https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK301CR0Q1A530C2000000/
米ステルス機残骸と中国大使館誤爆、22年目「真相」の怪
編集委員 中沢克二
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米アラスカで
米中両国の外交トップ同士が
激しくやりあった直後の3月下旬から、検閲が厳しい中国内のインターネット空間に驚きの記事が様々な形で登場した。
↓
「1999年、中国の在ユーゴスラビア大使館はなぜ米国のミサイル爆撃を受けたのか」。
こんな見出しの複数の文章は
22年前、米中が激突した歴史の真相を中国側からあえて暴露するかにみえる不可思議な内容である。
↓
99年5月、
ユーゴスラビアの中国大使館が米軍のB2ステルス爆撃機による攻撃を受け、
↓
中国人3人が死亡、
20人以上が負傷した。
北京では
直後から大規模な反米抗議デモが起きた。
中国政府は
一貫して誤爆はありえず、
米軍の意図的な爆撃だと主張してきた。
とはいえ
根拠を示したことは一度もない。
◦
◦
◦
◦◦◦一連の記事はその機微にいきなり踏み込んでいる。
↓
「専門家の分析では誤爆の可能性はほぼ
↓
ゼロ」
と断じたうえで、
↓
中国大使館が狙われた本当の理由として
「米軍のステルス戦闘機F117の残骸の存在」
↓
を浮かび上がらせている。
事件の1カ月余り前の99年3月末、
コソボ紛争に絡み派遣されたF117が
↓
セルビア主導のユーゴ軍の地対空ミサイルによって
↓
撃墜された。
その残骸の行方がカギを握っているという
↓
指摘だ。
当初、
農地に散乱していた機体の残骸は、
後に
一部がベオグラードの航空博物館に展示された。
「大使館地下室にF117の残骸」
70年代から
(現ロッキード・マーチン)社が
開発を進めた世界初のステルス戦闘機
↓
F117
↓
の装備は、
既に最新技術ではなくなっていた。
それでも残骸は
研究材料として貴重で、
とりわけ米国のライバル国の注目の的だった。
以下は
中国で公に発信された複数の記事にほぼ共通する部分の抜粋である。
↓
「わが国(中国)は、
ユーゴ政府が回収した残骸の
↓
提供を求め、
↓
協議を経て
↓
誘導システム、
ステルス性能
を持つ
↓
本体、
エンジン噴射口耐熱部品
↓
などが引き渡された。
↓
機密保持のため
海上輸送や空輸は難しく
暫時、中国大使館の地下に保管するしかなかった」
↓
「米軍は
残骸中になお残る位置情報システムの
↓
信号を捉え、
(軍事)機密が我々(=中国)に渡るのを
↓
阻止するため
B2を送り、
↓
ミサイルを投下。
↓
うち1つが
大使館の地下に達した。
幸いにも地下でミサイルは爆発せず、
↓
残骸もそれ以上、破壊されなかった」
「我々はステルス技術を10年かけてアップグレードし、
レーザー誘導ミサイルも深く研究した。
(発展が)遅れた場合、
(かつての中国のように)なぐられる。
発展してこそ強大になれるのだ。
我々の20年にわたる臥薪嘗胆(がしんしょうたん)により、
米国との差はますます小さくなった。
最近の中国と米国の(外交トップ)会談からもわかるように、
(軍事的な)実力さえあれば、
↓
どの国も恐れる必要はない」
この米ステルス機の残骸を巡る話には前段がある。
↓
中国の外で話題になったのはちょうど10年前だった。
AP通信は
11年、
中国が当時、試験飛行に成功した
次世代ステルス戦闘機
↓
「殲(J)20」
↓
について、
撃墜されたF117から技術を収集した可能性があると
伝えた。
軍事面でも米国に追い付く自信
隣国クロアチアの当時の軍参謀長は、
↓
中国側が
残骸を農民から買い上げたという報告があったとし、
↓
中国によるステルス技術の
研究・模倣
に言及している。
↓
セルビア陸軍幹部も
AP通信に
↓
「一部の残骸は
複数の国の駐在武官の手に渡った」
と語った。
この時、
↓
中国共産党機関紙、人民日報
傘下の
国際情報紙、
環球時報は
盗用説などへの反論記事を
書いている。
◦◦◦中国大使館地下室にF117機体の残骸がしばらく隠されていたとされるエピソードは
