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整理途中。3Dプリンタ内蔵の不動産屋でフードバンク。というアイデアこ💡んだ❤️

令和元年度
外交・安全保障調査研究事業費補助金
(調査研究事業)
「技術革新がもたらす安全保障環境の変容と我が国の対応」
報告書
令和2年3月

まえがき

本報告書は、
未来工学研究所が実施する
3年間の外交・安全保障研究事業費補助金
(調査研究事業)
「技術革新がもたらす安全保障環境の変容と我が国の対応」
最終年度の成果である。


技術革新の進展は、
安全保障の空間的変容をもたらしつつある。

伝統的な安全保障戦略の中心であった陸、海、空という3つの領域(ドメイン)に加え、

新たな領域として、

宇宙及びサイバー空間の利用がこれまでにない規模及び範囲で進むようになった。

さらに

2018年の防衛大綱では

✳️
電磁スペクトルとは、
存在し得るすべての電磁波の周波数帯域のことである。
電磁スペクトルの周波数は、
低周波から
ガンマ線にわたって
広がっており、
その規模は
数千kmの長さから
原子の幅をも下回る長さまで
無限にわたっている
が取り上げられた。

これらの領域は
個別に独立している訳ではなく、
大気圏内と宇宙空間、
サイバー空間と電磁スペクトラム領域
を横断する
(クロス・ドメイン)形で
相互作用するように
なりつつある。


こうした動きを受けて、
米国、中国、ロシア等の各国は
それぞれの
経済力、
技術力、
安全保障環境等
に応じた戦略を展開している。


我が国としては、
一方では
日米同盟を
有効に機能させるべく、
同盟国である米国
✳️
合衆国の国防に関する新発想、新規軸、新テクノロジーに関する思新思想。
たとえば、
合衆国軍の軍人をサポートするロボットの手、足などを脳波で完全に自由にコントロールすることなどはすでに数年前のことだが、コレもまた新規軸の1つではないだろうか?
にどのように向き合い、
必要な措置を講じていくのか、
という課題を抱えている。

他方で
尖閣諸島周辺での公船による領海侵入を繰り返し、
防空識別圏を一方的に設定し、
日本側のスクランブル発進の回数を激増させている中国が
無人航空機
(UnmannedAerialVehicle:UAV)
日本の領空を侵犯してきた場合、
従来のような対領空侵犯措置が行えなくなる恐れがある。

海上自衛隊と異なり
直ちに航空自衛隊が対応することになるため
エスカレーション
(軍令に関する命令系統にしたがって航空自衛隊が防衛戦闘を行うとどうなるか?
当然、
日本の国防のためのロジックはすでに整備されているため、
無人機の侵略の程度に合わせて反撃、撃墜まで行う可能性が出る。

敵機による攻撃が日本領空内で行われるのだから、航空自衛隊は独自に許可された範囲内で敵機掃討作戦を実行することになる。

コレは当たり前のことで、台湾有事の次は中国軍とは全面戦争になる、と。
すると、
台湾が中国軍によって抜かれたら?
日本領空内を中国軍の戦闘ドローン? は無理そうだが、無人機が領空侵犯を繰り返すようになる。
コレを撃墜すると中国共産党は宣戦布告だろ? までわかったうてえでの撃墜ミッションとなるのである。
と、すると、
中国による侵略戦争まで考えたうえでのハナシだ、と、このレポートのこのくだりは読まないとダメやね)
危険を孕んでおり、
こうしたリスクに備えるための
法制度整備←コレ️
が急がれる。


また、
無人化システム・ロボット技術
兵器利用
が進む中で、
テロ組織
などによる
このような技術を用いた兵器
拡散防止は
喫緊かつ必須の課題であり、
現在進められている同分野での
国際規範作り
において
積極的にかかわることは、
外交政策における
軍備管理・軍縮
不拡散、
科学技術への比重
を強め、
同時に
高度なAI・ロボット技術
強みとする我が国
にとって、
国際社会での
プレゼンス←コレ️
高める上でも
肝要である。


以上の問題意識
を踏まえ、
当研究所では
技術革新がもたらす
安全保障環境の変容
我が国の対応」
をテーマに、
技術革新が
グローバルな安全保障環境、
及び
我が国の安全保障
に対して
どのような変化をもたらしているのか
を検証し、
日米同盟のあり方
を含めた
我が国のとるべき外交政策
及び
貢献すること
目的とする。


調査研究事業
プロジェクトチームは
以下の構成となっている。
未来工学研究所
政策調査
分析センター
研究参与
【主査】
西山淳一
【メンバー】
多田浩之
伊藤和歌子
山本智史
小泉悠
長尾賢

・未来工学研究所
政策調査
分析センター
主席研究員↑?

・未来工学研究所
政策調査分析センター
主任研究員↓?

・未来工学研究所政策調査
分析センター研究員

先端科学技術研究センター特任助教

・ハドソン研究所研究員
✳️
上から順番であった

なお、
この報告書に記載されている見解は、
すべて上記プロジェクトチームのものであり、
当研究所の見解を
代表するものではない。
最後に、
本事業は、
外務省より
補助金を得て
実施することができた。
記して
深甚なる謝意を表したい。



令和2年3月31日
公益財団法人
未来工学研究所
政策調査分析センター
研究参与
西山淳一

目次
はじめに1

I技術革新が外交・安全保障にもたらす影響7

1鍵となる将来軍事技術7

2新テクノロジーによる将来戦ビジョン9

3テクノロジーは勝利を約束するか11

4「軍事革命」と「軍事における革命(RMA)」13

II安全保障環境を変え得る(戦争形態を変え得る)破壊的(Disruptive)技術15
12

先端技術の概観15

注目すべき先端技術の概要と安全保障への影響19
(1)AI・IoT19
(2)3Dプリンタの構造と特徴26
(3)極超音速滑空体HGV(HypersonicGlideVehicle)30
(4)合成生物学、ニューロテクノロジー等34
III技術と倫理の動向􏰀エマージング技術を巡る倫理的、法的、社会的諸問題(ELSI)40
12
34
ELSIの背景40
報告書の概要41
(1)ELSI検討のためのフレームワーク42

(2)ELSIが問題となるエマージング技術43

(3)基礎研究に基盤を置く技術43

(4)応用領域45

(5)提言内容50

日本における当該分野のELSIへの示唆51

LAWSの「次の」脅威として登場した「超AI」52

IV各国の動向55
1
2
3
技術革新で最先端を行くグループ55
(1)米国55
(2)欧州60

技術革新の度合いでやや劣り、攪乱技術の開発を並行して進めているグループ64
(1)ロシア64
(2)中国73

技術革新を進める能力が乏しく、攪乱技術に大きく依存するグループ85
はじめに85

4
(2)イラン88
おわりに89
その他の類型:インドを例として90

(1)2016年までのインドの安全保障政策における技術90

(2)2017年以降のインドの安全保障政策における技術92

(3)日本にとっての政策的示唆95


V政策提言(まとめ)97

1技術に留まらない広範なトレンドを理解せよ97

2キーとしての基礎科学技術研究に立ち戻れ97

3優位技術と有望技術の把握・発掘を政府が中心となって実施せよ97

4産学官の連携による科学技術の振興を図れ98

5安全保障関連技術の管理を強化せよ98

6安全保障技術面での国際協力を深化・拡大せよ99

7中露がシャープパワーを行使する国々で日本のソフトパワーを用いた外交を展開せよ99

8国際的な規範創造の場における日本政府のプレゼンス向上を図れ100

9政策決定者による新興技術への理解を深めよ100

10「技術のシンクタンク」を設立せよ100

11アウトサイダーを戦略的に活用せよ101

12ELSI対応の枠組みを構築せよ101


🟦ここから🟦
1

はじめに

技術革新の進展は、
安全保障の空間的変容をもたらしつつある。
伝統的な安全保障戦略の中心であった
陸、海、空
という3つの領域
に加え、
新たな領域として、
宇宙・サイバー・電磁スペクトラム
の利用が
これまでにない
規模
及び
範囲
で進むようになってきた。

さらに
これらの領域は
個別に独立している訳ではなく、
大気圏内と宇宙空間、
物理空間とサイバー空間(仮想空間)
といった領域を
横断する
(クロス・ドメイン)形で
相互作用する
ようになりつつある。


こうした変化を受けて、
米国、
中国、
ロシア
等の各国は
それぞれの
経済力、
技術力、
安全保障環境
等に応じた戦略を展開している。


このような新しい環境の中で、
技術の役割は
一層大きくなっており、
いわゆる
新興技術、
先端技術
の分野が
注目されている。


新興技術の中には、
今まで存在せず、
急激な変化をもたらす
破壊的技術(´⊙ω⊙?)
という分類がある。



・新興技術
(
Emerging
Technology
)
新興とは
既存のものに対して、
新しく別のものが興ること
である。
今までなかった技術が発明され、
将来、
実用化が期待される先端技術のことを
新興技術
という。


・破壊的技術
(
Disruptive
Technology
)
従来の常識的な価値観では
むしろ
性能を
低下させるが、
新しい価値観、評価軸では
優れた特長を
持つ
新技術のこと
である。


このような
技術、製品、ビジネスモデルがもたらす
変化を
破壊的イノベーション1という。



・先端技術
(
ハイテクノロジー:

High
Technology)

高度な科学技術で、
時代の先端にあり
関連分野に広く影響を及ぼすような技術
総称
(いわゆるハイテク)
である。

半導体を用いたコンピュータ,
新素材,
航空機,
宇宙
などの技術であり、
その産業分野は
多岐にわたり、
産業としては
ハイテク産業
と呼ばれる。


そもそも、
外交安全保障
目的は
力による紛争解決
(戦争)
に至らないようにすることである。

そのためには
技術的優位に立っていることで
抑止効果が期待できる。


それでは、
技術力は
どのように評価すればよいであろうか。


戦争の場面を
想定すると、
技術的観点から
「破壊」と「情報」
という指標
が考えられる。



1破壊的イノベーションの提唱者である
クリステンセンは
事例として
固定電話から携帯電話、
ノート・パソコンから携帯デジタル端末、
オフセット印刷からデジタル印刷、
有人戦闘機・爆撃機から無人航空機
などの例を挙げている。


クレイトン・M・クリステンセン著、
玉田俊平太監修
2001年、23頁。
1

戦争は
人間のエゴの延長であり、
破壊力拡大の歴史
であった。
鉄砲、
大砲、
爆弾、
航空機、
潜水艦、
そして
と破壊力が
大幅に増大してきた。


戦争における破壊力
兵器の変遷
として
見ると、
最初は
木製兵器、
石器による兵器
であったが、
人類は、
銅、
を利用した
金属の兵器
を使えるようになり、
破壊力は
大きくなってきた。

しかし、
動力源は
人力
そのもの
であった。
つまり、
人が
道具を使う
という
概念であったので、
エネルギレベルは
小さなもの
であった。
その後、
動物(馬など)
利用
もあったが、
水車など
自然力の
水力利用
を経て、
発明されたことにより、
扱えるエネルギレベルが
格段と大きくなった。
さらに
原子力エネルギ
使えるようになり、
人力の
何倍、
何十倍、
何百万倍
という
エネルギレベルに
なったのである。


破壊力=爆発力
という観点で見ると、
火薬の発明により、
火矢、
が使えるようになり、
さらに
19世紀、
ノーベルが
安全に使えるダイナマイト
発明したことにより、
破壊力は
さらに大きくなり、
使いやすくなった。



20世紀に入り、
1945年、
米国で
が発明された。


最初の核爆弾の威力は
193キロトン
(kt;TNT火薬換算)
火薬の破壊力に比べると
比較にならないくらい
大きくなった。


さらに
核融合を利用した
が実用化され、
1961年に
ソ連(当時)が
58メガトン(Mt)
核実験を行った。
それは
最初の原子爆弾
3,000倍
の威力であった。

これ以上
大きくすると
地球そのものを破壊しかねない
との恐れもあり、
また目的としても
有効な効果
期待できない
との考え方もあり、
これ以上
大きな
核爆弾
開発は
行われず、
その後は
実用性を重視し、
数メガトン級
核爆弾
実験が続いた
(図1)2。


この時点で、
地球上で使用可能な
破壊力は
限界に達した
と言うこともできるのではないだろうか。


図1核実験の規模
(出典)筆者作成


一方、
戦争における情報の重要さ
は言うまでもない。


情報通信に関しては
伝令など
人の移動による伝達
から始まった
と考えられるが、
有線による
電気通信が
19世紀に始まり、
光の速度での情報伝達
が可能に
2

なった。

しかし、

有線であるため

通信できる地点間が
固定である
という限界があった。


1894~95年に
マルコーニが

無線通信を発明した
ことにより、

電磁波の利用による
無線通信
が実用化された。

その結果、

任意の場所から
任意の場所への
情報伝達
瞬時(光の速度)に利用できるようになった。



無線通信とデジタルの実用化により、
移動体間での通信速度も
急激に伸びてきた。



1980年代に
第1世代である
アナログ通信
無線電話機
が登場した。


1990年代に
第2世代として
デジタル通信
の利用が開始され、
2000年には
第3世代、

2010年には
第4世代
となり、
通信量が増え、
通信速度が速くなり、
第5世代(5G)の通信
が誰でも使える時代になって来よう
としている
(図2、表1)。



移動通信システムは
10年ごとに
大きく進化し、
最大通信速度は
30年間で
約10,000倍
高速化されている。

(出典)筆者作成
図2通信速度の変遷3
表1移動通信システム無線電話4
世代
方式通信速度
1970~1980年代
1G:1979年
アナログ
1990年代
2G:1993年
デジタル24kbps~288kbps
2000年代
3G:2001年
数Mbps~14Mbps
2010年代
4G:2012年
75Mbps~100Mbpsクラス
特徴
ノイズに弱い
メール、インター
ネットの利用が可
モバイルブロード
バンド
採用
高速、障害物に弱
動画利用
高速大容量
5G:2020年10Gbpsクラス
3新世代モバイル通信システム委員会「情報通信審議会情報通信技術分科会新世代モバイル通信システム委員会報告概要『新世代モバイル通信システムに関する技術的条件』のうち『第5世代移動通信システム(5G)の技術的条件』」<https://wwwsoumugojp/main_content/000567503pdf>
4大内孝子「5G(第5世代通信)を基礎から解説、通信の速度や用途は今後どう変わるのか」ビジネスIT、2017年9月26日、<https://wwwsbbitjp/article/cont1/33874>等を参考に筆者作成。
3




このような発展の中で
アナログから
デジタルへの
転換
が行われ、
その処理量の増加は
急激に増大
してきた。


特に
21世紀に入ってからの
デジタル化
の進展は
目覚ましく、
バイス接続数は
10年ごとに
10倍
の勢いで増加し、
2030年代には
IoTから人工知能(AI)、
ロボットへ
進展する
と想定されており、
第4のデジタル化
の波が
すぐそこに迫っている(図3、表2)5。


図3デジタル化の波表2デバイス接続数
10億100億500億
第1の波
第2の波
第3の波
年代
2000年代
2010年代
第4の波
2030年代?



