった遠藤氏と源氏の家来の渡辺党が勢力争いなら参戦、という体制で活動をしていた。

この2つの勢力が渡辺の地の勢力すべて、である。

源氏勝利。平家滅亡

鎌倉幕府スタート

バカの文覚が遠藤氏から出てきて頼朝に接近(ケネディとかバイデンとかと同じやね)、厚遇を得て流罪

バカのおかげで鎌倉幕府から遠藤氏、勢力をさらに伸ばす

渡辺党は各地に支流になる手下にもなる一族を作っていく

 

 

 

 

冷泉源氏の暗躍を私は感じた。渡辺の地からは、結局、勢力争いに巻き込まれても逆に強く進化する遠藤氏の渡辺党が出たわけだ。このあたりは、どう転んでも正義の軍勢は残す! 強化する! という神が愛するロジックを実行する者たちがいたとしか思えないのである。たぶん、謎の源氏は、人民の解放がテーマとなっている殺戮者の集団で、かつ、エロヒム以来の神の軍勢である。正義の名のもとに悪党を殺しまわることは、タイヘン愉快なことである、という神の、そして謎の勢力やね。

 

 

 

 

このとき、白川伯王家神祇官

天皇家鎌倉幕府白川伯王家と遠藤氏と渡辺党と各地の守護、地頭と御家人たちが、冷泉源氏の暗躍を得て神とともに正義の計画を実行していた、ということになる。

 

 

 

 

と、すると、

自由世界と、税が二重の不自由世界の2つを完全に把握し、理解していたのは誰か? がこの時代の流罪を実行した人たちによって判明するのではないか? と。

バカの文覚は流罪

つまり、天皇家鎌倉幕府も鬼が見える奴ばっかりだった、と。スゲー

 

 

 

 

渡辺党の戦略は全国展開、

遠藤氏は渡辺の地で展開。

渡辺の地は、カネ儲けが簡単になるように渡辺党が海ビジネスをしている。当然、渡辺党をサポートするためのビジネスをやっていたのは遠藤氏であろう。暴れまくって鬼を斬りまくってカネ儲けをしてきた渡辺党のメンバーの場合は、遠藤氏は鎌倉幕府のカネで厚遇接待。たぶん、宿からして一流の。ソコに泊める、と。海産物は納得の旨さ。備前モノの包丁を遠藤氏が使って料理、と。

当然、日本刀も名刀ばっかり渡辺党のメンバーに鎌倉幕府のカネを使って安く売って厚遇。

 

 

 

 

渡辺党が強い理由がだんだんわかってきたような気がする。鎌倉幕府のカネが倹約家の遠藤氏によって正義のために使われて、備前モノが有名になり、鎌倉時代では長船が人気の名刀になった、と。

そして、その頃、関に兼常らが移住、名刀製造ビジネスが岐阜県で始まり、織田信長が苦戦して占領する前も後も三河に渡辺党のメンバーがいるので、ソコで遠藤氏のメンバーが鎌倉幕府天皇家室町幕府のカネを使って名刀を三河に、さらに、渡辺の地に買って持って帰って渡辺党のメンバーに安く売って三河と渡辺の地で厚遇するビジネスをやっていた、と。

 

 

 

 

たぶん、そうだろ?

 

 

 

 

藤原式家

奈良時代

藤原宇合(ふじわら の うまかい)からスタート

道家の体形をしている(竜のカタチ)

父親は藤原不比等

聖武天皇称徳天皇の祖父でもある

祖父は藤原鎌足

藤原氏スタート

飛鳥時代

 

 

 

 

藤原鎌足中臣鎌足の改姓後の名前。

藤原氏は日本歴史上最大規模の氏族。

有力な政治家を多数人出した名家。

したがって、日本史上においては最大と名家とわかる。

 

 

 

 

藤原宇合は公卿。

茨城県の行政監督を経て蝦夷の乱のときに大将として参戦した。

戦争に滅法強い藤原宇合、というイメージやね

長岡京の建設計画の責任者に就任

長屋王の反乱時に軍事的面で活躍

密告を受けたらすぐに長屋王を包囲。乱を鎮めた。

 

 

 

 

不動産業の優秀な業者は、賃貸物件の借主が不渡りを出した、と噂を聞いたらすぐに情報を確認する。そして、事実ならすぐにオーナーのため、自社のためにその入居者を追い払う。追い払ってからは、入居可能な物件を扱う別の不動産屋の名前を口に出す程度のフォローをする。

 

 

 

 

長岡京の建設時に藤原宇合は優秀な不動産業者に成長していたようである。

藤原宇合のイメージは、

戦争に滅法強く、

かつ、

首都を建設する優秀なゼネコン、

かつ、

優秀な不動産業者のイメージやね。

ちなみに、遣唐使の体験はあまり感じない

太宰府に警護用の軍事マニュアルを藤原宇合が作る。50年後も使用される軍事マニュアルとなった。

 

 

 

 

藤原忠文

藤原式家

宇合→藤原百川太政大臣)→藤原緒嗣(ふじわら の おつぐ) →藤原 枝良(ふじわら の えだよし)の子

平将門の乱の時には征東大将軍になった。

忠文が陣地に到着する前に平将門は討たれて死んだ。

藤原純友の乱の時には征西大将軍になった。

忠文が陣地に到達する前に藤原純友は討たれて死んだ。

恩賞は忠文には出なかった

忠文は不満を持った。

忠文の死後、将門(鬼)の祟りが将門を討った藤原実頼の不運と不幸となった

なぜかわからんが、この祟りを忠文の祟り、と噂されてしまう

 

 

 

 

将門を不自由世界で討った際に鬼に変わらなかった筈だ。したがって、不自由世界で乱は鎮められた、こういう出来事だった、とわかる。

自由世界で鬼と露呈した将門を誰が討ったのか? なんとなく、渡辺の地にいた遠藤家、と思いたいがどうなんだろうか?

藤原忠文から遠藤家はスタートしたのである。なんとなく、忠文が陣地に着く前に遠藤氏の誰かが将門のクビを討ったような・・・気がする。

忠文、ソレを知って恩賞を要求。

不満

恩賞が出なかった、と遠藤氏の誰かが知った

不満

自由世界が見えるたのではないか?

遠藤氏の誰か、つまり、忠文の子が将門を自由世界で鬼の姿になったのを目視確認したうえで、斬り殺した

このため、将門はクビだけで関東に飛ぶ

祟り発生

藤原実頼の子孫に不運と不幸が集中

 

 

 

 

忠文はそこまでの不運と不幸の集中について遠藤氏の誰かと話をし、将門が祟りを起こすことを早期に警戒することを選び、表だっては恩賞がもらえなかったカタチをつくり、不満を持った、までちゃんとやってバカな将門をバカにしつつ祟りを避けた、と。

 

 

 

 

たぶん、そうだろ?

 

 

 

 

遠藤氏

藤原式家につながる家系である。

軍事関係に強い血筋である。

その後は自由世界と不自由世界の両方で正義を実行する家系である。

 

 

 

平将門は大鬼であろう。ソレを不自由世界で斬り殺し、自由世界でも斬り殺した、と。

その後、平将門の祟りが起きた、と。不運と不幸は藤原忠文によるものではない。将門による祟りでは?

 

 

 

まとめおわり

 

 

 

 

🍙˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮ ❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚

次は将門を斬ったカタナについて