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力愛不ニ を数式的に書くと胎蔵界はどう変わるのか? Facebook未公開記事

少林寺拳法の特徴=力愛不ニ

 

不ニ

釈尊の時代は算数である。

いまなら機械学習とか。つまり関数や二次関数など。

 

力+愛

 

少林寺拳法の6つの特徴の1つが力愛不ニ。

 

力とは正義。正義とは理想郷建設の力。

愛とは慈悲。慈悲とは考えないと生きていけない、という慈悲。

 

慈悲には許す、とか庇う、とか愛される、とか贔屓にされる、とか色々ある、という考えがあるが、この考えは正義から愛が生まれた、ということがわからない人が考える思考の成果である。ビッグバンから宇宙が生まれたのであるから、正義が宇宙のモトになった原子か粒子をぶん殴って大爆発させた、と。つまり、正義とは異星人であり、神のことである。

 

神とは理想郷建設の力であり、力とは正義である。

 

ウチは力が先、という意味はビッグバンのハナシにも通じる開祖 宋 道臣の発した教えの1つである。つまり、少林寺拳法は愛より先に理想郷建設だ、というハナシなのである。そして、理想郷建設とは神そのもののことであるので、理想郷建設とはビッグバンを起こした神、という意味があることになる。

 

 

 

 

余談だが、和楽器バンドの千本桜という曲の歌詞の一部に

聖者の行進、ワン、ツー、さんっ、しっ

という歌詞がある。

建設とは神、というロジックがわかりにくい人は、この歌詞が

聖者とは改行キーのこと

行進とは改行キーの押下のこと

ワン、ツー、さんっ、しっ・・・とは、4回改行キーを押下する、という意味で、

聖者の行進 ワン、ツー、さんっ、しっ

は解説、ということだ、とかから慣れると良いだろう。

 

 

 

 

解説という意味は、解説をブログなどに書く場合は、4行あけると読みやすくなる、という意味である。私の考えでは、だが。

 

 

 

 

愛とは慈悲である。だが、正義に律せられて大爆発した後に生まれた宇宙、つまりダーマの持つ慈悲、と解釈するとわかりやすくなるのである。何でもかんでも許されると思ったら大きな間違いなのである。正義に反する愛は正義の無い愛でえる。正義の中に入れないわけだから。

 

 

 

よって、何でもかんでも最後にはダーマが救ってくれる、などと考える思考は、暴力側の思考だ、ということになる。バカげた考えだ、というわけである。なぜ、戦争には大義名分が必要なのか? 慈悲だ、と主張するためである。この部分だけは昔から釈尊の教えどおりであった。世界中が、である。よって、宣戦布告をせずに旧日本軍がアメリカ軍の真珠湾を攻撃したことは、タイヘンな罪なのであった。東京裁判はきわめて厳しい裁判になった。当たり前のことなのである。慈悲ではないのだから、慈悲のない裁判になって当たり前。このあたりはハンムラビ法典における罪刑法定主義の原点になった

目には目を

歯には歯を

から来るロジックかもしれない。ソレにしても日本のファシストたちは酷かった。

 

 

 

 

こうして、胎蔵界=宇宙=ダーマ、となり、胎蔵界=慈悲 なのだから、ダーマの慈悲、となり、その意味は、バイオセントリズムから考えを進めると、意識が受胎中の脳が形成されて新皮質が出てきた胎児に物理的に入って、思考となるという意味である。思考となる、という意味は、新皮質が旧皮質や他の肉体の部位に作用する力を発揮する部位になった、という意味である。昔の作家のなかには、胎児の時の記憶を持っている、という作家がいたらしい。北杜夫のエッセイに書いてあった。納得できるハナシである。思考可能な状態なら記憶をする力もあるのであろうからである。よくわからんが。

 

 

 

 

この思考が意識である。意識とは魂である。魂の成果物は精神のことであるのだから、量子の精神場とは、魂が集まりなので、量子の精神場は精神を持つ、と考えることができるのである。コレがダーマの空間の大部分を占めるダークマターではないか?

 

 

 

魂とはつまり、宇宙の構造と同じ構造を持つ。釈尊と宋 道臣はそのように教えをまとめている。そのとおりであろうから納得できる教えである。

 

 

 

 

慈悲とはつまり、思考して精神を持ち、精神の成果物をつくることそのものを意味とするのである。慈悲とは考えることそのものを表す。考えることそのものとは、言動のことであり、言動とは精神の成果物の態様である。考えて行動することを、意志のある行動、という。意志とは意識のことなので、魂のある行動、ということになり、ただ生きているだけではない証拠は、人道を尽くすことで得られるのであるから、精神の成果物とは、人道を尽くすと得られる正義の行動のことで、その正義の行動とは力そのものであるので、拳禅一如の枠から出ないようにすれば、愛が伴う力でなければ正義の行動とは言えないことになる。これは宇宙と同じ構造である。

 

 

 

 

したがって、慈悲とは思考とは・・・と考えを進めると愛という概念にあたり、そこから逆算すると、愛とは考えることだ、ということになる。宇宙は生産する力を持つ。つまり、建設力を持つのである。この建設力のことを愛、と呼ぶので、愛とは考えることとは・・・と続いて胎蔵界! と答えを出したら、胎蔵界の意味は、思考すること! となり、思考することとは慈悲である、となるのである。コレは宇宙の構造とまったく同じ。

 

 

 

 

そういうわけで、力愛不ニとは少林寺拳法の特徴の1つであるわけだから、少林寺拳法の特徴の1つの力愛不ニとは何か? と考えると算数式に答えねばならなくなるのである。

 

理想郷建設力+思考力=少林寺拳法

 

特徴とは外形や内容のうち、特記すべきことを特徴というのである。したがって、↑でOK。

 

少林寺拳法たは理想郷建設力と思考力を足したもの

 

では、コレを端的な表現に変えるとどうなるのか?