情報処理については
手計算から、
算盤、
機械式計算機、
電気式計算機
を経て、
20世紀になり
電子式計算機、
すなわち
デジタルコンピュータ
が登場することにより、
格段に速くなった。


軍事技術の開発が、
技術革新
けん引力
であった
ことは紛れもない事実であるが、
同時に
産業の発展による
技術の進歩が
軍事利用、
民間利用
基盤となっている。



ここで、
産業の発展を概観してみると、
18世紀に
発明され
機械化による
となった。
19世紀後半になり
が実用化され、
T型フォード
製造ラインに代表される
大量生産の第二次産業革命、
20世紀のコンピュータ登場
による
自動化、

原子力エネルギ利用
などの
そして
21世紀に入り
インターネットの普及により
Industry406
呼ばれる
サイバー・フィジカル・システム
(
Cyber-Physical
Systems:
CPS)時代
の到来となり、
現在、
時代
となっている7。




5「デジタルが世界をどう変えるのか。今こそ、デジタル革新の時」FUJITSUJOURNAL、2016年1月12日。<http://journaljpfujitsucom/2016/01/12/01/
6インダストリ40

ドイツ連邦教育研究省
(BMBF)
ドイツ産業界による
共同の概念
である。

ネットワーク化、
自動化された工場、
を構築するために
IoT
(
Internet
of
Things
)
を産業利用し、
それにより、
製造業高度化
に向け
生産拠点
としての
ドイツ
地位確立目的としている。



CPS
ネットワーク化された
「考える工場」
を目指している。


澤田朋子
「ドイツ政府の第4次産業革命Industrie40」

科学技術振興機構研究開発戦略センター海外動向ユニット、


4デバイス接続数

情報を握るもの
世界を制する
と言われる。

ここまで述べたように
破壊のためのエネルギレベルは
ほぼ限界に達している
と考えられるが、
情報通信、
情報の処理速度、
規模
については
まだまだ発展途上
であり、
さらに速くなっていく段階
と言えよう。


しかしながら、
情報通信の価値は
一定以上のエネルギ
制御する能力
有している
ことが
前提である。


そのことを忘れてはならない。


その上で、

我々は
明らかに、
今までと違う
世界に
我々は
突入していることを
認識すべきである。


ここで、
日本の
世界における
位置づけ
を見てみたい。


2020年の
においても
最重要課題として
捉えられ、
それぞれの国が
技術革新に
どのように取り組んでいるか
について
討議された。

世界における
イノベーティブな
国の
トップ20ヵ国
どの国であるか
が示されている
(表3)。

日本は2016年には4位であったが、
今やトップ10にも入らない12位である
(図4、表4)8。


評価指標は
独自に毎年設定する
7つの項目による9。


表3
イノベーティブな国(2020年)
ドイツ
韓国
スイス
米国
フランス
日本
オランダ
ベルギー
中国
英国
イタリア
オーストラリア

図4
5年間の変化
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
国名
20

8ImanGhosh,“Ranked:TheMostInnovativeEconomiesintheWorld,”VisualCapitalist,2020228<https://wwwvisualcapitalistcom/world-most-innovative-economies/>


9
Ibid
Bloombergによる7つの評価指標は以下の通り:

(1)研究開発:
GDPに対する年間研究開発費

(2)特許活動:
年間の特許件数
及び
海外における3年間の出願平均成長率

(3)三次効率:
高等教育への総入学者数、
高等教育レベル、
科学技術系卒業生の割合

(4)製造業の付加価値:
製造業のGDPに対する輸出割合

(5)生産性:
労働年齢人口のGDP
国民総所得(GNI)、
及び
3年間の改善状況

(6)ハイテク割合:
世界における国内のハイテク企業の割合。

航空宇宙
及び
防衛、
バイオ技術、
インターネットサービス、
及び
再生可能エネルギを含む

(7)研究者の割合:
人口全体の研究開発に従事する専門職
(大学院博士課程卒業生
を含む)の数

5

表4日本のランク
(2020年)
ランク476912
(注記)
脚注8のデータにより
日本部分をまとめた。



新興技術が
より重要になってきている時代において、
我が国の
研究開発、
技術安全保障
に対する
取り組みが
一層
求められるところである。
(執筆者:未来工学研究所研究参与西山淳一)
2016
2017
2018
2019
2020
6

I技術革新が外交・安全保障にもたらす影響1

鍵となる将来軍事技術


本報告書第IV章で
詳しく扱う通り、
米国や欧州では
AIをはじめとする
次世代技術
開発
重点的に進められている。


欧州の
JEDI
(
Joint
European
Disruptive
Initiative)
に見られるように、
それらは
必ずしも
軍事用途
想定したものではない
が、
軍民双方に
適用可能な
両用
(デュアルユース)性
を帯びていることは
疑いない。

各国の
軍や
研究機関、
有識者等の描く将来戦ビジョン
を総合すると、
特に
次のような技術が
安全保障の将来に
大きく影響する
考えられよう。

付加製造技術弾薬
予備部品、
食料、
医薬品
などを
いちいち
前線まで
送り届けるのではなく、
前線に
配備された
必要とされる需品を
その場で
プリントするようになり、
軍事組織の兵站
一変する。

また、工兵も兵舎や橋梁などを建設するのではなくプリントすることが可能となる。兵器生産においてはすでに一部で3Dプリンタが活用されているが、その範囲がさらに広がり、生産の効率化や従来では実現不可能だった性能を持つ兵器が登場するようになる。他方で、個人やテロ組織の武器製造能力や武器移転能力を高める可能性もある。
ロボット工学無人航空機(UAV)、無人潜航艇(UUV)、無人車両(UGV)等の活用がさらに進み、部分的ない
し全面的に有人の兵器を置き換える。これらの無人兵器は有人兵器よりも長時間・長距離にわたって
10主として以下を参照した。JeniferMcardle,VictoryOverandAcrossDomains:TrainingforTomorrow’sBattlefields,CenterforStrategicAssessments(CSBA),2019<https://csbaonlineorg/uploads/documents/Victory_Over_and_Across_Domainspdf>;ポール・シャーレ著、伏見威蕃訳『無人の兵団AI、ロボット、自律型兵器と未来の戦争』早川書房、2019年(原題:PaulScharre,ArmyofNone:AutonomousWeaponsandtheFutureofWar,WWNorton&CoInc,2019);RANDCorporation,Security2040:PerilsandPromiseOvertheNearHorizon,2018<https://wwwrandorg/content/dam/rand/pubs/corpor
ate_pubs/CP800/CP897/RAND_CP897pdf>;MickRyan,Human-MachineTeamingforFutureGroundForces,CSBA,2018<https://csbaonlineorg/uploads/documents/Human_Machine_Teaming_FinalFormatpdf>;AlexanderKott,ChallengesandCharacteristicsofIntelligentAutonomyforInternetofBattleThingsinHighlyAdversarialEnvironments,ArmyResearchLaboratory(ARL),2018,;BryanClark,AdamLemon,PeterHaynesKyleLibbyandGillianEvans,RegainingtheHighGroundatSea:TransformingtheUSNavy’sCarrierAirWingforGreatPowerCompetition,CSBA,2018<https://csbaonlineorg/research/publications/regaining-the-high-ground-at-sea-transforming-the-us-navys-carrier-air-wi/publication/1>;ロバート・H・ラティフ著、平賀秀明訳『フューチャー・ウォー米軍は戦争に勝てるのか?』新潮社、2018年(原題:RobertHLattif,FUTUREWAR:PreparingfortheNewGlobalBattlefield,Knopf,2017);ИгорьПоповиМусаХамзатов,Войнабудущего:Концептуальныеосновыипрактическиевыводы,Кучковополе,2018;AndrewIlachinski,AI,Robots,andSwarms:Issues,Questions,andRecommendedStudies,CNA,2017<https://wwwcnaorg/cna_files/pdf/DRM-2017-U-014796-Finalpdf>;エヴァレット・カール・ドルマン著、桃井緑美子訳『21世紀の戦争テクノロジー科学が変える未来の戦争』河出書房新社、2016年(原題:EverettCarlDolman,CanScienceEndWar?Polity,2015);アニー・ジェイコブセン著、加藤万里子『ペンタゴンの頭脳世界を動かす軍事科学機関』太田出版、2017年(原題:AnnieJacobsen,ThePentagon'sBrain:AnUncensoredHistoryofDARPA,America'sTop-SecretMilitaryResearchAgency,Little,BrownandCompany,2015);AlexanderKott,DavidAlberts,AmyZalman,PauloShakarian,FernandoMaymi,CliffWang,andGangQu,VisualizingtheTacticalGroundBattlefieldintheYear2050:WorkshopReport,ARL,2015<https://wwwarlarmymil/arlreports/2015/ARL-SR-0327pdf>;エリノア・スローン著、奥山真司・関根大助訳『現代の軍事戦略入門陸海空からサイバー、核、宇宙まで』芙蓉書房出版、2015年(原題:ElinorCSloan,ModernMilitaryStrategy:AnIntroduction,Routledge,2012)
7

行動することができ、人間を危険に晒さないため、危険な敵地上空での偵察や攻撃にすでに広く活用されている。今後は輸送、補給、空中給油、傷病兵の回収などさらに幅広い分野に進出することとなろう。後述するAIやITとの組み合わせにより、広範囲に分散した無人兵器が群(スウォーム)として振る舞い、飽和的な攻撃を行うなどの新たな戦闘方法が出現することも予見される。
AIが人間の指揮官の意思決定を支援するようになる。軍事計画の策定に関し、AIが人間の指揮官に
選択肢を示したり、偵察機偵察衛星が入手した画像情報をAIが自動判別することで人間の分析官のワークロードを軽減するといった用途での利用はすでに開始されている。また、サイバー戦やミサイル防衛など、極端に進行速度の速い戦闘局面では、AIが人間の意思決定を全面的に代替する可能性がある。AIがロボット工学と組み合わされた場合には、殺傷型自律無人兵器(LAWS)として完全に人間の介在しない戦闘が実現する。一方、インターネット空間では、人間とそっくりの受け答えができるボット・アカウントや現実と見分けがつかないフェイク映像などが登場し、情報戦がさらに熾烈さを増す。
バイオ技術
DNA操作や化学物質によって兵士の肉体的能力や認知能力などを拡張し、筋力や持久力を通常の人
間よりもはるかに高めたり、夜間でも目が見えるなどの能力を付与することができるようになる。合成生物学によってより感染性や毒性の強い生物兵器や、敵の兵器やそれらを動かす燃料を分解してしまう新カテゴリーの生物兵器が出現する一方で、新たな化学物質やナノマシンが兵士の抗体を強化することも可能となる。医療分野においては、従来の医療技術では救命不可能なレベルの重傷者を救命したり、負傷によって欠損した部位を復元することが可能となる。
エネルギ技術
高エネルギ密度の電池によって兵士の身体能力を補助する強化外骨格(エクソスケルトン)が普及
するとともに、無人兵器や通常動力型潜水艦の行動半径が大幅に拡大する。レーザや粒子ビームとい
った大出力指向性エネルギ兵器が実現し、弾道ミサイル防衛システムや防空システムのあり方が大き
く変容する。
材料工学や制御技術等の進展により、ミサイルや航空機の飛しょう速度がマッハ5以上の極超音速
領域に達する。このような超高速兵器は従来のミサイル防衛(MD)システムや防空システムに対する突破能力を高め、空母などの高価値目標(HVU)の脆弱性が増加する可能性がある。
情報通信技術(ICT)軍事組織の運用するあらゆる装備品がネットワークによって接続され、戦場におけるモノのインタ
ーネット化(BIoT)が実現する。指揮通信統制(C3)系統のさらなる効率化が図られ、軍事組織は前線における兵士個々人から宇宙空間までの全戦闘領域(ドメイン)の情報をリアルタイムで共有しながら、より少数の兵力でも大きな効果を発揮する軍事作戦が可能となる。その効果は戦闘局面だけでなく、兵站や衛生など軍事組織の活動全般に及ぶ。また、無差別的な攻撃に代わって、個々の目標物や標的となる人物だけを選別して攻撃する能力が一般化する。他方で、こうしたICTへの依存は脆弱性ともなり、サイバー戦や電磁スペクトラム攻撃の重要性が増加する。
神経工学(ニューロテクノロジー)
8