本来、
↓
中国側から情報発信するにはリスクが大きすぎる。
人命を危険にさらす行為という批判を免れないからだ。
そのためなのか、
↓
中国内で出回った複数の記事は
事実関係の核心について
「そう言われている」
「ネット上で流布されている最も支持が高い分析」
などという逃げを打っている。
↓
どこまでが真実で、
どこからが推測なのか
判断しにくい。
これで真相が明らかになったというのは早計だ。
とはいえ
中国側の姿勢の変化は興味深い。
↓
中国ではネット上の言論が
監視・管理されている。
当局が
不都合
と判断するなら
↓
全て削除すればよい。
しかし、
今回の記事は
一部を除き
削除対象になっていない。
↓
「個人の見解にすぎない」
という注釈付きだとしても、
↓
掲載・転載され、
幅広く読まれた
以上、
↓
当局側との暗黙の了解があるとみるのが自然だ。
◦◦◦なぜなのか。
22年前、
北京の反米デモに参じた学生をはじめ、
大半の中国の人々は
↓
米軍の意図的な爆撃
という説を信じていた。
この世論状況を踏まえ、
↓
故意説に一定の「根拠」を示すことで、
↓
関係が悪化している米国の過去の「罪」を際立たせる狙いがある。
↓
同時に
↓
「ベオグラードの屈辱」
をバネにして
中国の軍事技術が飛躍的に向上し、
米国に追い付きつつある
と強調する思惑も見て取れる。(中国はバカだと思うね。だがもはや予算は議論レベルへ進んでいる。35年には全滅しろバーカ。ホントに中国人はバカだと思うね、私は、だが。殴られたら右の頬を出して罵倒するからさらに殴られるのである)
◦◦◦記事は
深刻な米中対峙という特殊な環境下で出された
中国国民向けの宣伝を含んでいる。
↓
だからこそ
↓
結論部分で
中国国民を鼓舞し、
軍事面でも自信を持つよう促している。
7月の共産党結党100年という大イベント前にふさわしい内容だ。
99年の反米デモで
中国人学生らは
↓
「中国人民を侮るな」
「我々はいつか世界一強い国になる」
という横断幕を掲げていた。
当時は
「夢のまた夢」
に見えたが、
今まさに現実のものになろうとしている。
習主席が訴えた科学技術の「自立自強」
中国の名だたる科学者らを前にした演説で訴えた
「自立自強」
に大いに関係している。
↓
「科学技術の自立自強、
世界的な科学技術強国づくりへ
努力・奮闘しよう」。
北京の人民大会堂には
横断幕が掲げられた。
科学技術の核心は軍事技術でもある。
米国との対峙で
ハイテク分野でのサプライチェーン分断の恐れがある中国は、
↓
技術覇権に向けた自主開発へ大号令をかけている。
↓
今後15年の超長期計画では、
↓
2035年をメドに
↓
軍事面でもトップを走る米国に追い付こうと必死だ。
翌29日の国営中央テレビの夜のメインニュースでは、
↓
習が訴えた自立自強に関連して、
↓
ステルス戦闘機「殲20」が編隊飛行する様子も映し出された。
↓
中国の軍事技術の誇りという扱いである。
↓
くしくもその日は、
22年前にF117を撃ち落としたセルビアの外相、
セラコビッチが
ちょうど訪中しており、
↓
中国の国務委員兼外相の
(ワン・イー)と
貴州省の貴陽で会談した。
王毅は共同記者会見で、
↓
中国と中・東欧国家の協力について
↓
「経済・貿易面の実務協力が焦点で、
↓
国防・安全保障の領域に及ぶことはない。
そもそも
地政学上の戦略的な意図はなく、
勢力範囲をどうにかしようという考えもない」
と訴えた。
しかし
先のアラスカでの米中激突の直後、
中国の国務委員兼国防相の
魏鳳和が
セルビアを訪れ、
大統領のブチッチと
軍事を含む協力で意見交換し、
↓
その後、
↓
連れ立って
セルビア軍警備部隊の演習を視察している。
王毅発言との矛盾は明かだ。
◦◦◦過去を振り返っても
↓
中国とセルビアの安保上のつながりは深い。
最近の米中対立はそれを加速させた。
↓
米、中、そしてセルビアに関わる
「中国大使館誤爆事件」
も単なる過去の歴史ではない。
22年を経た今もなお
↓
現代の複雑な国際政治と
中国の国内政治に
影響を及ぼしている。
(敬称略)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。