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健康ライフのパスポート 4回目 Facebook未公開記事

https://shorinjikempo.or.jp/magazine/kenkolife04.html

 

転用

スタート

認知症の介護例


2007年6月、

義父、膵臓がんのため逝去(享年81歳)。

 

4年後の2011年、

一人残った義母に

認知症の症状が表れる。

 

独り住まいだったため、

娘二人

(うち一人がAの妻)

が交互に介護に赴く。

 

以後、

認知症は少しずつ深刻度を深めていった。

 

 

認知症

徐々に進行し、

その症状は

多岐にわたった。

 

義母の場合は

次のような症状をたどった。

 

当初、

物忘れがひどい程度だったが、

次に

テレビドラマの筋が追えなくなり、

銀行カードや財布をしまった場所が

分からなくなり、

家族関係が分からなくなっていった……。

 

そして

3年目に二度ほど徘徊行為があった。

 

一度目は帰宅することができた。

 

本人いわく

「バスに乗っていった」らしいが、

財布を持たず外出したため、

どのようにバスに乗ったのかが

疑問であった。

 

が、改めて問いただすと、

「料金は今度ね」

と運転手さんから優しく言われたとか。

 

二度目は、

一度目のバス小旅行の直後で、

妻が

近隣主要駅の駅前ロータリーにある

バス停のベンチを何気なく見ると、

義母が座っていたという。

 

嘘のような本当の話である。

 

 

さらに数年後には

排泄トラブル

(「トイレが分からない」

「ズボンや下着を下ろして排泄することが分からない」

などが原因で起こるトラブル)

も始まった。

 

その間、

娘二人を含めて、

周辺の家族たちも、

義母の変化に対して、

ただ手をこまねいていたわけではない。

 

最初はあたふたしていたものの、

地域包括支援センター」(※1)

の存在を知り、

不明な点は

積極的にケアマネージャーに質問し、

大いに介護の手助けをしてもらった。

 

また、

娘二人の家族は、

夫が食事を作り、

妻に負担を掛けないようにしていた。

 

また、

義母に

デイサービスで

過ごしてもらったり、

特別養護老人ホーム

ショートステイを利用して

宿泊させ、

適度の休養を取りながらの

介護であった。

 

※1 地域包括支援センター

介護保険法で定められた、

地域住民の

保健・福祉・医療

の向上、

虐待防止、

介護予防マネジメントなど

を総合的に行う機関である。

 

2005年の

介護保険法改正で制定され

区市町村に設置される。

 

センターには、

保健師

主任ケアマネジャー、

社会福祉士

が置かれ、

専門性を生かして

相互連携しながら

業務に当たる。

 

法律上は

市町村事業である

地域支援事業

を行う機関であるが、

外部への委託も可能である。

 

 

 

7年目の変化


2018年1月、

義母に変化があった。

 

ショートステイ中に

意識不明に。

救急車で

総合病院に運ばれ、

半日にわたる検査の結果、

軽い脳内出血が判明。

 

2日目に、

自然に出血が止まり

意識を取り戻す。

 

しかし、

左手左足に軽い麻痺。

 

その後

2か月近く

リハビリの専門病院に入院。

 

二足歩行器で歩けるようになり、

トイレも

自力で

行けるところまで

回復。

 

その後、

自宅で過ごし、

デイサービス、

ショートステイ

を利用して、

以前の生活に戻った。

 

 

2018年9月、

それまでそれなりに活発だった動きが

次第に鈍くなり、

食欲や意欲も低下し、

終日寝ていることが多くなった。

 

2018年12月末、

ショートステイ中に高熱を発し、

救急車で総合病院に運ばれる。

 

原因がなかなか分からなかったが、

入院して二日目、

脳に

CTスキャン

を行ったところ

重度の脳内出血が判明。

 

89歳と高齢のため、

治療は不可とのこと。

 

担当医から

このまま病院にいれば、

栄養剤を点滴して、

しばらくこのままの状態が続く

と告げられる。

 

さらに

「今後、どうしますか?」

と尋ねられる。

 

その意味が一瞬分からなかったが、

その真意は、

「病院にいますか。

それとも自宅に帰られますか」

という問いだということが分かった。

 

義母本人の意志により、

「一切の延命治療は行わない」旨を

担当医に伝えた。

 

義母は

認知症になる以前に、

亡くなった義父とともに、

「延命治療を行わない」旨の

文章を残していた。(※2)

 

 ※2 

自らが望む人生の最終段階における

医療・ケアについて、

前もって考え、

医療・ケアチームなどと

繰り返し

話し合い、

共有する取り組みを

「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」

と呼ぶ。

 

誰でも、

いつでも、

命に関わる大きな

病気やケガをする

可能性がある。

 

命の危険が迫った状態になると、

約70%の方が

医療・ケアなどを

自分で決めたり、

望みを

人に伝えたりすることが

できなくなる

といわれており、

自らが

希望する

医療・ケア

を受けるために、

大切にしていることや

望んでいること、

どこで、どのような医療・ケアを望むか

を、

自分自身で

前もって考え、

周囲の信頼する人たちと話し合い、

共有することが重要とされている。

 

Aの義母は、

このような機会を活用し、

書き残していたため、

家族の迅速な判断根拠となった。

 

参考:厚生労働省より
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisyu_iryou/index.html
https://square.umin.ac.jp/endoflife/shimin01/img/date/pdf/EOL_shimin_A4_text_0416.pdf

 


こちらから

「自宅に戻った場合、

あとどれくらいもちますか?」

と尋ねた。

 

その答えは

「4、5日」

というものであった。

 

初めての余命宣告である。

 

自力でモノを食べられない、

また

無理に水分を与えると

誤嚥性肺炎になる。

 

あとは

本人の残りの体力が

どれだけもつか、

それだけです

とのことであった。

 

年をまたいで、

2019年1月4日午前11時30分、

本当に眠るように

静かに息を止めた。

 

翌1月5日、通夜。

1月6日、告別式……。

 

 

 

まとめ


60代夫婦が

90代の母を

自宅に連れ帰ってから

亡くなるまでの10日間。

 

夫婦には

さまざまな葛藤や思いが巡る中、

悲しみから

静かに見送れたことへの安堵

(しみじみとした情緒)

へと変化していったそうだ。

 

生前より、

あとに残される人のことを考え、

身辺整理や

医療処置の希望を託しておくなど、

亡くなられたお義母さん

深い思いやり

が込められているように

感じられた。

 

またAは、

親の死の受容を通して、

得たものも

多々あった

と話してくれた。

 

昨今、

孤独死・介護心中(殺人)など、

やりきれないケースが

ニュースなどで取り上げられることもある中、

A家の介護事情は、

親族の協力体制や行政など

周囲からの援助を活用するなど、

複数の人間が

関わりながら

対応できた

ケースであった。

 

少子高齢化による

生産年齢人口の減少

地域の過疎化、

介護サービスの需要増加

などが急速に進む日本は、

今や

世界における

課題先進国である。

 

社会問題が多出する現在こそ、

私たちの問題意識を高める機会となり、

社会全体の意識

がアップデートされるぐらいに、

一人ひとりが関心も持って考え、

行動に変えていくときである

と思う。