兵士の脳同士を直接接続してコミュニケーションを行ったり、人間の思考を反映して動く兵器などが出現する。また、ニューロテクノロジーは敵の精神的・身体的能力を低下させたり、捕虜の尋問をより効果的に行うことを可能とする。
新たな計算技術
計算能力の飛躍的な拡大により、新たな兵器の開発が可能となる。サイバーセキュリティの分野に
おいては従来の暗号技術が意味をなさなくなり、量子暗号が必須となる。新たな計算技術をAIやITと結合させれば、人工衛星やUAVが収集した膨大な情報をデータマイニングし、都市、森林、地下といった見通しの効かない環境からでも標的の所在を探し出すことができるようになる。
宇宙技術
桁違いに安価な宇宙輸送が可能となることで、これまでに例を見ない大型の人工衛星や多数の衛星
コンステレーションを軌道上に配備できるようになり、宇宙を用いた偵察、通信、航法能力が飛躍的に拡大する。レーザ迎撃システムが宇宙空間に配備される。他方で、人工衛星を標的とする対衛星攻撃(ASAT)が活発化する。
VR及びAR兵士の教育・訓練に掛かる期間が大幅に短縮されるとともに、未知の戦闘環境にも前以て適応させ
ることが可能となる。少数のオペレーターが多数の無人兵器を管制し、無人兵器と有人兵器のシナジ
ーによる新たな戦闘形態が出現する。
2新テクノロジーによる将来戦ビジョン
これらの新テクノロジーが将来の戦場環境を大きく変えることになろう。例えば米空軍アカデミーのドルマンは、将来の戦場における米国陸軍歩兵部隊の姿を次のように描き出している11。女性軍曹が指揮するこの部隊の兵士たちは、エクソスケルトンによって身体能力を強化され、目に装着したネットワーク接続型コンタクトレンズや脳に埋め込まれた通信ノードによって戦場全体の情報を入手したり、兵士同士で通信を行うことができる。ヘルメットには脳波検出装置が搭載され、思い浮かべるだけで随伴する無人兵器を操ることが可能である。その周辺では無数の超小型UAVが群をなして飛び回り、戦場全体にばらまかれたセンサの情報をもとに敵を検出するや、兵器の燃料を分解してしまう酵素を散布したり、人工ウィルスで人間を行動不能にする。さらに彼女らは、ARやVRによるシミュレーションでこれから向かう戦場の地形を熟知しており、未知の戦場でも戸惑うということがない。
一方、米ブレント・スコウクロフト・センター在外上席研究員のオーガスト・コールは、ノルウェーに侵攻したロシア軍との戦いを次のように描く12。ロシア軍はAIによって制御されるUGVや、そこから発進するスウォーム化ドローンを駆使するとともに、強力な電子妨害でノルウェーに駐留する米軍の指揮統制通信システムを無効化する。また、ロシアは原子力潜水艦による巡航ミサイル攻撃でノルウェー空軍のF-35戦闘機(ロシアはインターネット上での情報戦で、これらが米軍の指揮下で遠隔操縦されるのだというフェイクニュースを拡散していた)部隊を地上で壊滅させるが、米軍は地下に設置された3Dプリンタ施設によってF-35を現場で修復する。飛行可能となったF-35はロシア軍に対する電子攻撃や、ロ
11ドルマン、前掲書、105-107頁。
12AugustCole,AngryTrident,AtlanticCouncil,2018924<https://wwwatlanticcouncilorg/blogs/natosource/angry-trident/>
9

シア軍兵士の持つモバイル機器のIPアドレスを収集するなどの電子偵察活動を展開し、ロシア軍の指揮通信統制系統を「電子地図」上に描き出す。海中においては米露のUUVが展開し、ロシア側のそれはスバールバル島の衛星中継基地につながる海底光ケーブルに取り付いて米軍の軍事衛星にマルウェアを送り込むという海中・宇宙・サイバー空間横断戦を実施する。一方、米軍はUUVでロシア原潜のソナーを欺瞞してP-8対潜哨戒機の攻撃エリアに誘い込んで撃沈するとともに、ノルウェーF-35が割り出したロシア軍の指揮通信統制システムにサイバー攻撃を仕掛けて直ちにオスロに南進せよとの偽命令を発し、ノルウェー軍の待ち伏せ地域に誘導する。
米国の有力シンクタンクである戦略予算評価センター(CSBA)が描く米海軍の空母戦闘グループ(CSG)に関する将来ビジョン13は次のようなものである。中露は地上・海中・宇宙等に配備したセンサによって米海軍の来寇をより遠距離から探知できるようになると予想され、さらに新型の長射程ミサイルの登場によって、現在は500カイリ程度である交戦距離は1000~1200カイリ程度まで増加することになる。ここには低速で低空飛行するミサイルだけでなく、極超音速で機動しながら落下する新カテゴリーの攻撃兵器が含まれることになろう。この結果、米海軍のCSGは新型の対空ミサイルや電子戦システム、レーザ迎撃システム、囮システムなどを装備し、目標から1000カイリ離れた超長距離で戦うことを余儀無くされる。この超長距離戦闘を担うため、艦隊外周にはステルスUAVが展開して敵の航空・ミサイル攻撃を警戒するとともに、発見した目標をミサイルやレーザ兵器で迎撃する(有人の戦闘機や早期警戒管制機はその内側に展開する)。これらのUAV、有人機、水上艦は、それぞれが取得した情報を融合させ、最適の情報源から得られた情報を元に最適の位置にあるプラットフォームが攻撃を担うというシームレスな戦いを行う。攻撃手段としては従来型の艦載機やミサイルだけでなく、艦砲から発射される極超音速飛翔体や、有人機に管制されるステルスUAVが用いられる。
以上のようなハイテク兵器による将来戦ビジョンは数多いが、退役米空軍少将として戦争倫理に関する著作を発表してきたロバート・ラティフは、これをもう少し皮肉なトーンで描いている14。ロボット兵器やICTの支援を受けた「スーパー兵士」が登場することは同様だが、彼の戦意は長引く戦いによってすでに減退傾向を示していた。するとヘルメットに埋め込まれた脳波センサがこのことを察知し、活力を増進する薬を服用するよう指示。戦意を回復した兵士はゲリラ勢力が潜んでいそうな建物の包囲に着手するが、内部に居る人間が本当にゲリラ勢力なのかどうか確信が持てない。そこで兵士はより優れたセンサ能力を持つロボットに判断を仰ぐが、後方にいる人間の指揮官は焦って攻撃命令を出す。しかし、彼らが殺害した相手はただの農民一家だった。兵士は、今度は誰に指示されるでもなく記憶喪失薬を一錠飲み干す。
カリフォルニア大学バークレー校のスチュアート・ラッセルと英国の研究機関である生活の将来研究所(FLI)が2017年に製作したショート・フィルム『スローター・ボッツ』15も、テクノロジーによる革新的な、しかし陰鬱な将来戦ビジョンを描く。ここで主人公となるのは人間ではなく、その100倍の処理速度を備えたAIが制御する手の平サイズの超小型UAVである。3グラムの指向性爆薬を備えたこのマイクロUAVは、顔認証技術によってターゲットを識別し、その額に取り付いた脳だけを爆薬で破壊する。開発者である起業家(劇中ではいかにも西海岸テック企業風の洗練されたプレゼンテーションを壇上で
13BryanClark,AdamLemon,PeterHaynesKyleLibbyandGillianEvans,opcit14ラティフ、前掲書、129頁。
10

行なっている)によれば、このマイクロUAVをC-130輸送機から大量に都市上空にばら撒けば、それはスウォームとして振る舞い、都市に潜む「悪い方の半分」を皆殺しにできると説く。しかし、このテクノロジーがテロリストの手に渡ったことで、事態は逆転した。米国会議事堂や英国でマイクロUAVが無差別殺戮を始めたのである。そして物語は起業家のプレゼンテーション場面に戻る。自信に溢れた起業家は、次のように語る。「スマート・ウェポンはデータを使います。あなたの敵がネットを使っている時、例えハッシュダグからでも、危険な思想を攻撃できるのです。それが始まるところから」そう言って、起業家は自分の頭を指差した
以上の5シナリオからは、将来の戦場に関して次のようなビジョンが導けよう。
第一に、戦闘の行われる領域(ドメイン)とその相互作用が拡大する。戦闘ドメインは陸、海上、海中、空中、宇宙へと拡大してきたが、ICT技術の進展はこれをサイバー空間という人工空間にまで拡大しつつある。しかも、ICT技術や宇宙技術によって各ドメインは密接に結びついた戦域を構成するようになった。米軍は従来から複数のドメインに渡る戦闘をドクトリンとして掲げきたが、今後は全ドメインが一つの戦場空間を構成するドメイン横断(クロス・ドメイン)型戦闘へと発展していくことが予見されよう。
第二に、戦闘の強度は激烈化する傾向にあり、今後の戦闘はかつてない超長距離で、なおかつ非常に早いテンポで行われる可能性が高い。他方で、『スローター・ボッツ』で描かれた殺戮ロボットに見られるように、この激烈化した戦闘は従来よりも強い選別性の下に行われることが考えられよう。
第三に、人間の介在が大幅に低下する。極超音速兵器との交戦やサイバー戦においては目標の発見から交戦の意思決定、そして実際の交戦に至るテンポが極めて早く、多くの場合、人間の反応速度を超えると予想されるためである。また、将来のいずれかの時点でAIによって制御されるLAWSが登場することは確実であると思われる。
第四に、こうした環境下における人間の役割は、排除されるというよりも変容する。人間の兵士はバイオテクノロジー、ニューロテクノロジーナノテクノロジーなどによって身体能力を強化されたり、機械と直接ネットワークをつないで機械の中で戦うことになろう。
3テクノロジーは勝利を約束するか
では、こうして実現される新たな戦闘様態は、軍事的成果とどの程度結びつくのだろうか。直感的には、その相関は非常に大きいように思われるし、歴史的にもそのような考え方は常に存在してきた。しかし、そのような期待は多くの場合、空振りに終わっている。
新たなテクノロジーが出現すれば、その標的とされた側は対抗軍拡によって同等のテクノロジーを入手したり、新テクノロジーを妨害・無効化・飽和する手段を編み出したり、あるいは正面から対抗することを回避することを選択するのが常であったためである。冷戦期における米ソの軍拡競争、ナポレオンの侵略に対するスペインのゲリラ戦略、ウクライナに対するロシアの非公然介入など、このような対称・非対称の対抗手段は歴史上珍しいものではない。米国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたハーバート・マクマスターが述べるように、戦争は交戦意志を持った人間の「意思のせめぎ合い(contestsofwill)」なのであって、テクノロジーはその一要素に過ぎない16。
16HRMcMaster,“ThePipeDreamofEasyWar,”TheNewYorkTimes,201372011

あるいは前述のラティフが述べるように、「時に、技術的“優位”なるものは、実際の戦場ではほとんど意味を持たないことがある」。たとえ便利な軍事技術であっても「それなしでやれないかと言うと、まあ、あってもいいというレベルにすぎな」いこともあれば、そもそも期待されたほどの効果を発揮しなかったりもする。それでも軍需産業は仕事を常に必要とするし、科学技術コミュニティは野心的な目標に挑戦したがるのが常であり、この結果として投じられた莫大な資源に見合わない兵器が生み出されることは珍しくない17。
テクノロジーの効用は政治体制によっても相当程度変化する。米国と北朝鮮が実戦配備している核弾頭の数にはおよそ100倍の開きがあるが、前者は10万人の国民を危険に晒すような軍事オプションを選択することはほぼ不可能であろう。これに対して、国民を危険に晒すことに対する後者の許容度ははるかに大きく、結果的に1発の核弾頭が持つ軍事的価値に100倍以上の開きが生じるかもしれない。つまり、政治体制が非人道性を許容できる限りにおいては、テクノロジーの優位は簡単に覆される可能性がある。これらは、テクノロジーと軍事的効果の間に存在する見過ごされがちな溝の一つであると言えよう。
しかし、仮に「戦争」を「戦闘」の集合体と考えるならば、テクノロジーによる戦闘様態の革新は戦争のあり方にも大きな影響を与えるはずである。すなわち、新テクノロジーが戦闘を変え、戦闘が変われば戦争も変わるとの三段論法がここでは想定される。
こうした考え方は、米国防総省総合評価局(ONA)で長らく米軍の戦略立案に携わったアンドリュー・クレピネヴィッチらの「軍事技術革命(MTR:military-technicalrevolution)」論にその典型を見いだすことができる。クレピネヴィッチによれば、テクノロジーの革新が新たなシステム開発(新テクノロジーの兵器化)、運用上の革新(新兵器による新たな戦闘ドクトリン開発)、そして組織的受容(軍事組織による新兵器と新戦闘ドクトリンの採用)と結びつくことで、14世紀以降の西欧世界では10回のMTRが発生したという(表5)18。
14世紀
15世紀
15-16世紀
歩兵革命
火砲革命
帆船革命
・冶金技術と火薬の進歩による火砲の射程増大と命中精度向上
・従来は防御側優位であった攻城戦が攻撃側優位となり、戦闘の主要局面が攻
城戦から野戦へと転換
・工業力を持てる富裕な勢力の優位を加速させ、フランスやスペインにおける
中央集権国家の成立を促進
16世紀
表5クレピネヴィッチによる過去10回のMTR・強力な長弓とこれを用いる戦術の出現
・歩兵の戦闘力が飛躍的に増加し、騎兵の役割が低下した
・帆船の登場によって軍艦に重いものが載せられるようになる
・結果、艦砲が軍艦の標準装備となり、いち早く取り入れたヴェネチアが地中
海の制海権を得る
・低く分厚い城壁から成る複合的な要塞システムにより、火砲に対抗できる要
要塞革命塞が再登場・高価であるため普及度に限界があり、野戦の余地が残る
17ラティフ、前掲書、43頁。
18AndrewFKrepinevich,"Cavalrytocomputer;thepatternofmilitaryrevolutions"TheNationalInterest,199491<https://nationalinterestorg/article/cavalry-to-computer-the-pattern-of-military-revolutions-848>正確に言えば、MTRは後述する1992年論文における用語であり、1994年論文では「軍事革命(revolutionofmilitaryaffairs)」が用いられていた。ただし、MTRは2002年の論文でも再度用いられていること、1994年論文でも意味するところには変化がないことなどから、ここではMTRで統一した。
12

