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いまのところ、このブログでは、

 

金剛禅の思想は人気が高いようである。

武技については人気が低いようである。

健康プログラムについては人気が高い時と低い時がある。

 

金剛禅 少林寺拳法、すべて揃うと理想郷が建設できる。

したがって、理想郷建設の技を開発して体得するような修行なら金剛禅社会を含めた全社会が知りたがるのではないか? となる。

 

思想に興味がかたよる拳士は多いが、全社会的な特徴のようであるので無理もない。

 

金剛禅の思想は少林寺拳法を行うコトで体現できる思想である。運用法は嫌いだの演武が好きだの言っていては、何も建設できない。少林寺拳法は強くて当たり前、少林寺拳法ならなんでもできる、というコトは、運用法も好きだし演武も好きだし、金剛禅社会なら拳士が助け合うから拳士はなんでもできる、という意味である。運用法は好きだが演武は嫌い、とかアレはよい、コレはダメ、というような少林寺拳法はこの世にないし、少林寺拳法はすべて良いけど思想が好き、武技は嫌い、とか誰に誓ってもよいがこんなコトでは武士道や騎士道にある精神は身に付かず、けっきょくそんな奴は誰にも敬意を払うコトができない拳士になってしまうから、そのうちコソコソ何か隠し始めてゴマカシが多くなったりする。コレが自爆型修行である。

 

政府が進めるコロナウイルス対策やスポーツ繁栄のための施策の数々は、自治体に実行させることで日本を良く変えるようになる。日本はこうして改善されていくわけだが、金剛禅社会の内部から、拳禅一如の枠内から出ないで金剛禅社会以外の社会をみれば、どうせ混乱に陥る、とわかってくる。情報に依存する今の情報化社会は、金剛禅社会も含めて選択の段階から迷う者は迷うし、コストがかかるようになっているわけで、だから、入門と同時に不謹慎なコトに変わってしまう発心の動機の方が素晴らしい、と言うことになる。

 

ケンカが強くなりたいから少林寺拳法をやりたい

 

コレは素晴らしい動機なのだが、晴れて少林寺拳法に入門した瞬間から不謹慎な考えに一変してしまうので、教える側も入門する者たちも面白かってもらいたい。厳しい指導を受けても、さすが少林寺拳法! と真純単一に喜んでいる拳士がいるが、このようになってみればよい。昇級試験で気合を入れて相対していざやるぞ、と思った瞬間に、サボっていて覚えていなかった

 

聖句を言ってみい!

 

と言われれば、その場では困りはててしまうだろう。金剛禅社会以外を愛する国際の人類は、コレを知ったら

 

少林寺拳法はヒドイじゃないか!

試験の順番をその場で変えるなんて!

 

などと憤るものである。卑怯だ! 受験者への敬意が足りない! と、こういう具合である。キープ グレートだ! などと冗談抜きで憤り、ついでに怒り、ネットにそのことを書いて相談するなどし、拳士から

つまんねーから黙ってろ

と返答されて疑問を深めて晴せず、けっきょくわからないままにせっかくの理想郷建設のチャンスを機会を逃してしまう、と。それで思想チェックと称して、自力で金剛禅の思想を調べようとするようであるのだが、簡単にいえば、やりたくてしょうがない少林寺拳法なのだから、多少のコトでやめるような根性は、入門した瞬間に霧散してどこかは消えてしまうのである。だから、聖句をまったく覚えていないが、技ができていれば次までにちゃんと覚えておくように、という優しい指導になるから大丈夫だ、と意気込んで愉快な気分で昇級しようと企む拳士に、聖句一番から言うてみい! と試験官を努める拳士に突っ込まれても、オモシレーことが起こったわあ、程度で精神的なダメージなど一瞬モノにすぎない軽々とした落胆に変わり、オレもやられた! ヒデェよナー本部はよお! とか、どうせ同類の拳士がいるので、一瞬にして落胆に変わった挙げ句に分かち合われて分割されて、ついに何も反省することなく、聖句を覚え出す、こういう拳士が得てして少林寺拳法の立派な指導者になるぐらいはすでに王道として狭い範囲ではあるが知られており、今更、なんで? と調べられてもいつものように、少林寺拳法の拳士なら、

根性じゃないですかね? あの先生もですけど

などと言うので、ますますわからなくなるのである。余計な詮索をするヒマがあったら覚えろ、というハナシでしかない、こんなハナシは、といわざるをいわざるを得ない、コレが少林寺拳法の隠された魅力であり、カイマ見えた地獄である。ブラックホールみたいなモノなので、放っておけばけっきょく入門者がまた増えるだけで。

 

このように、まずは金剛禅社会の内部からナメ腐った態度をなくすようにしてきたのだが、スポーツ繁栄のためになるばかりで、肝心の少林寺拳法内部ではリーダーになったために負う責任を果たすために少林寺拳法内部を疎かににするような不謹慎な拳士が増えているらしいが、コレがもってのほかのバカ、というのである。思想チェックばっかりやってる連中が、である。コレではスポーツは繁栄するであろうし、根性が良い拳士が増えるばかりになる。したがって、快や不快の感情で修行を偏らせてはならない、というコトになるのであって、なるべく大きな考えを大きく実現するトランプ前アメリカ合衆国大統領のような拳士が育つためにはぜんぶやってみよう! でOKではないか? と。私も得意、不得意な技がある。四段以上の技でやっとそのジャンルができたわけだが、時間をかければどうということもないハナシである。ようは、理想郷建設の技を開発するコトが最も重要だからである。やる前からゼロコスト運動をしとけばなんとかなるように大宇宙の都合でそのようになっているので、細心大胆なサイバー空間での言動を心がけてやっていこう、どうせ繁栄するのだから。

 

 

 

 

ココまで書けば、読めばわかるコトはたいがい書いたコトになる筈だ。

 

次は健康プログラム。ヘルスビジネスだ。コレをウェポンから始めると必ず繁栄する速度が加速する、コレが思考のコツである。日本は日本刀、合衆国は銃から、となっている。マドンナが銃の規制に賛成してもどうせ繁栄するようになっているので、合衆国は銃社会のまま、正義は保たれ、儲かり、繁栄する、日本は岐阜県新潟県兵庫県、ドイツではゾーリンゲン市、と決まっている。

 

ようは、少林寺拳法の武技はウェポンなのか? どうか? コレを知らねばならないのに、運用法は嫌い、とか平気で言う拳士がいるからケンカに強い拳士に改造しなければならない。道訓から言わせるのではなく、道とは何か? を私のように、時間がないから胴蹴りの練習中に強い蹴りは何か? という関心にカコつけてついでに考え、わかるまで真純単一に蹴り込み続け、わからない場合は、自主練をし、サンドバッグに胴を縛りつけたり外したりしながら、道について考える、とかやれば道はわかるのであるから、わからないなら、ひたすら座るな、という禅宗の開祖の名言の真逆をやろう、と。根性は自分で叩き直すような方向で少林寺拳法を運営すれば、必ず少林寺拳法は武器だ、とわかる拳士が増えていく。神奈川県と高知県、ようは五ヶ伝の伝わる力を利用しよう、と。そういうノリで。

 

 

 

 

コレでトランプ前大統領が教えた、

次はヘルスビジネス

という意味がわかった筈だ。そのまんま金剛禅なのである、と持っていけばOK。強く正しい者は、必ず人気が出るのである。

 

 

 

正義は必ず勝つ。