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金剛禅 少林寺拳法 武専 特殊な身体 Facebook未公開記事

武道専門学校を少林寺拳法は持つ。

私が現役の頃、30年前にはすでにあった少林寺拳法の武技を専門的に学校というカタチをとって教える専門学校を武専と呼ぶ。

 

 

 

 

金剛禅は特殊な身体を持つ人、つまりプロスポーツ選手用の教義は持たない教義を持つ。拳士の人の質を高めてすべての社会に送り出せば理想郷を建設する速度が加速する。そう考える教義なので、プロは必要だが、拳士全員がプロになる必要は無い、ということになる。生業を持ちながら自分の質を高めて金剛禅社会、企業社会、市民社会自由社会に参加して理想郷を作ろう、というわけだからである。

 

 

 

 

いまどきはグローバルな視点で理想郷建設を行うので、↑の社会は国境を超えて金剛禅活動の対象とされている。

 

 

 

 

とはいえ、コンゴ少林寺拳法を教える先生は30年以上前からすでにいたし、その他の国々でも、とっくに金剛禅活動を行うために少林寺拳法を教えにいく先生はいた。コレによって、釈尊の正しい教えは少林寺拳法によって蘇ったばかりではなく、世界中に広まることになったのである。

 

 

 

 

この過程で、海外は日本とは異なることを私は優れた先輩から教えてもらった。当時、この先輩は7段であった。この先輩によれば、海外ではまず強いのかどうか、強くなれるのかどうか? を真っ先に問うてくる、とのことであった。センセイは強いのか? センセイに習うとジブンは強くなれるのか? という関心、観点から質問される、と。この点、日本ではプロ格闘家を目指す人以外とは異なるのである、と私は教えられた。当時は武道専門学校で拳士に武技を教える人を育てよう、という時期にあたるので、その一環として、大学を卒業したら武道専門学校で教えることを目指したらどうか? という意味だったのではないか? と私はいまやっとわかったところである。

 

 

 

 

私が現役当時は、3段以上で、かつ、自分が通う道院の道院長や支部支部長から許可があれば、武道専門学校に通うことができた。

3段以上で、かつ、見込みがある拳士には声がかかる、というカタチであったのである。

 

 

 

 

私は不思議な技を使う先輩が総本部から戻ってきて、ずいぶん知能的な人に変わったなあ、と思ったことがある。軽く撫でるように鳩尾を蹴る法形の相手になって教えてもらったとき、本当はこうやるんだよ、と言われて始めたのだが、そもそもこんな穏やかな話し方をする人ではなかったので、アレ? と思ったが次の瞬間にはサッと蹴られて、その瞬間、私は胃袋が急激に萎縮して嘔吐感に襲われてすぐにそのカンジを抑えるハメになった。軽く足の甲で触る程度の力であったのに、である。この先輩が総本部に行く前にはものすごい筋肉体であったし、信じられないほどの負荷をかける筋トレ好きだったので、その逆になってもスゲーなあ、と私は畏れ入ったのであった。少林寺拳法はスゲーことを身をもって体験したのは、その後の夏合宿であったがその前に、トンデモないテクニックを教えてもらっていたのである。見てもわからんと思うね。少林寺拳法の場合は。

 

 

 

 

ごのように、初段程度では何がなんだかわからん強さは何がなんだかわからんのである。コレをわかるようになるのがだいたい3段以上である。初段でも熱心な拳士なら↑の私のように分析しながら、かつ、抑える感情や反応は新皮質で抑えることができるのだが、仙道の呼吸法をもって武して整理し、プロ格闘技から得られることを整理して少林寺拳法に活かすようにしていると、なんとなくはわかる、というレベルに初段のときに至る筈だから、このような驚きの体験はそんなに珍しいことでもないだろう。

 

 

 

 

 

この先輩は四段であったので、じゃあ6段とか7段は? 8段は? と強さについての憧れが増すことになるのである。私は夢枕獏の小説からずいぶんヒントを得ていたが、ようは北斗神拳の技はできそうな技がある、というスタンスだったので、このような憧れと畏敬の念と待ちに待つ待望の気分を持つのは当たり前、と。そういう拳士なら見込みがありそうだ、と見られるようになるのであろうが、その目標は武技としての少林寺拳法の武道専門学校で教える拳士になる、ということであったのだ。やっとさっきわかった。

 

 

 

 