16-17世紀
17-18世紀
18-20世紀
19-20世紀
20世紀
火薬革命
ナポレオン革命
地上戦革命
海軍革命
戦間期革命
・甲冑を貫通できるマスケット銃と線形戦術の採用による連続的な射撃能力の
出現
スウェーデングスタフ・アドルフプロイセンのフリードリヒ大王によっ
て取り入れられ、それぞれの軍事的成功に貢献する
産業革命による兵器の標準化・高性能化・軽量化等
・徴集した国民による大規模な軍隊の出現。戦場で大きな損害を許容できるよ
うになるとともに、攻城戦と野戦を同時に展開することが可能となる
・自律的な師団編成の出現、道路網や地図の整備による迅速な機動
・鉄道による兵力の機動性と兵站能力の飛躍的向上、電信による指揮通信統制
の高速化
・施条銃など銃砲の性能向上とこれによる塹壕戦の出現
内燃機関を動力とする鋼製艦艇、潜水艦、魚雷による海戦の変革
海上封鎖及び通商破壊戦術の出現
・軍事力の機械化、航空機、無線・レーダの登場
電撃戦、空母航空戦、近代的な立体上陸作戦、戦略爆撃等の実現による紛争
形態の変化
核兵器弾道ミサイルの組み合わせによる、人類史上かつてない破壊力と射
程距離の実現
・軍事力が戦闘のためではなく抑止のために用いられるようになる
20世紀核革命(出典)クレピネヴィッチの議論をもとに筆者作成。
クレピネヴィッチはさらに、過去10回に続く11回目のMTRが現代において生起しつつあるのだと主張する19。ラディカルな軍事イノベーションを志向するソ連のオガルコフ参謀総長ら「革命派」軍事理論家20たちは、兵器の長射程化、誘導精度の向上による選別的攻撃、情報の伝達や共有の高度化、ドメイン横断型の戦闘などによって戦争の大変革が発生するというビジョンを1970年代から抱いていた。ソ連は、こうした先進的なビジョンを実現するだけの技術力や財政的能力を欠いたまま崩壊に至ったが、米国の軍事理論家たちはソ連軍の遺した思想的遺産を発展させ、11回目のMTRで先陣を切ろうとした21。のちに「軍事における革命(RMA:revolutioninmilitaryaffairs)」や「変革(トランスフォーメーション)」など様々な名前で呼ばれる一連の米軍改革がそれである22。
4「軍事革命」と「軍事における革命(RMA)」
他方、テクノロジーの影響はあくまでも限定的ないし副次的なものと捉えるべきだという議論も存在する。例えばオハイオ州立大学名誉教授のウイリアムソン・マーレーとロンドン大学のマクレガー・ノックスは、軍事上のイノベーションRMAと「軍事革命(militaryrevolution)」とに区別し、「前者は後者の結果として、あるいは後者に関連して」生起するのだと論じた23。前者は概ねクレピネヴィッチらの
19AndrewFKrepinevich,TheMilitary-TechnicalRevolution:APreliminaryAssessment,CSBA,2002<https://csbaonlineorg/uploads/documents/20021002-Military-Technical-Revolutionpdf>(元は1992年に刊行されたもの)
20ロシアの軍事思想には、戦争への伝統的なアプローチと数を重視する「伝統派」、テクノロジーの革新を重視する「革命派」、両者の中間という三つの潮流が存在してきた。BettinaRenz,Russia’sMilitaryRevival,PolityPress,2018,pp160-188
21DimaAdamsky,TheCultureofMilitaryInnovation:TheImpactofCulturalFactorsontheRevolutioninMilitaryAffairsinRussia,theUS,andIsrael,StanfordSecurityStudies,2010
22エリノア・スローン『現代の軍事戦略入門陸海空からサイバー、核、宇宙まで』芙蓉書房出版、2015年、138-176頁(原題:ElinorCSloan,ModernMilitaryStrategy:AnIntroduction,Routledge,2012)。
23マクレガー・ノックス、ウイリアムソン・マーレー著、今村伸哉訳『軍事革命RMAの戦略史軍事革命の歴史的変遷1300〜2050年』芙蓉書房出版、2004年、8-27頁(原題:MacGregorKnoxandWilliamsonMurray,TheDynamicsofMilitaryRevolution,1300-2050,CambridgeUniversityPress,2001)。
13

いうMTRに相当するが、後者は国家・社会・経済などはるかに広範な時代のトレンドを反映したものであり、「戦争の枠組みを基本的に変える」、「社会と国家、そして軍事組織をも変革する」、「軍事力を醸成し、それを行使する国家の能力をも変える」力を持つ。
あるいは石津が述べるように、MTR/RMAが「戦争形態(faceofwar)」の変革であるのに対して、軍事革命はより根源的な「戦争の本質(natureofwar)」を変えるもの、ある時代の「時代精神」や「世界観」を揺さぶるようなものと整理してもよいだろう24。フランス革命が「国民」の概念を生み、結果的に膨大な損害に耐えつつ敵野戦軍の撃滅を目指す戦争が可能となったことなどはその好例と言える。
ナポレオンの軍事革命には、火砲の集中使用、標準化された量産型武器や自律性の高い師団編成の採用、道路網の整備や地図の改善といった技術的変革が含まれていたことはたしかであるが、これらはいずれも以前からその萌芽が見られたものであって、それらが花開くためにはフランス革命という巨大な社会的変動を待たねばならなかった。MTR/RMA軍事革命の「結果として、あるいはそれに関連して」生起するというマーレーとノックスのテーゼを再び想起するならば、MTR/RMAが戦場でどれだけの効果を発揮するかは、軍事革命という大状況に大きく依存するのである。
したがって今後検討されるべき問題は、出現しつつある新テクノロジーが用いられるであろう「大状況」である。例えば、ナポレオン的な大国間戦争は今後とも普遍的に妥当性を持つのか、あるいは1990年代にメアリー・カルドアが指摘したように「新しい戦争」によって取って代わられるのか。戦争の主体は国家であり続けるのか、新たな主体が戦争の主役に躍り出るのか。さらには喬良と王湘穂が予見したような、あらゆる手段、カテゴリ、倫理等の制約を超えた「超限戦」25が実現するのか。今後、日本の安全保障を構想するにあたっての新テクノロジーの有用性は、こうした「大状況」の下において検討されるべきであろう。
(執筆者:東京大学先端科学技術研究センター特任助教小泉悠)
24石津朋之「「軍事革命」の歴史について−「ナポレオン戦争」を中心に−」『戦史研究年報』第4号、2001年3月、1-16頁。
25喬良、王湘穂、『超限戦21世紀の「新しい戦争」』、共同通信社、2001年。
14

II安全保障環境を変え得る(戦争形態を変え得る)破壊的(Disruptive)技術
1先端技術の概観
先端技術、新興技術の定義については「はじめに」において述べた通りであるが、イメージ的にはAI、量子、ロボットなどIoT技術に目が向くことが多い。しかしながら、具体的にはどういう技術であるかとの共通の認識があるとは思えない。各国政府、各機関により、様々な分野の技術が先端技術、新興技術と呼ばれており、画一された定義があるわけではないのが現状である。
前章「I1鍵となる将来軍事技術」において11の技術を取り上げたので、これをベースとして他の団体、機関での取り上げ方を比較してみたい。
米国商務省が示した14の新興技術(2018年)26、世界経済フォーラム(WEF:WorldEconomicForum、ダボス会議)2017年の報告書27、米国RAND研究所の「Security2040」研究28、米国予算委員会(2019年)報告書29、欧州委員会(2019年)報告書30の重点技術を取り上げ比較する。
(1)米国商務省は2018年11月に14の技術を新興技術として提示し、輸出管理の対象としてパブコメを行い、意見を求めている。
そこで取り上げられている技術は、1バイオ技術(Biotechnology)、2AI・機械学習(Artificialintelligence(AI)andmachinelearningtechnology)、3測位技術(Position,Navigation,andTiming(PNT)technology)、4マイクロプロセッサ(Microprocessortechnology)、5先進コンピューティング(Advancedcomputingtechnology)、6データ解析(Dataanalyticstechnology)、7量子情報・量子センサ技術(Quantuminformationandsensingtechnology)、8後方支援関連技術(Logisticstechnology)、9付加製造技術(Additivemanufacturing(eg3Dprinting))、10ロボティクス(Robotics)、11ブレインコンピュータインターフェース(Brain-computerinterfaces)、12極超音速(Hypersonics)、13先端材料(AdvancedMaterials)、14先進監視技術(Advancedsurveillancetechnologies)である。
26“USGOVERNMENTTODEFINE‘EMERGINGTECHNOLOGIES,’IMPACTINGCFIUSANDEXPORTCONTROLS,”Goodwin,20181119<https://wwwgoodwinlawcom/publications/2018/11/11_19-us-government-to-define-emerging>;田上靖「米国輸出管理改革法の新基本技術(EmergingandFoundationalTechnologies)新規制及びCISTECパブコメの概要」CISTEC、2019年1月(3月19日補足)。<http://wwwcistecorjp/service/uschina/2-0-cistec_pubcommepdf>
27“TheGlobalRisksReport201712thEdition,”WorldEconomicForum,2017,p43<http://www3weforumorg/docs/GRR17_Report_webpdf>
29TheresaHitchens,HouseAppropriatorsaddmillionsofdollarstotheNationalInstituteofStandards&Technology'sworkonAI,cybersecurity,quantumcomputing,3Dprinting,and5Gtelecommunications,BreakingDefense,2019522<https://breakingdefensecom/2019/05/hac-pumps-up-nist-research-on-emerging-tech/>
15

(2)世界経済フォーラム(ダボス会議)は上記報告書において、第4次産業革命の新興技術として12の技術を取り上げ、良い意味でも、悪い意味でも必然的に世界に変革をもたらすものと指摘している。これら12の技術を経済面、環境面、社会面、地政学面、及び技術面から評価し、ランク付けを行っている。技術面では「AI・ロボティクス」、「新コンピュータ技術」、「センサネットワーク」、「仮想現実・拡張現実(VR・AR)」、「ニューロ技術31」を優先順位としている。
(3)米国RAND研究所は「Security2040」研究を独自プロジェクトとして実施し、「技術、人、アイデア」がどのようにしてグローバルな安全保障環境の未来を形作っていくのか、この変革が将来の人類に対してどのような脅威となるかを研究している。
アプローチとして、「長距離脅威への理解」、「多分野へのアプローチ」、「安全保障政策の形成」という3つの観点で評価するとし、そのために、1AI(人工知能)、2速度(スピード)、33Dプリンティング(付加製造)、及び4ミレニアル世代という4つの課題を取り上げて研究を進めている。
1AI(ArtificialIntelligence人工知能):AIによって核戦争へのリスクは高まるか?
1945年に最初の核兵器が使われたわけであるが、それ以降核戦争は起きていない。人工知能は世界を救う核抑止の概念を後押しすることになるのか。それとも、ドローン、衛星、その他のセンサの拡散により、各国が互いの核兵力を保有し、相互に脅かすことにより緊張が高まり、AIによって核戦争へのリス
クは高まるか。との疑問を呈している。それを3つの視点で議論している。
視点1:技術に対する懐疑論
AI専門家の多くは、核使用決定の時までに十分に技術が発達するかについて懐疑的である。ハッキン
グに対する脆弱性を克服しなければならず、敵対的勢力が訓練データを悪用することも含め、誤った判断をさせることをしようとすることを克服する必要がある。
視点2:核の緊張が上昇する
しかし、核の戦略家たちは、AIシステムは、核緊張を引き上げるために機能する必要はないと言っている。敵対者はそれを考えるだけでよく、それに対応するだけでよい。その結果、核兵器を使ったライバル間の競争と不信の新たな時代となる。
視点3:AIはプレーしないことを学ぶ
一部の専門家は、将来、AIが核戦争を回避するために、非常に信頼できるようになると期待している。核開発の状況を追跡し、各国が不拡散協定を遵守していることを確認するために使用する。あるいは、核兵器のプレッシャーにより人が誤った判断をしたり、間違った決定をすることを避けることができる。また、将来のAIは、1983年の映画「WarGames」のコンピュータのように、核戦争の唯一の勝利はプレーしないことだと結論づけるかもしれないとの意見もある。
2速度(スピード):急激な変化の中で人類は生存できるか?
31人間の脳が行う情報処理をモデルにした情報処理システム。「ニューロ技術(ニューロぎじゅつ)」goo辞書。<https://dictionarygoonejp/word/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AD%E6%8A%80%E8%A1%93/>
16

人間社会はより速く、さらに速く動いている。輸送、武器、情報の流れなどあらゆるものが加速している。この超スピードに直面して政策決定者たちは個人及び国家安全保障をどのように保っていくのかを問われている。
ハイパースピードに適応するために、スピードは核心的に重要なこととして創造的に考え始めるべき時だ、と政策決定者に対して以下の提言を行っている。
今すぐ対話を始めるべきだ:早期に対話することで、適切なペースで技術を取り入れることができ、社会や政府の負担を最小限に抑えることができる。
対話を続けるべきだ:革新的技術者(イノベーター)は、落し穴(予期せぬ副作用)や機会損失をなくすために、新しい技術への公平なアクセスを確保し、潜在的な社会的コストを低減のために、政策立案者や一般市民と絶え間なく対話をするべきだ。
新技術の境界を確立する:政策立案者や指導者は、技術が加速度的に発展(スピード)しているので「安全な使用」が何であるかを定義し、規制のガイドラインを確立する必要がある。
政府は加速しなければならない:社会を加速すると同じ技術により将来を予測し、健全な政策決定の支援に役立てるべきだ。
2020年1月からのコロナウィルス感染拡大は新しい脅威に対する政策決定に「スピード」と知識が求められる事例となろう。
33Dプリンティング(AdditiveManufacturing付加製造):4つの安全保障への脅威今後数十年間、3Dプリンタは犯罪者のための新しいツール、新たなセキュリティへの脅威、世界の経
済秩序への新たな課題をもたらす可能性がある。・ハッカーがプリンタを使用して現実世界へ被害を引き起こす可能性
デジタル設計図を入手したハッカーが現実の世界で新しい種類の脅威になる可能性がある。例えば、サイバーサボタージュとしてデータを改ざんする。・プリンタは新しい犯罪とセキュリティの脅威になる
印刷された銃が最大のリスクということではない。問題は3Dプリンタを使用して銃を作ることを選ぶ可能性のある人がいるというである。
・新しい製造能力は仕事を危険にさらす可能性がある
私たちがすべて自分たちで部品を印刷して最高額の入札者に売るというような独立した企業になる
訳ではない。仕事を失う人への影響評価を行うべきだ。
・プリンタは国際問題のルールを変える可能性がある
国境を越え、制裁が効かず、関税を無視することが可能になる。正しく取り扱う規制が必要である。
4ミレニアル世代(Millennial)32がどのように世界、社会を捉えているかについても、研究課題となっているが、技術分野ではないので、ここでは省略する33。
米国RAND研究所の「Security2040」は引き続き研究中であり、まだ結論を得ているわけではない。
32世代の定義「ミレニアル世代:1982年から2000年生まれ、世代X:1965年から1981年生まれ、ベビーブーマー:1946年から1964年生まれ」
33国家安全保障問題に関して、世代間での認識の違いを指摘している。
17

