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開祖 秘蔵映像 こういう演武から私は学ぼうとした。YouTube Facebook未公開記事

https://m.youtube.com/watch?v=KxeUwDGGxfU

 

胴をつけて組演武。88年の大学生関東大会で組演武で出た同輩2人を観て、180センチを超える人と160センチ後半の人とで銅を蹴るのは無理があったような気がしていた。予選落ちしたがまあそりゃそうかもナー と私は思っている。私は私で2段の先輩たちと衆敵闘法で精一杯であったので、彼らは彼ら、というカンジ。一回、団体演武にまわって、ソレから衆敵闘法に変わった、という経緯もあったし、団体演武に出る同輩の1人から、今回はコッチが主役だ、と思ってたのに、と聞いてそういうもんなのか、と私は思ったが、まだ乱取りが弱かったし、ソレで考え込むことが多い時期になっており、彼らは彼らで、と。このとき、たしか一番上の鎖骨の折ってしまい、パフォーマンスが落ちたこととかもあって正直、部の中がどうなっているのかどうでも良いカンジだったのである。

 

初段を得たあたりでフルコンタクト空手を観る見方が変わった。テコンドーやマーシャルアーツの動き方とかよく観ていて、何かを変えるとこうなりそうだナー と思いながら観るようになった。結局、こうにはなれそうもない、とわかってSBを観て、膝の上げ方など学ぶようになった。この時期はなぜ自分は強くなれないのか? について悩んでいた時期であった。結果的に、連打とサバキが合わさった戦い方に落ち着くことになる。飛び込んで連打、コレなら運歩がまだうまくできない拳士には確実に動きを制することができ、部的だわあ、と思ったし、さらに、散々連打して、相手からキメる気がない、と思われることを計算に入れて次はダマーって相手の攻撃を待ち受ける、と。すると、たいがいは少林寺拳法の蹴りとか突きでくるので千鳥に身体を捻りながらまっすぐ下がり、相手からするとなんだかよくわからん下がり方をし、つまり、反撃するのか逃げるのかわからんと感じさせる下がり方をし、相手の第二波にあたる連打をわざと引きずり出し、相手がリズムに乗るための何かの技、つまり、出しやすい技なのだが、ソレをわざと当たりやすく感じさせる↑の下がり方とガードを下げるための中段構えをして今度は疲れたフリをするために演武の時より腰を上げ気味にして、誘いをかける、と。すると、たいがい、2段でいうところの中段返で勝てる、と。

 

 

 

 

こういう初段を過ぎてまわし蹴りが速くなり、2段をとって関東学生大会で慶應乱取りして、まずは光速を目指した逆のまわし蹴り、次は相手のセオリーどおりの、かつ、速い足刀蹴を出されたものの同時蹴りとなる逆のまわし蹴りで最優秀賞、と。この時には迷いは去って光速を目指すことで精一杯であっちため、受賞した喜びはほとんどなく、単なる通過点に過ぎない、佐山や猪木はもっとスゲー、と思って練習メニューを受賞後ということでアップグレードした内容に変えるための思考で忙しかった、その後も忙しかった、と。

 

 

 

速いとなにかと得なのである。光速の蹴りを白帯のときの合同研修でみて、スゲーと思ったのがよかった。光速で攻撃されると慌てるものである。コレをまずは単撃で、次は左右で、次は4発、リズムのために順蹴り、とかいろいろ反攻を作られると、守るしかなくなるでしょ? 終わらないのに数多く、となれば。ふつうは、だが。

 

 

 

 

毎日、順の上段三日月蹴りとかテケトーなカンジの順蹴を30発連続で蹴る、とかやってるとだんだん蹴り方がわかってくる筈だ。力の加減が、である。相手の胴に当たる寸前でわざと引いて相手の注意が上に向いたら蹴り込む、とかけっこう工夫に工夫を重ねていた。サバかれなくてもサバかれる、という前提で愉快に内心では楽しみながら、やってたかな? たしか。下手なフェイントだと膝を上げてすぐ終わり。コレでは・・・。

 

段蹴りを学んだ瞬間に、フェイントかけることを学んで以来、段蹴りをするなら腰を入れて戻して、というカンジで完全に蹴り方を統一することに明け暮れたのである。他人よりそうとう負荷が大きい練習内容になるが、毎日同じ基本練習してるわけで、飽きる筈なのだが、誰も飽きないようであった。同輩たちの頭脳を疑いながら、私は工夫に工夫を重ねたのであった。すると、勢いと弾みが光速に通じることを体現できるようになり、ソレなら上下のリズムでできる揺れは無駄だから前後に変えられないか? とかやっていくうちにファイティングスタイルに変わっていき、ソレで良いとは教わっていなかった私は、コレではダメだ、と勘違いし、3段になるまでソックリ変えった姿勢のままであった。つまり、マイケル・ジャクソンのようなカンジやね。