このようなハナシであるので、武専に通う拳士には武専自体が納得されることになる筈だ。不思議な技の研究をしている拳士から学ぶわけで、その研究成果は物理的でもあり量子的でもある理想的な技となって教えられるわけである。なるほど、カネを出す理由がわかった、というカンジやね。次の段階に進んだわけだ、と。道院や支部のレベルから専門レベルになった、と。道院や支部は専門家だけを育てるわけではないけど、そういう仕組みかあ、かな? そういう考えに至るから武専には納得なのである。

 

 

 

 

とはいえ、ちゃんと通わない道場長も私はちゃんと調べて知っとる。なんか知らんが、学生としてApple製品が安く買えたら良いのに、とかメガネの底からズルそうな目をキラキラされている道場長であった。5段やね。こういうカネに絡むお得な情報とかは、キラキラするので本気だな、とわかるのだが、初段技とかわすれてはならない筈である。キョロキョロしている時は暗く沈んだ目に変わっていた。だからこの先輩、他の先輩からいじめられてたんだなあ、とよく明学大の部の歴史を理解した。現役当時はソレなりに熱心だったからなんでこんなに嫌う先輩がいるのかわからんかったが、そのとき私は納得した。武専とはこのような効果も上げる存在なのである。

 

 

 

 

いまどきの少林寺拳法のサイトでは介護のリンクがあるぐらいで、老人が多くなったから介護かな? とは思った。だが、ソレだけではなく武専、さらに、スポーツ関連の専門資格取得者、とスポーツの指導を正しくできる人を作ろうとしていることも忘れてはならない。単に介護は学校で教えるほどではなく、スポーツ指導者資格も学校を作って教えるほどでもないようになっているので、じゃあそういうわけで、ということなのである。

 

 

 

 

この調子でいくと、たとえばりらくるとかラフィネとかは滅ぶかもしれん。私が知るかぎりでは少林寺拳法の整法は不思議な技レベルを教えるから、少林寺拳法を上回ることは無理だと思うね。

 

 

 

 

そういうわけで、少林寺拳法は昔からずっとプロとは何か? 金剛禅とは何か? を指導者や選手がプロ、それ以外はアマチュア、と考えており、すごい高レベルに至っているのである。つまり、北斗神拳のマンガはあながち間違いでは無い描写をしていた、ということになるのだが。もしかしたら、頭が膨らんでぶっ壊れるぐらいの技もあるのでは? 私は一瞬にして歯が無くなる不自然な現象をはじめ、鍛えた筋肉が逆にねじられ変えられる被害を受けたが、けっきょく自分の指先や掌を使って治してきたし、いまはかなりリカバリーできてきたから、数年あれば必ず自由は取り戻せる、と断言する。そのやり方は少林寺拳法の3段までに培った身体をに戻すわけだから、3段までの技で得られる捻り方などいろいろやって治す、だが、法形ではなくトキやケンシロウやレイのように指先や掌を用いたマッサージである。本当に元に戻るからスゲーのである。私が、ではなく北斗神拳が、でもなく少林寺拳法の技が、である。不思議な技のレベルではないので私はスゲーから除外することにした。当たり前だが。聖句は信条して道訓するだけで良い、と教範にも書いてある。そのとおりであった。昔から中学生の男子からビリっと痺れたあ! とか喜ばれる私の手はたぶんうる星やつらのラムやね。したがって、南北元斗のどれかを学んでいるラム、ということになるのかね? よくわからんが。まあ、自分でも高機能な掌や指先がわからんのだから、そういう意味では不思議な技ではある。だが、少林寺拳法の場合の不思議な技、という言葉の意味は、誰がみても不思議な技だ、なのである。私はそんなに多くの人にはためしていないので、よって不思議な技ではない! ということになるのである・笑。

 

 

 

 

会心の成果、という表現で伝わるのかどうかはわからんが、コストをかけたらコスト以上に得られる利益があった、というならわかりやすいかもしれない。ソレが武専。

と、すると、

介護のカリキュラムを熱心で、かつ、不思議な技を自力で自分専用に会得した拳士はは、どんな介護の会心の成果をあげるのか? ↑に該当する拳士が介護で成功をおさえて浮かべる笑顔のその笑みは は、どんな笑みなのか? である。

 

 

 

 