(4)米国議会予算委員会は5つの技術を取り上げ、米国国立標準技術研究所(NationalInstituteofStandardsandTechnology,NIST)に対して優先的に科学技術研究予算を配分している。それらの分野は、量子情報科学、AI、サイバーセキュリティとプライバシー、金属付加製造技術(3Dプリンタ)、5G通信であり、より具体的な技術を取り上げて、2020年度予算として104億ドル(約1148億4000万円34)割り当てている。この科学技術研究により、新しい産業の「再現性、相互運用性、信頼性を強化してイノベーション、実現性、影響を加速する基礎測定ツールの開発」を目的としている。
(5)欧州委員会は2019年の独自専門家グループの報告書において100の技術を取り上げ、その範囲は多岐にわたる。それらを「2038年における実現性」「欧州の位置付け」「現在の達成度」の3つの指標でランク付けしている。この報告書では2038年における欧州の位置付けに焦点を当て、評価している。ここでは、「2038年における実現性」のうちランク5のものが21技術あるので、その技術項目を対象として比較した。
それぞれの報告書において、技術の名称が異なっており、一対一の比較は困難であるが、同種のものを集めて比較したのが表6である。
表6
新興技術の整理
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
ロボット工学
バイオ技術
エネルギ技術
技術
付加製造技術(3Dプリンタ)
情報通信技術(ICT)
神経工学
新たな計算技術
宇宙技術
米国商務省(2019)
(✓)
(✓)
RAND2040
(✓)
米国予算委員会(2019)
(✓)
(✓)
✓(✓)✓
✓✓✓(✓)
11VR・AR(✓)(カッコ内は関連する技術。筆者作成)
✓(✓)(✓)✓
総合的に見てみると、各国は付加製造(3Dプリンタ)、ロボット工学、AI、バイオ技術、情報通信技術、神経工学、計算技術(コンピュータ)、VR・ARになどの技術に注目していることが分かる。表6では明示的に表れていないが、量子技術、頭脳とのインターフェースも含まれている。エネルギ技術、宇宙技術は範囲が広く、さらにすべての要素技術に関連している技術である。それぞれの表現方法に違いがあるが、注目されている技術は同様な分野であるということが言え、これらが世界中で競争の激しい分野であるとも言えよう。
(執筆者:未来工学研究所研究参与西山淳一)
34本報告書では、2018年時点における年間平均為替レートに基づき、1ドルを11042円として換算する。OECD,“Exchangerates”<https://dataoecdorg/conversion/exchange-rateshtm>
18

2注目すべき先端技術の概要と安全保障への影響(1)AI・IoT
AI及びIoTは、各方面で、新興技術(EmergingTechnology)あるいは破壊的技術(DisruptiveTechnology)と呼ばれるテクノロジーとして注目されてきている。実際、世界経済フォーラム(WorldEconomicForum:WEFと略称する)が2017年に年次総会(通称ダボス会議)で公表した報告書「TheGlobalRisksReport201712thEdition」(以下、2017年版グローバルリスク報告書)では、AIとIoTが第4次産業革命における鍵を握る12の新興技術の一部として挙げられている。
特に、AIは、数ある新興技術の中で、あらゆる面で最もインパクトを与えるテクノロジーとして捉えられている。AIは、産業・経済面だけではなく、国防面でも鍵を握る技術として捉えられていることから、現在、米国、中国、ロシア、イスラエル等を中心として、AI技術の兵器化に関するR&Dを積極的に進めている。その中で、中国は、軍用及び民用の両面で、国家をあげてAI研究の強化を進めており、AIに対して国家及び民間レベルで数兆円規模の投資を行っているとされている。
国防総省(DoD)は、2019年2月に、米国の安全保障と国家の繁栄の増進のためにAI研究・実装を強化していく必要性とそのための戦略を提言した報告書35「SUMMARYOFTHE2018DEPARTMENTOFDEFENSEARTIFICIALINTELLIGENCESTRATEGY:HarnessingAItoAdvanceOurSecurityandProsperity」を公表した。
同報告書は、「AIはあらゆる産業を変革する態勢にある」という認識を示しつつ、「その他の国家、特に、中国とロシアは、国際的規範や人権に関して疑問を呈すようなアプリケーションを含めて、軍用目的でAIに対して多大なる投資を行っている」として、「これらの投資は、米国の技術及び運用上の優位性を損なわせ、自由で開かれた国際秩序を不安定化させる恐れがある。米国は、同盟国やパートナー国とともに、戦略的地位を維持し、将来の戦場で勝利し、この秩序を守るためにAIを採用しなければならない」と述べ、米国は、決して国防面でもAI研究に後れを取ってはならないという決意を表明している。同報告書は、続けて、「また、長期的には安全・平和・安定に資する方法でAI技術の開発・活用を目指す。AIを合法的かつ倫理的に利用するためのビジョンと指針を明確にすることにより、AIの責任ある利用と発展をリードしていく」と述べ、米国が、ELSIを踏まえて、軍事面で、AI技術を非人道的な形で研究開発・利用しないことを表明している。
このように、AIは、安全保障において、最も重要なキーテクノロジーであることは疑いの余地は無いと考えられる。一方、前述したように、IoTも、第4次産業革命における鍵を握る新興技術の一つであり、現在、産業、生活環境、社会インフラ等を中心として、セキュリティを軸とした実用・適用研究が進められている。軍用面では、戦場等のような極めて動的な環境での利用を考慮したAIとIoT技術の統合化に関する研究も進められており、AIとIoT技術との組み合わせによるアプリケーション研究が注目されつつある。
以上を踏まえ、以下、AI・IoTの国防・安全保障への適用研究の概要を示し、これらの技術が安全保障環境にどのような影響を与えるのかについて見解を述べる。
35DepartmentofDefense,“SUMMARYOFTHE2018DEPARTMENTOFDEFENSEARTIFICIALINTELLIGENCESTRATEGY:HarnessingAItoAdvanceOurSecurityandProsperity,”2018
19

1AI・IoTの国防・安全保障への適用研究の概要国防・安全保障において、この分野の基礎・応用研究が最も進んでいるのは、米国であり、研究の発想
が非常に豊かである。特にDARPAのAI研究は、国防・安全保障分野において世界で最も先進的であると考えられ、DARPAの研究を知ることで、この分野でのAI技術の戦術的及び戦略的利用・展開の未来像を垣間みることができると考えられる。
一方、IoTに関しては、米陸軍研究所(USArmyResearchLaboratory:ARL)を中心として、戦場のIoT化ともいうべき、「InternetofBattlefieldThings:IoBT」に関する研究が実施されている。IoBTは、AI、ロボット、IoTシステム等の偏在的かつ動的な融合が求められる技術であり、現在のAI技術、IoTを含むネットワーキング技術等のレベルとは全く比較にならないほどの高レベルの性能・機能を必要とするものである。特に、過去10年間で劇的な進歩を遂げた機械学習が実際の戦場で使い物になるには、大きな進歩が必要であるとされている。欧州でも、IoBTを新興技術あるいは破壊的技術として捉えており、これに関する研究が盛んになりつつある。
以上を踏まえ、DARPAのAI研究の考え方と最新プログラムの概要、ARLのIoT・AI技術の戦場への適用とその課題について述べる。
(a)DARPAのAI研究の考え方と最新プログラム
DARPAは50年以上にわたり、ルールベース型及び統計的学習型のAI技術の進歩と応用を促進する画
期的なR&Dのリーダーとして活躍してきた。現在、DARPAは、基礎研究から先端技術開発に至るまで、幅広いR&Dプログラムに資金を提供することでAI研究のイノベーションをリードし続けている。
DARPAは、「第1の波」のAIをルールベース型、「第2の波」のAIを統計的学習型として定義し、「第3の波」のAIを、マシンが文脈的に状況の変化に適応することを可能にするものと定義しており、将来、「第3の波」のAIにより、システム自身が、生成文脈モデルや説明モデルを通じて新しい知識を獲得できるようになるという見解を示している。
DARPAは2018年9月、「AINext」キャンペーンと呼ばれる既存及び新規のプログラムに対して、複数年にわたり20億ドル(約2200億円)以上の投資を行った。「AINext」は、DoDの最も困難な問題を念頭に置いて未来を定義し、形作ってきた、50年にわたるDARPAのAI技術の創造を土台として構築されている。
表7に、「AINext」に含まれる、DoDがAIに求める性能・能力に関する事項を示す。これには、AIシステムの堅牢性と信頼性の向上、機械学習・AI技術のセキュリティと回復性の強化、電力・データ・パフォーマンスの非効率性の低減、AIの説明可能性や常識的推論のような次世代AIアルゴリズムやアプリケーションの開拓が含まれる。
20

表7DoDがAIに求める性能・能力に関する事項36
DoDがAIに求める性能・能力に関する事項
概要
新しい能力
AI技術は日常的に適用されており、電子技術再興構想(ElectronicResurgenceInitiative)37等の60を超える既存プログラムや、複雑なサイバー攻撃のリアルタイム分析、偽画像の検出、全ドメインウォーフェアにおける動的キルチェーンの構築、人間型言語技術、複数の方法による自動ターゲット認識、生物医学の前進、義肢の制御などに関するその他プログラム群が含まれる。DARPAは、重要な部門業務プロセスの自動化を可能にするためにAI技術を進歩させる。そのようなプロセスの1つは、運用導入前のソフトウェアシステムの長期認定である。この認定プロセスを既知のAIやその他のテクノロジーを使って自動化することが可能になっている。
堅牢なAI
AI技術に関する故障モードは良く理解されていない。DARPAは、分析・経験の両面に重点を置いた研究開発により、この欠点に対処するための作業を進めている。DoDにとって、特に信頼性の高いパフォーマンスが要求される戦術的優位性を得るためには、AI技術を展開することが不可欠である。
敵対的AI
今日最も強力なAIツールは機械学習である。機械学習システムは、人間を欺くことのないような入力の変更によって容易に欺くことができる。そのようなシステムを訓練するために使用されるデータは、不正に変更される可能性がある。また、ソフトウェア自体がサイバー攻撃に対して脆弱である。より多くのAI対応のシステムが導入・運用されていることから、これらの分野及びその他の分野で、大規模な対策が必要になる。
ハイパフォーマンスAI
過去10年間のコンピュータの性能が向上し、大規模なデータやソフトウェア・ライブラリを組み合わせることにより、機械学習が成功した。より低い電力でより高いパフォーマンスを発揮するには、データセンターと戦術的展開の両方を可能にすることが不可欠である。DARPAは、最先端のデジタルプロセッサと比較して、1000倍の速度向上と1000倍の電力効率を備えたAIアルゴリズムのアナログ処理を実証することを目的として、AI固有のハードウェア設計を研究している。DARPAはまた、ラベル化された訓練用データの要件を大幅に削減する方法を研究することによって、現在の機械学習における非効率性の改善に取り組んでいる。
次世代AI
顔認識と自動運転車両を可能にする機械学習アルゴリズムは、20年以上前に発明された。DARPAは、コンピュータをツールから問題解決のパートナーに変容させる次世代のAIアルゴリズムを開発するための先駆的研究を先導してきた。DARPAの研究は、AIシステムが自身の行動を説明し、常識的な知識を習得・推論することを可能にすることを目的としている。DARPAは現在、米国がこの重要な分野でその技術的優位性を維持できるようにするためのAI技術の「第3の波」を生み出している。
このキャンペーンの重要な要素は、DARPAの新規及び既存の研究に加えて、2018年7月に最初に発表されたDARPA人工知能探査(ArtificialIntelligenceExploration:AIE)プログラムである。AIEは、研究者が、プロジェクトの採択から18ヵ月以内に新しいAI概念の実現可能性を確立するために取り組む、一連の高リスク、高成果のプロジェクトを構成するものである。
表8に、AIEを構成する代表的なプロジェクトの概要を示す。
37米国の産業界に芽吹いている、強力であるが、実証されていない新しいアイデアに資金を提供することで、既存のチップテクノロジーを大きく飛躍させようという構想。
21

