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人間・宋 道臣 Vol.05 Facebook未公開

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宗道臣は「人たらし」だったと評されることがあります。

 

接する相手をいつの間にか懐かせてしまうというような意味でなら、全くそのとおりです。

 

しかし、

もともと「たらす(誑す)」は“言葉巧みにだます”=“たぶらかす”ことですから、宗道臣を「人たらし」と呼ぶのは当たらないと私は思っています。

 

宗道臣には、人をたらしてまで仲間をつくる意図もなく、必要もなかったからです。

 

その周囲には、いつも巧まずに、自然に、宗道臣愛する人の輪ができたものでした。

 

仲間づくりそのものが、宗道臣の終生の悲願であり、志だったのです。

 

 

「本部で仕事をしないか、と管長先生(開祖)がおっしゃっているが、君、どうする?」。

 

所属する道院長から声をかけられたのは、私が三段を允可されたばかりのころ。そろそろ四十路に手が届こうかという時期でした。

 

少林寺拳法が面白くて、

宗道臣の講義が楽しくて、

本部へは武専

(日本少林寺武道専門学校・当時)、の集中講義に毎月一回は通っていましたが、

本部職員となると話は別です。

 

地方の一拳士にとって

宗道臣

雲の上、

憧れと畏敬の「管長先生」

でしたし、

生来、

人間も技法も魯鈍の自覚はありましたから、

青天の霹靂、

仰天もいいところ。

 

「えっ、どうして、私なんかに……」と

身のすくむ思いでした。

 


「とても務まりそうにありません」。

私の道院長を通じてお断りしたところ、

懇切な来信がありました。

「直接話しましょう」。

 

便箋に万年筆の伸びやかな直筆でした。

 

恐る恐る、私は多度津町の“管長公館”に出向きました。

 

応接室でひたすら縮こまっている私に、宗道臣は挨拶もそこそこに、

「どうです、私と一緒に仕事をしませんか」……。

爽やかな笑顔でした。

 

それからしばらく、

金剛禅運動のあるべき姿について熱く語りました。

 

そして、

“とどめ”の一撃でした。

宗道臣は、

私の手を両手で包み込み、

正面から私の目をじーっとのぞき込んで言うのです。

少林寺拳法は、

基礎を打ち終えたばかり。

 

これからいろいろあるでしょう。

 

うまくいかないときには、

一杯の粥(かゆ)を

半分ずつ食べて

頑張ろうじゃないですか」。

柔らかくて温かい手でした。

私のその後の人生を決めた瞬間でした。

 

 

それにしても、

宗道臣は、

「うちへ来たら七段をやろう」

とか、

「給料を倍にしてやろう」

と言ったわけではありません。

ただ、

「私と一緒にやろうじゃないか」

という熱いひと言に打たれて、

私の心が震えたのです。