ココで、介護かスポーツジムか道場か? が大きな違いを生むことに気がつく筈だ。ようは、気持ち良い笑みになる筈だが、そりゃ介護ならそうだろうナー と私は思うのである。スポーツジムでは、気持ち良い笑みに加えて、なぜか成功したお客さんより気合が入っている、だろうナー。なぜかトレーニングしている人よりトレーニングしてそうな顔、その顔が浮かべる笑顔の笑み、なので、スポーツ選手が成功した時のコーチの顔やね。たぶん、だが。なぜかギリギリを感じさせる、お茶の間で観るとなんかヘンな特殊な顔、身内ならわかる、という突き放さし効果も含む、たとえばマラソンのコーチ、とかのアレ。FacebookとかInstagramなら OKでもTikTokはバカっぽい顔が多い。なのにTikTokでわざわざ? と思えるマジメな笑み。なんか不動産屋で売上が先月より上に更新されたときの、キャンペーン成功時のFacebookビジネスで成功した人を思わせるアレ。いまどきはそう思われるのだが、まあそのとおりかな? と。なんかヘンな笑み。ノリノリだからね。スポーツジムのコーチは。まあそうでないとオカシイわけだが。

 

 

 

 

武専ならそうとう気持ち悪い、不気味な笑みになると良い。少林寺拳法はけっして殺さない、とか、物騒な悪党を退治した開祖 宋 道臣の話とか、徳島から暴力団を消して欲しい、とかオランダの飾り窓あたりにいるマフィアのメンバーを一掃した、とかそういう話があっての少林寺拳法なのである。たぶん、アメリカ合衆国の大統領とか法執行機関とかに相応しい、悪そうな笑顔。釈尊からして王族の追手の軍隊と戦争して勝ったのかな? とにかく釈尊釈尊の得た真理を守ったわけで、その時の釈尊は、エジプトの奴隷監督者を紀元前13世紀に石でぶん殴ってできたそのエジプト人の死体を砂に埋めてイスラエル人を助けたモーゼと同じで、悪そうなカンジが漂う笑顔の笑み ←コレ

 

 

 

このように考えると、エリザベス女王は、さすが女王だな、と納得できるのである。凄みがある笑みだからである。正義の達人はたいがい恐ろしい笑顔の笑みを正しいタイミングと角度で浮かべることができるもんなのであるから、さすがイギリス王国の王族は正義だな、と。

 

 

 

 

スマイル0なのか、それともそれに加えてオモシロイのか? オモシロイ場合は釈尊レベルの高度な笑顔である。トランプ前アメリカ合衆国大統領とか。高度に高貴な人がニヤリと笑う場合は、いろいろタイミングと角度が揃うと恐ろしい笑顔になる。だから、オモシロイので正義だな、この大統領は、となるわけである。ブッシュ元アメリカ合衆国大統領もそうだし、たぶん、レーガンアメリカ合衆国大統領もそうだし、リンカーンアメリカ合衆国大統領もそういう笑顔だった筈だ。悪そうな奴だなあ、とホワイトハウスのスタッフが笑っちゃうほどの。コレがアメリカンジョークを支えるオープン アンド フレンドリーの精神であろうか? なんとなくスティーブ・ジョブスとか悪そうな顔なのに拳を口元に持ってくるとか役者みたいなことをしなくても良いのに・・・とか思わないだろうか? 商品説明している新製品発表ステージのまんまの笑顔で良いのにナー と。じっさい、通信事業者嫌いだったから電話のただがけとかしてたわけだし。

 

 

 

 

通信費が高すぎるから4割落とせバカ、とは菅首相官房長官時代にコメントを公式に出してる。どういう意味なのか? を東アジアの平和の観点からわかりそうなもんだけどナー。通信事業者のオフィスにシーホークとか飛んでいくかもしれんね。自治体の公務員と通信事業者は暴力団扱いになっているのだが。マスコミはまもなくエンターテイメントで陰謀話番組だけが頼りの存在になる。

 

 

 

 

ステキな笑顔ではなく、恐ろしい笑顔。どこにいま自分がいるのか? コレでわかる筈だ。ステキな笑顔はどこでも通用する。どこでも素晴らしい人を運動会の幼児扱いにするバカをバカにするためならどこでも通用するのである。アイドルグループが得意やね。

 

 

 

だが、恐ろしい笑顔はなかなか難しいのである。金剛禅のノリならわかる筈だ。いつ笑うならこの笑顔、などの計算そのものも答えも、である。なるべく肌が綺麗であると良い。たいがい少林寺拳法で綺麗になるけどね。でも少林寺拳法ができない人はウェルシアとかマンダムとかの男性用メイクのアレでOK。綺麗な肌、という観点だけでいうと、である。

 

 

 

 

 

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