表8AIEを構成する代表的なプロジェクト38
AIEの代表的なプログラムの例
AutomatingScientificKnowledgeExtraction(ASKE)
・・
ASKEは、生物学のための物理ベースのAI設計エンジンを開発することを目的としたプログラム。このプログラムの目標は、複雑な細胞挙動に関するプログラミングの信頼性を向上させることである。
科学的知識の発見、キュレーション及びアプリケーションに係わる手動プロセスの一部を自動化する技術を開発することを目的とする。
ASKEは、米国がこの重要かつ急速に加速する技術分野で優位性を維持することを目的とした、より広範なAI投資戦略の重要な構成要素である。ASKEは、既存のモデルや書類に記載されている科学的知識や仮定の解釈・公開、新しいデータと情報ソースの自動識別、これら情報ソースからの有用な情報の抽出、この有用情報を機械がキュレーションするエキスパートモデルへの統合、また、堅牢な方法によるこれらのモデルの実行により、複雑なシステムの豊富なモデル(物理的、生物学的、社会的、工学的あるいはハイブリッド型のシステムを含む)を容易に構築、維持及び理由を作成するためのアプローチを開発しようとするものである。
プログラムの概要
ContextReasoningforAutonomousTeaming(CREATE)
・・
CREATEは、中央集中型での調整の条件が限定される場合に、物理的に分散されたAI対応可能なシステム(マルチエージェント・システム)のグル
ープを自律的にチーム化するための新しいアプローチを研究するもの。
無人航空機(UAV)、衛星、無人地上センサ(UGS)、ロボットなどの無人システムの自律研究は、主に個々のシステムセンシングと行動の性能向上に焦点が置かれてきた。しかし、高レベルの行動及びより大きなミッションや「チーム」への統合は、単一の「自律」システムを制御する1人または複数の人間のパラダイムに留まっている。CREATEは、集中的なコミュニケーションと制御の不在の中で予期しないミッションに反応し、学習することができる、コンテキスト推論が可能なマシンチームに対して、スケーラブルなマシンの自律的な形成に関するAIの有用性について探求することを
目的とする。
CREATEにより、自律型AIチーミングの理論的基盤を開発し、文脈を意識することのできる異種のエージェント・システムが分散的に行動して、
複数の同時的な、計画外のミッションの目標を達成できるようにする。
MicroscaleBio-mimeticRobustArtificialIntelligenceNetworks:microBRAIN(μBRAIN)
・μBRAINは、昆虫脳のメカニズムを解明することを狙いとする。
・飛行する非常に小さな昆虫(昆虫の脳は、パフォーマンスを損なうことなく、
そのサイズが抑えられ、省エネ化されている)が持つ驚異的な計算能力から導出される、新しい計算フレームワークと戦略を探求する革新的な基礎研究が要求される。
・この研究では、小さな昆虫の高度に統合化されたセンサと神経系について理解し、その驚異的な機能をエミュレートするために適切なハードウェアにマッピングすることができるプロトタイプの計算モデルを開発することに焦点が置かれる。
・いくつかの種類の昆虫は、徹底的に小型化と省エネ化が強いられている中で、数百個のニューロンのみで基本的な機能を維持することに成功している。これらの生物は、経験に基づく主観性の増大を示すことができる可能性があり、これにより、単純な参照テーブル的な反応からAIに関連する潜在的な問題解決に持っていくことができる可能性があるとされている。
・この取り組みの主な目標は、自然界での極端なSWaP(Size,Weight,andPowerconsumption:サイズ・重量・エネルギ消費量間のバランス)のニーズによって形成される、小型生物系の計算原理、アーキテクチャ、及びニューロンの詳細を理解することである。これにより、訓練の時間と消費電力を大幅に削減しつつAIの向上を可能にする、新しいコンピューティングのパラダイムを明らかにすることにつながる可能性があるとされている。
38DepartmentofDefense,opcit
22

(b)ARLのIoT・AI技術の戦場への適用と挑戦的課題
ARLでは、AIの陸軍研究への影響が非常に大きいものであることを認識しつつ、ネットワーキングに
関するニーズ、利用可能な商用化技術の制限、資源の確保、訓練の制限、技術に関するさまざまな未知の問題等を含め、陸軍のミッションに要求されるニーズに対処していくには超えるべきいくつかの障害がある、という見解の下に、以下のような問題点を指摘している39。
・戦場で無線ネットワーキングと自律型システムとの組み合わせによるシステムを開発・運用すること。
・商用化と運用環境面で制限があること。
ディープラーニングによる予測について、人間がその根拠を理解するための分析手法が存在しない
こと。
IoBTは、兵士とAIが共同で作戦あるいは個別戦闘行動に関する意思決定を行う中で、さまざまなネットワーク化された知的システムを構成するさまざまなモノが戦場で増殖し続け、それらが、さまざまなレベルで自律性をもって運用されるものであり、上記した3つの技術的課題をクリアすることが必要になる。
以下は、IoBTにおける、技術的及び戦術的な環境のイメージである。
・IoBTを構成するほとんどのモノは、無人地上センサ、誘導ミサイル、UAVなどであり、今日の戦場で見られるシステムと大きく変わらないと考えられる。それらは、非常に小さいサイズのセンサ(昆虫規模のモバイルセンサのようなもの)から兵士や物資を運ぶことができる車両ロボット、飛行ロボット、匍匐するロボット、歩行するロボット等に至る。
・IoBTにおいては、物理的な知的なモノに加えて、戦場(少なくとも戦場のサイバードメイン)には、姿の見えないサイバーロボットが潜んでいる。これらはさまざまなコンピュータやネットワーク内に存在し、サイバースペース内を移動して行動する。知的なモノは、それらを欺き、撃退するために、戦略を練る知的な敵について絶えず考えることが求められる。
・未来の戦場で遍在する知的なモノ(ネットワーク化され、兵士とチームを構成する)の外見、役割及び機能は非常に多様になる。このような状況に対して必要となるAIは、今日のAIと機械学習技術によって提供されるものよりも格段に優れたものでなければならない。戦場における敵対する知的なモノの本質が、これらの要件に関する重要なドライバとなる。知的なモノと人間との共同作戦を含む戦場の複雑さも、もう1つの大きなドライバとなる。
・サイバー戦争の重要性がより大きくなると考えられるが、サイバー攻撃者と戦うのがAIになることから、敵対的学習や敵対的推論などの分野における大きな進歩が必要となる。
・戦場の現場を模擬した没入型環境は、人間の訓練とAIの訓練に役立つと考えられる。
39“ArmyAIChallengesMountingasResearchPortfolioGrows,”MeriTalk,2018823<https://wwwmeritalkcom/articles/army-ai-challenges-mounting-as-research-portfolio-grows/>
23

なお、米陸軍では、将来、最前線にいる兵士とAIとの共同により、個々の戦闘レベルで意思決定を行い、作戦行動に出ることを想定して、兵士とAIの共同での意思決定に基づく作戦を可能にするための研究を行っている。
これは上記の3つ目の課題に大きく関係するが、現在AIの主流技術であるディープラーニングによる推論の根拠は人間に理解不能であることから、人間がAIの推論の根拠について理解できるようにするための技術(ExplainableArtificialIntelligence(説明可能なAI))に関する研究が、DARPAによって実施されている。
2AI・IoTは安全保障環境にどのような影響を与えうるか【効用】
前述したAI・IoTに関する先進的な研究の特徴を踏まえると、将来の国防・安全保障において、戦術面及び戦略面でみた場合のAI・IoTを活用するメリットは、例えば、表9のように集約することができると考えられる。
表9将来の国防・安全保障において、戦術面及び戦略面でみた場合のAI・IoTを活用するメリットの例
観点
AI・IoTを活用するメリット(例)
戦術面
・小型の自律型ロボットやドローンを利用することで、敵軍の動きの監視や偵察ミッションの実施がし易くなること。
・小型の自律型ドローン群等を使ったスウォーム攻撃により、コストをかけずに、相手を圧倒し無力化すること。
・昆虫サイズの自律型ロボットとして利用することで、どこからでも、気付かれずに、敵地に侵入し、高精度かつピンポイントでターゲットを無力化(暗殺を含む)すること。
・戦場をIoBT化することで、AIと兵士との協同により、適確な作戦を実施するための判断と意思決定を迅速に行うこと。
・危険で、汚い、退屈な作業や活動を、AIによる自律型ロボットで代替するとともに、上述したように、兵器・システムを自律化し、運用することで、自軍兵士への負担を低減し、人的損失を抑制すること。
戦略面
・AIを使って、軍事力、軍事産業、兵器開発、新興技術開発、安全保障貿易等の状況を含めた、世界の軍事・軍備に関する膨大な量の情報を収集・分析することで、幅広い視点を踏まえた国防戦略のオプション(AIが下す判断の人間への説明を含めて)を迅速に得ること。
・AIを使って、世界情勢を中心とした幅広い分野の膨大な量の情報を収集・処理することで、動的に変化する複雑な外交問題に関する判断や意思決定に関する支援(AIが下す判断の人間への説明を含めて)を迅速に得ること40。
上記から、以下の3つを、AI・IoTが安全保障環境に与える重要なポイントとして捉えることができる。
(a)AIと人間との協同による意思決定
米国では、将来、AIと人間が協同で、作戦、戦闘等に関して迅速に意思決定を行って、作戦を練り、
戦闘等を遂行していくことを視野に置いている。
40中国は既に、AIを利用した外交意思決定支援システムの開発を行っているもようである。”Artificialintelligence,immunetofearorfavour,ishelpingtomakeChina’sforeignpolicy,”SouthChinaMorningPost,2018730<https://wwwscmpcom/news/china/society/article/2157223/artificial-intelligence-immune-fear-or-favour-helping-make-chinas>
24

このため、米国では、兵士がAIの下した判断の根拠を理解し、AIマシンが文脈的に状況の変化に適応し、AIシステムが文脈モデルや説明モデルを通じて新しい知識を獲得できるようにするための研究を行っている。これが実現すると、作戦や戦闘に関する意思決定のプロセスや指揮統制の考え方が大きく変わっていくことが想定される。
また、このような技術は、政策意思決定者に対して、迅速に、複雑な外交問題や各種戦略に関する判断材料を提供することができるようになることが想定され、政策意思決定者にとって非常に大きなメリットになると考えられる。
(b)自律型ロボット
軍の活動において、AIを利用した自律型ロボットを導入するメリットは大きい。自律型ロボットは、ドローンを含む航空機、戦車・装甲車両、水上艦艇、潜水艦、魚雷等の通常兵器だ
けではなく、ターゲットの種類やミッションの目的に応じて、軍事以外の分野で開発・利用されている昆虫型、歩行型、匍匐型、水中推進型等のロボットにも適用することが可能であり、その適用範囲は限りなく広い。
自律型ロボットは、これまでのトップダウン型の指揮統制の階層を取り除き、人間よりも迅速にかつ高精度でルーティン活動や高いリスクを伴った活動を遂行し、高度の探知・識別等能力によって軍事作戦をより効果的に遂行することができる。また、自律型ロボットに強力な攻撃力と防御力を付加することによって、万能兵器になり得る。
なお、自律型ロボットは、国際的な議論の場で、自律型致死性兵器システム(LethalAutonomousWeaponsSystems:LAWS)と呼ばれており、LAWSの開発・導入に関しては、国際人道法上許容されるのか否かが大きな問題になっている。また、倫理的にも、ロボットという機械による判断のみで人命を奪うことが、人間の尊厳の核心部分を侵害しているのではないかという疑問が提議されている。米国は、中国とロシアにおける自律型ロボット兵器の開発が進んでいることから、軍事面で、AI技術を非人道的な形で研究開発・利用しないことを表明している。
(c)戦場のIoBT化
前述したように、米陸軍は、将来の戦闘のあり方として、AI・IoTを統合させた戦場のIoBT化を見据
えている。
IoBTを構成するほとんどのモノは、無人ロボット、無人地上センサ、ドローン、誘導ミサイル等であ
るが、非常に小さいサイズのセンサ(昆虫規模のモバイルセンサのようなもの)から兵士や物資を運ぶことができる車両ロボット、飛行ロボット、匍匐するロボット、歩行するロボット等に至るモノが含まれる。
IoBTは、戦場で、ネットワーク化された知的システムを構成するさまざまなモノが増殖し続け、それらが、さまざまなレベルで自律性をもって運用されるものであり、AIイネーブル・エージェント(ヒューマン・エージェントチームのメンバー)が、絶え間なく変化する複雑な環境で迅速に学習し、チームの指揮官に、リアルタイムでの敵戦力の推定、潜在的な作戦行動に関する推論及び戦術的に賢明な意思決定を提供することが想定されている。
25

現在、陸軍を中心として戦場のIoBT化の検討が進められているが、いずれ、IoBT化は陸・海・空・宇宙及びサイバーを含めたクロス・ドメインにまで拡張して検討されていくものと想定される。クロス・ドメインでのIoBT化が実現すると、これまでの戦略、作戦、戦闘等に関する意思決定や指揮統制の概念が全く異なるものになるであろうことは想像に難くない。
【課題】
キッシンジャー氏は、自身の著書『国際秩序』(日本経済新聞社、2016年)で、テクノロジーが安全
保障に与える影響について、以下のように述べている41。
・歴史のほとんどを通じて、テクノロジーの変化は数十年、数年という単位で、漸進的に進歩してきた。既存のテクノロジーを磨いたり、組み合わせたりして、テクノロジーの開発が進められた。現在が過去と大きく異なっているのは、コンピュータの処理能力の進歩の速さとITがあらゆる面にまで拡大しているという点である。コンピュータは小型化され、コストが下がり、指数関数的に処理速度が速くなって、先進的なCPUがほとんど全てのものに組み込まれた。
核兵器は使用された時には破壊的な影響を及ぼすとはいえ、その重要な意味合いと使用は、戦時と平時という明確に異なる時期ごとに区別して分析することができる。しかし、IoTにより全く異なる展望が開けた。サイバースペースは、歴史の実例全てを覆す。ユビキタス性(どこでも存在する)それ自体は脅威ではない。脅威であるか否かは使い方次第である。
今後、たとえ、人間がAIの下した判断の根拠を理解し、AIマシンが文脈的に状況の変化に適応し、AIシステムが文脈モデルや説明モデルを通じて新しい知識を獲得できるようになっても、AIのアルゴリズムが、兵器の使用、作戦、戦略等の判断のプロセスの軸となり、それが標準になっていく可能性は高い。
国防・安全保障問題は、国家の存亡及び国民の生死に係わる問題であることから、研究者だけではなく、政策決定者も、安全保障問題の一環として、AIを使った悪意ある攻撃について理解しつつ、AIの限界についても良く理解し、その影響力と脅威についてしっかりと考えていく必要がある。AIによる判断で行うアクションが信頼できるものなのか、正当なものなのかについて、人間が最終判断を下すことが必須である。
(執筆者:未来工学研究所主席研究員多田浩之)
(2)3Dプリンタの構造と特徴
(a)方式
現在、3Dプリンティングには大きく分けて、以下の5つ方式があると言われている42。
・光造形方式(StereoLithographyApparatus:SLA)・インクジェット方式
41佐藤仁「キッシンジャー氏、戦争でのAI利用を懸念『シュミット氏は友人だがGoogleは市民にとって脅威』」Yahoo!ニュース、2019年11月9日。<https://newsyahoocojp/byline/satohitoshi/20191109-00150229/>
42「3Dプリンターの種類は?|初心者が知っておくべき5つの造形方式」FLASHFORGEJAPAN、2018年7月9日。<htt
p://flashforgecojp/3d-printer-variety/>
26