 

理想郷建設を力と思考を使って進めることを少林寺拳法という

 

になる。そのまんま事実である。そこで、拳士であればさらにその先を考えねばならない。なんのために少林寺拳法を続けているのか? この答えを自信満々に答えねばならない。人道を尽くしているのだから自信満々に答えて当たり前なのである。

 

 

 

この答えは、理想郷建設の技を開発するため、となる。不思議な技を研究してそうな道院長たちや支部長たちは、実は武技としての少林寺拳法を不思議な技として再編するなどの工夫を凝らしているようである。ソレなら、その工夫は理想郷建設のためである、とわかるのである。合田先生が1人で道場を建設した、とか不思議なハナシがあるのだが、このハナシは有名であるのに、ええーハナシだわあ、とか、素晴らしいハナシだわあ、的な軽々と闊歩するような思考で語られてしまうのがタイヘン残念である。合田先生は、どんなノコのヒキ方やノミの打ち方、ハンマーの使い方、などしたのか? 興味ないのかね? もしかしたら、すべての道具をいっぺんに同時に使って、まるで小人さんが助けてくれたようにしかみえないカンジで建てたのかもしれない、とか。そこまで考えると、はじめて

そりゃ無い

という答えを得られるとか、何かしらの真実を教えてもらえるであろう。ええハナシだわあ、とか、参考にしなければ! とか、物理的な考えでは・・・。都市のデザインが一変する経験を私は海老名市でしたが、半年で都市が丸ごと変わったので、道に迷ってしまった。アレ? 畑がなくなってる! とか、なんでこんなに家が増えてんだ? とか、コンビニがあった道がバーミアンごとなくなっているうえに、デカイ屋敷もなくなってる、T字路も無い! 続いてる! と。そのまんま進んだら海老名市に入ったのだが、3回往復して30キロも走って確認したが、一変した都市は元に戻ることはなかった。マップソフトでもなんでも昔からそのまんま、というカンジであった。

 

 

 

と、すると、

不思議な建設テクノロジーが四国の島々にあるのかもしれない! とか思わんかね? もしかしたら、未知のテクノロジー少林寺拳法の拳士だったら使うことができる、とかなんかあるのでは、とか思わんかね? 無いならつくってしまえ、とかも。人気の高い意識なら、物理的な実在に変わるのである。理想郷建設テクノロジーが四国の多度津にあるのではないかね? ソレが瀬戸内海の島々に眠る太古の建設テクノロジーだったら?

なぜ、大和朝廷が黄泉の国の鳥取県の政権や福岡県の邪馬台国をはじめ隼人の国を征服できたのか? 理想郷建設テクノロジーを用いて邪魔な奴は理想郷から外へ放り出す、コレをやったからではないのかね? そういう考えまで持ってこそ、少林寺拳法の隠された魅力を体現するのだ、と思わんかね? なぜ、多度津なのか? なぜ、少林寺拳法だけは一派で九大武道の一角になったのかね? 

 

 

 

 

ここで、コレを考えない物理的な考えしか持たない拳士は、手を抜いた、とされる筈だ。5段が最高段かな? と。よくわからんが。少林寺拳法の隠れた魅力を体現すると、どうせ不思議な技の研究な役に立つようになっているから、6段まで、さらに整理すれば7段、さらに一系統ごとバンドウ先生のように編み出すと8段、・・・こういうことかもしれんではないか? と私は面白がっているのである。不思議な技とは何か? 3段以上の拳士は研究をスタートするように指導されていないだろうか? 手を抜いた覚えがない、という拳士がなぜか5段どまりになるのはなぜか? なんとなく、いま、少林寺拳法に足りない系統とは、理想郷実現の技、都市のデザインをいきなり一変させて理想郷に変える技、この系統ではないか? 三系統だが、本当は四系統にするのが正解なのではないか? 多度津には、瀬戸内海の島々には太古から伝わる不思議な技があるのではないか? そのテクノロジーを用いれば理想郷が実現するのではないか? 日米安保体制であれば、現在の大和朝廷になれば、日米安保朝廷になるのではないか? 少林寺拳法が日米両国とともに両国の繁栄を願う活動を行いのであれば、国際化にかこつけて銃武装などするとかあるのではないか? アメリカ軍の兵器が宇宙戦争対応済みであることを動画でみると、学者レベルでないと使うのは難しそうな武器、とかわかってくるのだが、そのような難しい武器も、・・・とか想像することはないのかね? 令和のモモタロウになるためには、面白い拳士てにならないとダメなのである。世界中が面白い人を求めている。人とは霊止である。思考するなら鍛えた拳から不思議な理想郷実現パワーを出す! ←コレ

 

 

 

力愛不ニについて、胎蔵界について考えを述べておいた。何かがある。このテーマには何か不思議な何か・・・何かがある。