 

しかし、あのままファイティングスタイルをロジックどおりに変えていたらマイク・タイソンの構え方になる。私は猪木ファンであり、佐山ファンであったので、前傾するなら特攻時、と思っていたので勘違いをしてしまったのであった。前傾姿勢からだと腰への負担が減るのに、伸びれば遠くまで蹴ることができる蹴りばっかり出せるようになる。腰を低くしすぎたら、内受蹴り小手投。そういう工夫で初段技をどんどん活かす、と。すると、立禅に。膝から下が演武しているときのような角度になっていたから、当時のジーンズを履くと驚いてしまう。

 

 

 

 

この膝の角度は太氣拳のテキストで、傾斜のあるところで立禅をしている6段の拳士の先生のあのシーンで、傾斜のある地形を真っ平らな地形にするとそうなる。だから、立つしかないわけで。こういうのを教わらずに得ていくと必ず苦労が無くなるのである。ソレは高段者が苦労した時に、はじめて知る秘密である筈だ。アレは間違いではなかったのかあ、とか。そして、たとえこうであっても瞬時に苦労を通り越すやり方がある筈だ。たぶん、ソレは振り身。山崎先生のように大きな振り身をしていると、前と後ろに円、脇に卍ができるのだが、突天一して順のまわし蹴りをある角度でやると、基本通りの角度を保ちながら実はそうではない蹴りになる。わかる奴にはわかる筈である。唸る、畝る、強い、速い、力が要らない、不思議な蹴りになるのである。わかる奴にはわかる筈だ。体力の限界を超えて乱取りしていて、もうダメだ、となってはじめて脱力して乱取りすると勝てる、と体験したらわかる筈。勝ち負けにこだわるな、とはけっして少林寺拳法では教えない筈だ。少林寺拳法は勝ち負けではない、単なるスポーツではない、特殊な肉体は作らない、とは教えられるが。つまり、克つ、やね。この場合は、だが。克たねばならないときに克てないと6段になるときに苦労すると思うね。私は。研究に研究を重ねて5段を得て、6段以上になるには、不思議な技を会得しておかないと隠れた少林寺拳法の魅力を伝えることができる指導者になれない筈である。だからジョークは自己に克つために必要なのだ、というわけで、開祖 宋 道臣はかなり愉快な人であった筈である。面白い人だったと思うけどね。ヌケヌケと言えることがたくさんあった筈だ。哲学しているとわかることだが、観点を変える際に意味を変える、という技がある。国際化信条あたりがソレかな? と私はみているが、ようはそういうハナシなのである。愛民愛郷だけで、ウザい論争を挑んでくるバカをまくことができる、とかいろいろ利用できそうなんだよな。わかる奴にはわかるやり方がわかってくると、かなり面白かったと思うね。開祖の会話は。しかも圧倒する強さと正しさがある人であるわけで。

 

 

 

 

ようは、速さ。私はそうだと思うのである。光速少林寺拳法は、大きく、速く、でやりゃ誰でもそうなる。そうすると、不思議な技がでやすい拳士になる。マジメにロジックを重視しているだけでは、苦労すると思うね。床を軽く蹴ると暴風が弱まる、とか聞いてわからん拳士は、苦労人確定かな? と。そういう技が白帯の時から習う技に隠されている、とわかれば良い。ちなみに、隠されたパワーを用いて外界に作用させると、反動が返ってきてタイヘンな目に遭うことがある。誰かに誤爆すると、知らない奴が激怒して襲ってくるとか。たぶん、暴風を防ぐと誰かにヒットしたと思うんだよな。わからんが。そして、ヒットした奴は、ほぼ確実にタリバン側の悪党である。2001年の911以降なら、だが。

 

 

 

 

こういう目で5段の拳士を私は評価しているのである。物理的すぎてダメだなコイツ、と思ったらもはや日米英では通用しない、ということなのである。理想郷建設の技とかできそうもないわあ、と。超能力のような霊能力のような不思議な技ができる5段なのかどうか? 道場長はよぉくいまの時代を考えてやった方が良い。ダメだ、とメッセンジャーで情報がまわされたら、どこに支部なり道院なりを設けても無理だから。量子の時代に入った地球だから、という理由かな? ようは。人智学から金剛禅に変わった、ということなので。酸素が無くなる、寒くなる、コレは霊現象というものだが、ようは宇宙から量子がきた、という現象なのである。意識が物質化して何が悪いのか、と私は考えるのだが、意識が物質化しなさそうな超能力者や霊能力者が多すぎるので、ウソつけ、と思って彼らを見ていると、たいがい季節的変化を因子にもつファッション。だからバレるのである、と。けっこうタイヘンだと思うね。何がなんでもロジックどおりにしてやる、という霊の立場がわかってくれば、だが。不審死を遂げるかもしれんし。金剛の身体だけでは・・・。不思議な身体でなければ・・・。