・粉末燃結方式(SelectiveLaserSintering:SLS)・熱溶解積層方式(FusedDepositionModeling:FDM)・粉末固着(接着)方式
これらの方式を比較したものを表10に示す。
表103Dプリンタの方式比較
方式
材料
光造形方式
インクジェット方式
粉末燃結方式
【材料】
・樹脂系素材
・金属系素材(チタ
ン・ニッケルなど)
・高耐久性
熱溶解積層方式
粉末固着(接着)方式
特徴
・定番のモデル
・液状の樹脂に紫外
線を当て硬化させ、
何層も繰り返す
【メリット】
・複雑な造形も高精
度に作成可能
【デメリット】
・量産に向かない
・樹脂の単価が高い
・インクジェットヘ
ッドから噴射した樹
脂を紫外線で固め積
層する
【メリット】
・高速に作成可能
【デメリット】
・力を加えると壊れ
やすい
・太陽光での劣化が
起こりやすい
粉末状の材料にレー
ザ光線を当てて焼結
させる
【メリット】
・金属の出力も可能
(ステンレス、工具
鋼、非磁性合金、超
合金、その他)
【デメリット】
・材料の取り扱いに
注意が必要
プリンタヘッドから溶けた樹脂を押し出しながら積層する家庭用3Dプリンタで主流【メリット】・コストパフォーマンスが良い【デメリット】・精度や仕上がりが粗い
石膏などの粉末材料
を敷き詰めた上に、
接着剤を吹き付けて
固める
【メリット】
・速度が速い
・フルカラーで造形
できる
【デメリット】
・脆くて壊れやすい
【材料】
・エポキシ系樹脂
【材料】
・アクリル系樹脂
【材料】・ABS樹脂・PLA樹脂
【材料】・石膏粉末
Hunterハンター43造形サイズ:120×675×150mm
StratasysObjetEden260S/VS44中型造形機造形サイズ:255×252×200mm
ProXTMDMP20045
造形サイズ:
140×140×100mm
StratasysMojo46
造形サイズ:
127×127×127mm
ProJet®660Pro47フルカラーCMYK造形エリア:254×381×203mm
事例
(注記)3Dプリンタは数多くの種類があるので、事例はごく一部を示した。
(b)材料の種類材料には樹脂系、石膏粉末、金属粉末など各種あり、用途によって選択される。近年、金属加工が可能
3Dプリンタの開発が進み、その性能向上が図られている。
43「世界の3Dプリンターユーザーが待ち望んだ次世代DLP方式光造形機3DプリンターHunter(ハンター)」FLASHFORGEJAPAN。<http://flashforgecojp/hunter/?gclid=EAIaIQobChMIsLKDhNns4AIViGkqCh0BOwvzEAkYBiABEgLxCfD_BwE>44「2016年stratasys3DプリンターPolyJet(光造形)システムの価格・性能別全一覧」株式会社フジテックス、2016年7月21日。<https://wwwfjtexcojp/hansoku/blog/stratasys-kakaku-itiran/>
47「ProJet®660ProProfessional3Dプリンター」株式会社イグアス。<http://wwwiguazu-3djp/product/3d_printer/projet660/>
27

金属の場合、他の加工方式である溶接、切削、鋳造と比較して、どの程度の強度、精度、及びサイズが達成できるかが課題となる。大型の3Dプリンタがすでに販売され、製造ラインに組み入れられている例もある(図5)。GEの大型3Dプリンタはメタルパウダーを1kwレーザで加工し、大きさ1立方米のものを製作可能と言われている48。
図5GEのオハイオ工場49
3事例
RocketLab社は小型ロケットElectronのラザフォードエンジンのほとんどを3Dプリンタで製作し、
2017年5月に初打上げに成功した(図6)。現在、2018年11月の打上げから商業ベースの事業に移行している50。
図6RocketLab社ロケットエンジン51
48TomasKellner,“AnEngineer’sDream:GEUnveilsAHuge3DPrinterForMetals,”GEReports,20171114<https://wwwgecom/reports/an-engineers-dream-ge-unveils-a-huge-3d-printer-for-metals/>
49TomasKellner,“The3D-PrintedAge:WhyThisFuturisticOhioFactoryIsProvingMarkTwainWrong,”GEReports,20181130<https://wwwgecom/reports/3d-printed-age-futuristic-ohio-factory-proving-mark-twain-wrong/>
50“RocketLabreachesorbitagain,deploysmoresatellites,”ROCKETLAB,20181111<https://wwwrocketlabusacom/news/updates/rocket-lab-reaches-orbit-again-deploys-more-satellites/>
51“RocketLablaunchesrocketwitha3Dprintedengine,”3Dnatives,2017526<https://www3dnativescom/en/rocket-lab-3d-printed-engine260520174/>
28

GE社は3Dプリンタによりジェットエンジンの開発を行っており、855個の部品を12個に減らし、結
果的に1/3以上を3Dプリンタで製作し、そのエンジンのテストを成功裏に実施した52。
(c)その他
AerojetRocketdyne社はRL10大型ロケットエンジン製造に3Dプリンタを使い、試験を行っている53。NASA国際宇宙ステーション内で部品を作る実験を行い、将来的に宇宙において修理部品製作を目
指している54。中国も同様な実験を微小重力環境下で行っている55。軍用艦船においては洋上修理という問題がある。そのために部品と洋上(艦船上)で作ろうという試み
を米国56、中国57とも行っている。これが実現すると海上運用における柔軟性がさらに増すことになろう。ロッキード・マーティン社は、3Dプリンタで製造した構造部品を米軍向け軍用通信衛星に搭載してい
る58。
海兵隊3Dプリンタで製造した砲弾の発射を行った59。さらに、米レイセオン社は、将来的にはミサイルを3Dプリンタで製造しようということを提唱してい
る60。
このように、各国は3Dプリンタを使用することにより、コストの低減と製造の柔軟性を確保しようとしている。
一方、付加製造技術(3Dプリンタ)の性能向上に伴いデータ盗難はハード盗難と同じことになると考えられる。我が国では、情報の盗難に関しては不正競争防止法不正アクセス禁止法の適用等により、一定の規制が可能であると考えられるが、データ(情報)の盗難に関しては十分であるとは思えない。また外国から直接盗まれることに関しては国内法では無力である。国内的な法整備は必須であるが、さらに外国からの不正アクセスに対する対処策が今後の課題である。
52MatthewVanDusen,“GE’s3D-PrintedAirplaneEngineWillRunThisYear,”GEReports,2017619<https://wwwgecom/reports/mad-props-3d-printed-airplane-engine-will-run-year/>;“FiredUp:GESuccessfullyTestedItsAdvancedTurbopropEngineWith3D-PrintedParts,”GEReports,201812<https://wwwgecom/reports/ge-fired-its-3d-printed-advanced-turboprop-engine/>
53MichaelMolitch-Hou,“AerojetRocketdyneRefines3DPrintingforRocketEngines,”engineeringcom,2017413<https://wwwengineeringcom/3DPrinting/3DPrintingArticles/ArticleID/14722/Aerojet-Rocketdyne-Refines-3D-Printing-for-Rocket-Enginesaspx>
54InternationalSpaceStation’s3-DPrinter,NASA,20141126<https://wwwnasagov/content/international-space-station-s-3-d-printer>
55ClareScott,“What'sNextForChina'sZero-Gravity3DPrinter?Slowly,MoreDetailsEmerge,”3DPrintcom,2016420<https://3dprintcom/130614/zero-gravity-china-printer/>
56SarahSaunders,“UConnEngineersDevelopCeramicandMetal3DPrintingSolutionforUSNavytoManufactureReplacementPartsAtSea,”3DPrintcom,20171226<https://3dprintcom/198330/3d-print-replacement-parts-navy/>
57SarahAndersonGoehrke,“China'sPLANavyDeploys3DPrintersOnboardWarshipstoReplaceSmallParts,”3DPrintcom,201518<https://3dprintcom/35981/china-pla-navy-3d-printing/>
58“DesignEvolution:LockheedMartinIsUsing3-DPrintedPartsForUSMilitarySatellites,”LockheedMartin,201744<https://newslockheedmartincom/2017-04-04-Design-Evolution-Lockheed-Martin-is-using-3-D-Printed-Parts-for-U-S-Military-Satellites>
59“MarinesConductingTestswith3-DPrintedMunitions,”Militarycom,201343<http://wwwmilitarycom/daily-news/2016/09/29/marines-conducting-tests-with-3d-printed-munitionshtml>
60“ToPrintaMissile:Raytheonresearchpointsto3-Dprintingfortomorrow'stechnology,”Raytheon,201577<https://wwwraytheoncom/news/feature/print-missile>
29

データの移転、盗難が、現物の不正輸出、盗難と同義となることを認識しなければならない。よって情報(データ)を保護することが一層重要となり、サイバーセキュリティの重要性は論を待たない。
(執筆者:未来工学研究所研究参与西山淳一)
(3)極超音速滑空体HGV(HypersonicGlideVehicle)
極超音速ミサイル(HypersonicMissile)はその経路を変更することが可能であり、時速5,000km~25,000kmで大気圏内の高空を飛しょうする。民間旅客機の6~25倍の速度である。この極超音速ミサイルの一形態としてHGVがある。大気圏内を滑空するので推進力を有していない。
弾道ミサイルは図7に示すように、宇宙空間へ打ち上げられ弾道飛しょうを行い、終末期で大気圏に再突入する飛しょう体である。その飛しょう経路の大半は弾道経路となり、着弾点の予測が可能である。
図7弾道ミサイル飛しょう経路61
一方、HGVはロケット(弾道ミサイルと同じ)で宇宙空間へ打ち上げられ、その後落下し位置エネルギを運動エネルギに変換し、大気圏上層部を滑空する。大気圏内を飛しょうするため経路変更が可能なため、弾道ミサイルと異なり、着弾点の予測が困難である。よって迎撃は非常に困難となる(図8)。
61RichardHSpeier,GeorgeNacouzi,CarrieALee,RichardMMoore,HypersonicMissileNonproliferation,RANDCorporation,2017<https://wwwrandorg/content/dam/rand/pubs/research_reports/RR2100/RR2137/RAND_RR2137pdf>
30

1米国
図8HGV飛しょう経路と弾道ミサイル飛しょう経路の比較62
米国においてHypersonicGlideVehicle(HGV)は1970年代から研究開発が行われてきた63。この技術はCPGS(ConventionalPromptGlobalStrike:通常兵器型即時全地球攻撃)構想に適用可能と考えられ、2001年、米国ブッシュ政権時の「2001核態勢見直し(NuclearPostureReview:NPR)」において核を使わない攻撃兵器として登場した64。
CPGSは「地球上のあらゆる場所へ1~2時間以内に通常兵器による攻撃を行う」という構想である。核抑止力の「一部」の代替、もしくは通常戦力と核戦力の「隙間」を埋めるニッチなシステムとして期待され、研究・開発が手がけられてきた。
オバマ政権下では、2010NPRにおいて通常兵器による抑止力として核兵器削減の観点から推進された。トランプ政権においては核戦力における位置づけは明確ではないが、継続して開発が進められている。
2011年8月11日、HGVの第2回目の試験となるFalconHTV-2をミノタウロスIV65により打上げを行い、実験を行った。マッハ20で9分間以上飛しょうし、不具合により、データ切断されたが、計画通り太平洋に着水した模様と言われている66。
62RichardHSpeier,GeorgeNacouzi,CarrieALee,RichardMMoore,opcit
63AbelOlguin,Employmentofhypersonicglidevehicles:Proposedcriteriaforuse,OSTI,DOE,201471<https://wwwostigov/servlets/purl/1248826>
64ConventionalPromptGlobalStrikeandLong-RangeBallisticMissiles:BackgroundandIssues,CRS,2020214<https://fasorg/sgp/crs/nuke/R41464pdf>
65ミノタウロスIV:4段式固体ロケット。
66“FalconHypersonicTechnologyVehicleHTV-2,”GlobalSecurityorg<https://wwwglobalsecurityorg/space/systems/x-41-htv-2htm>
31

図9FalconHypersonicTechnologyVehicleHTV-2
その後、米国はArclightプログラム、米陸軍AdvancedHypersonicWeapon(AHW)などの研究を進めており、2020年代前半の開発・配備を目指している。米海軍は潜水艦発射通常型即時全地球攻撃兵器(ConventionalPromptStrike:CPS)、米空軍は極超音速通常攻撃兵器(HypersonicConventionalStrikeWeapon:HCSW/Hacksaw)の配備を計画している67。
2中国
中国は最初の極超音速ミサイル(WU-14)の発射試験を2014年1月9日に実施した。速度はマッハ10に到達したと言われている68。開発を継続し(ミサイルの名称はDF-ZF)すでに6回の試験を実施したと言われており69、さらに極超音速航空機の飛行試験をしたと報じられている(図10)70。
2017年11月1日及び15日に内モンゴル自治区・酒泉衛星発射センターにて「DF-17」弾道ミサイル極超音速滑空体(HGV)を搭載し、発射した。11分間飛しょう、水平距離1,400km、高度60kmのディプレスド軌道で、HGVの標的への着弾精度は「数メートル以内」と言われており、DF-17は2020年代に運
67Olguin,opcit
68“Chinatestshypersonicmissilevehicle,”TheGuardian,2014116<http://wwwtheguardiancom/science/2014/jan/16/china-tests-hypersonic-missile-vehicle>
692014年1月9日、8月7日、12月2日、2015年6月7日、11月27日、2016年4月。”ChinaSuccessfullyTestsHypersonicMissile,”TheWashingtonFreeBeacon,2016427<https://freebeaconcom/national-security/china-successfully-tests-hypersonic-missile/>
70Ibid
32

用開始可能と推測されている71。中国は2019年10月1日軍事パレードにおいて極超音速ミサイル「DF(東風)-17」の展示を行い、運用開始が間近であることを示した(図11)72。
3ロシア
図10StarrySky-2(星空2号)極超音速航空機
図112019年10月1日軍事パレードに登場した「DF(東風)-17」
ロシアは極超音速ミサイルYu-70を少なくとも1980年代から開発を進めてきた。1990年代に2度の試験を行い、2001年6月と2004年2月に試験を実施したとみられている。
「アバンガルド(Yu-71)」はSS-19ICBMを使用し2011年から2019年の間に複数回の飛しょう試験を行い、成功、失敗を経験していると思われている(図12)。射程は10,000kmでマッハ20と推測される。2018年12月26日、ロシアのプーチン大統領は音速の20倍で飛行する極超音速ミサイル「アバンガルド」システムが完成し、来年から実戦配備すると発表した73。ロシア南西部の発射基地から3,500マ
71“IntroducingtheDF-17:China'sNewlyTestedBallisticMissileArmedWithaHypersonicGlideVehicle”,TheDiplomat,20171228<https://thediplomatcom/2017/12/introducing-the-df-17-chinas-newly-tested-ballistic-missile-armed-with-a-hypersonic-glide-vehicle/>
72「軍事パレードに登場した中距離弾道ミサイル「DF(東風)17」『写真特集:中国が建国70年の祝賀行事』CNN、2019年10月2日。<https://wwwcnncojp/photo/35143419-6html>
73「ロシア、極超音速新兵器『アバンガルド』配備へプーチン氏『迎撃は不可能』」NewSphere、2018年12月28日。<https://newspherejp/world-report/20181228-2/>;JohnBorrie,AmyDowlerandPavelPodvig,HypersonicWeapons:AChalle
33

イル(5,632キロ)離れたカムチャッカ半島の演習場に向けて発射され、目標エリアに予定通り着弾したと報道されている。核弾頭の搭載ができ、米国のミサイル防衛システムによる迎撃が難しいとされる。
図12Avangard発射
4まとめ
中国、ロシアとも核兵器搭載の極超音速ミサイルの開発を進めている。一方、米国は通常兵器搭載極超音速ミサイル開発を行っているが、開発の遅れは否めない。
極超音速ミサイルは今後の大きな脅威となることが容易に想像される。(執筆者:未来工学研究所研究参与西山淳一)
(4)合成生物学、ニューロテクノロジー
合成生物学は、最近世界的に最も注目されている研究分野の一つである。MIT(MassachusettsInstituteofTechnology)によれば、合成生物学は、「研究者が、新しい生物学的システムを構築し、既存の生物学的システムを再設計するという新興研究分野」と定義している。合成生物学に関する研究は、特に米国と欧州が先導しているが、最近、中国が合成生物学を国家戦略の重要科学技術として捉え、当該研究に注力し、大きな投資を行っている。
米国では、国防分野においても、合成生物学の適用研究を優先事項としている。DoDにおいては、合成生物学を将来の国防テクノロジーの成功への鍵としており、合成生物学を利用するための有機的な能力とインフラを創り出すことを目的としたイニシアチブを推進している。
これは、「軍事環境のための合成生物学に関する科学技術優先プログラムの応用研究(AppliedResearchfortheAdvancementofScienceandTechnologyPrioritiesProgramonSyntheticBiologyforMilitaryEnvironments)」と呼ばれるイニシアチブであり、合成生物学のプロセスを使用して、「能力の増強、センサの開発、材料合成などの分野で有益なアプリケーションとして微生物を改良する」ことを目的とする74。本イニシア
74“TheMilitaryWantstoCreateSyntheticLifeFormstoTrackEnemies,”PopularMechanics,2018124<https://wwwpopularmechanicscom/military/research/a25397792/military-synthetic-life-forms-tracking/>
34

チブには、4,500万ドル(約49億6900万円)の予算が組まれており、米陸軍、米海軍及び米空軍の3軍が共同で支援している。
また、米陸軍のFuturesCommandは、これまでになかった微生物や材料の開発を支援するために、合成生物学を最優先の研究領域の一つとして、この分野の研究を加速させている。米陸軍研究所(ARL)は、長年、生物学を研究する義務を負っていたが、2019年4月にARLは、合成生物学研究をトップ10の優先研究事項の1つに引き上げたとされている75。
一方、近年、脳に関する研究が急速に進歩し、脳の中でどのような仕組みで情報のやり取りをしているのか、といったことが少しずつ分かるようになってきた。こうした脳の機能を理解するための科学研究は、一般的に「ニューロサイエンス(Neuroscience)」と呼ばれているが、ニューロサイエンスの発展に伴い、脳研究の成果を活用した技術開発「ニューロテクノロジー(Neurotechnology)」が盛んになってきた。
米国が2013年から、脳のネットワークの全体像を解明することを目的として推進してきた、BrainResearchthroughAdvancingInnovativeNeurotechnologies(BRAIN)Initiativeは、人がどのように考え、学習し、記憶するかなど、脳の部位ごとの役割を解明し、「脳マップ」を作成することで、脳の働きの全容を解明することを目的とするイニシアチブであるが、その中で、ニューロサイエンスにより得られた知見を活用して、神経学的障害を有する人々の感覚や運動機能を改善することを目的とするニューロテクノロジーの領域に関する研究が盛んに実施されている。
本イニシアチブを主導するのは、NIH(国立衛生研究所)、DARPA及びNSF(全米科学財団)の科学研究を担う3つの連邦機関であるが、DARPAは、1970年代からニューロテクノロジーに関する研究を進めてきた経緯があり、それまでのニューロテクノロジー研究の遺産を引き継ぎつつ、多くのユニークなプログラムを通じてBRAINイニシアチブをサポートしている。
最近のDARPAにおけるニューロテクノロジー研究には、人の脳にチップを埋め込むことなく、脳の働きのみで、コンピュータを介さず、直接、ドローンや最新の戦闘機などを操作することを目的としたもの等が含まれている。このように、大きく注目はされていないが、DARPAでは、通常の研究では見い出されない、将来の戦争の方法を根本的に変えてしまうような革新的なニューロテクノロジー研究が推進されている。
以上を踏まえ、以下、合成生物学、ニューロテクノロジー等の国防・安全保障への適用研究の概要を示し、これらの技術が安全保障環境にどのような影響を与えるのかについて見解を述べる。
1合成生物学、ニューロテクノロジー等の国防・安全保障への適用研究の概要
米国の国防分野における合成生物学の研究に関する研究の内容は殆ど公開されていない。その中で、前述した「軍事環境のための合成生物学に関する科学技術優先プログラムの応用研究」に関しては、一部、合成生物学を利用した軍用研究の特徴を垣間見ることができる。以下は、合成生物学を利用した軍用研究の可能性とその効果の例を示したものである。
75PatrickTucker,“TheUSArmyIsMakingSyntheticBiologyaPriority,”DefenseOne,201961<https://wwwdefenseonecom/technology/2019/07/us-army-making-synthetic-biology-priority/158129/>
35

海洋微生物が、もはや米軍が運用していないディーゼル型潜水艦の明白な化学的兆候を検出すると、何らかの種類の生化学マーカーを環境に放出することができるように、その海洋微生物の遺伝子改変を行うこと。付近を飛行するドローンがマーカーを検出すると、直ちに米軍に通報し、対潜部隊を派遣して調査を行うことができる。
船の耐用年数にわたって自己修復することができるように、微生物で構成される船の「塗料」を開発すること。これにより、DoDが錆に関連する問題に費やすコストを約210億ドル(約2兆3200億円)に削減することができる。
戦車や装甲車両の表面に対して、命令することで色を変える(及び自己回復する)ことができる、微生物のコーティングを行うこと。
ARLでは、兵士の生存性を重要な研究分野の一つとしており、兵士が戦場から無傷で帰還することを支援するための新しい技術を開発することを支援する研究を行っている。この取り組みでは、例えば、敵から自軍の兵士が検知されないように、隠れ蓑として使用できる新しい生物学的材料(リビング迷彩)の開発に大きな焦点が置かれるとされている76。これには、個人の熱特性を隠すことができ、赤外線を検出するカメラのレンズから見えないようにすることができる材料の開発が含まれる。
なお、DARPAでは、植物が有する生来のメカニズムを利用して、植物の生存力や生態系、自然環境等に影響を与えない範囲で遺伝子改変を行い、特定の化学物質、病原菌、放射線、核爆発等を感知し、外界からの刺激を伝達できるような能力を付加した植物センサを開発することを目的とした、先端植物テクノロジー(AdvancedPlantTechnologies:APT)プログラム77を進めている。これは、迅速にシーバーン(chemical,biological,radiological,nuclear,explosive:CBRNE)の脅威を検出・通報することにより、配備された部隊及び米本土を防護することを狙いとしており、次世代の持続可能な地上ベースのセンサテクノロジーとして期待されている。このような生物学的センサは、幅広く環境に展開することが可能であり、センサの配備や保守に関する問題が生じることは無い。
なお、米軍はヒトゲノムの編集を行うつもりはないとしつつ、合成バイオテクノロジーの研究を進めることは、米軍が他の国々が、この分野で試みていることや実施していることについて準備し、予測するのを支援するために不可欠であるとしている78。
2ニューロテクノロジー
表11に、BrainInitiativeにおける主なDARPAのプログラムの例を示す。
表11
BrainInitiativeにおける主なDARPAのプログラムの例79最小限の侵襲性注射により搬送可能な、個々の神経線維とほぼ同じサイズの超小型デバイ
スを使用して、臓器機能の神経調節により人体の治癒を支援する。
主なプロジェクト
目的等
ElectricalPrescriptions(ElectRx)
76Ibid
77DrBlakeBextine,AdvancedPlantTechnologies(APT),DARPA<https://wwwdarpamil/program/advanced-plant-technologies
78Tucker,opcit
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主なプロジェクト
NeuroFunction,Activity,StructureandTechnology(Neuro-FAST)
Next-GenerationNonsurgicalNeurotechnology(N3)
RestoringActiveMemory(RAM)
目的等
HandProprioceptionandTouchInterfaces(HAPTIX)
NeuralEngineeringSystemDesign(NESD)
人工装具と無線通信が可能なBCI(脳・コンピュータインターフェース)マイクロシステムを開発する。義肢インターフェースリンクなどの外部モジュールと無線通信する、完全に移植可能な、モジュール式で再構成可能な神経インターフェースマイクロシステムを開発して、手足切断者が自然な感覚を感知できるようにする。
RestoringActiveMemory–Replay(RAMReplay)
個人が特定のイベントや学習スキルをより良く思い出すことを支援することを狙いとして、記憶の形成及び想起における神経の「リプレイ」の役割を調査する。記憶の形成と想起に重要な脳の構成要素だけでなく、それらがどれほど重要であるかを調査者が判断することを支援する、斬新で堅牢な計算方法を開発する。
Systems-BasedNeurotechnologyforEmergingTherapies(SUBNETS)
神経心理学的疾患を治療するための、埋め込み型の閉ループ診断・治療システムを創出する。
TargetedNeuroplasticityTraining(TNT)
目が見えない、会話ができない等の感覚障害の治療のために、脳とコンピュータをつなぐ神経インプラントを開発する。データ処理、数学的モデリング、新型のインターフェース等の複数のアプローチを通して、脳機能の可視化やデコーディングを可能にする。研究成果を、脳に損傷を負った米軍人等の脳機能の回復に利用する。手術あるいは電極の埋め込み無しに、脳内の複数のポイントを一度に読み書きすることができる、安全でかつ信頼できるポータブルな脳-機械神経学的インターフェースシステムを創出する。脳を負傷した軍人や民間人の記憶を回復させるための、最新式の脳埋め込み型装置を開発する。
末梢神経の正確な活性化を通じて認知スキルトレーニングのペースと効果を向上させ、脳内の神経接続を促進し、強化する。
DARPAのニューロテクノロジー研究に関するプログラムには、人体の治癒、感覚を感知することができる義手・義肢、感覚障害の治療、脳損傷がある人の脳機能の回復、記憶回復装置、神経心理学的疾患治療用の診断システム等、多岐にわたっている。
これらのうち、最も話題になっているのが、手術あるいは電極の埋め込み無しに、信頼できる神経学的インターフェースを創出し、脳とデバイスを結ぶインターフェースを組み込んだヘッドセットを装着することで、機械やシステムの操作・制御を実現することを目的とした、Next-GenerationNonsurgicalNeurotechnology(N3)プログラムである。
これまで、脳に障害を持った人の脳機能の回復を目的とした埋め込み型の神経学的インターフェースが開発されているが、健常者としての兵士が現在の埋め込み型の神経学的インターフェースを使用することができないことが、この研究の背景にあった。
N3プログラムの目標は以下の通りである。
思考する速度でマルチタスクを行うことを容易にする。
神経学的インターフェースにスマート意思決定支援機能を持たせる。
健常の兵士が利用できる、解像度の高い双方向型の脳-マシンインターフェースを開発する。
N3プログラムで得られる、国防面での技術のメリットと潜在的可能性として、以下が挙げられている。開発されるウェアラブル・インターフェースは、最終的には、アクティブなサイバー防衛システム
やドローン群の制御、あるいは、複雑なミッションの中で行うマルチタスクに対するコンピュータ
37

システムと人間との連携など、多様な国家安全保障アプリケーションを有効なものにできる可能性
がある。
現在の技術のみで無人システム、AI及びサイバーオペレーションを組み合わせると、将来、非常に
短いタイムラインで競合を引き起こす可能性がある。このようなタイムラインは人間が管理するに
は短すぎるため、DARPAはこのような将来に向けた準備を進めている。
DARPAは、手術を必要としない、よりアクセス可能なブレイン・マシンインターフェースを創出
することにより、ミッション指揮官80が、高速で繰り広げられる動的なオペレーションに対して、
有意義に関与し続けることを可能にするツールを提供する可能性がある。
この研究は、プログラム全体を通じて、N3の進捗状況に関する洞察を提供し、また、将来の軍用・民用アプリケーションと技術への影響を考慮することに合意した、独立の法・倫理の専門家により提
供される洞察により恩恵を受けることが期待されている。
連邦規制当局は、DARPAと協力して、N3プログラムチームの研究が進んでいく中で、人間を利用
することを認めることについてより良く理解するためにチームを支援する。
現在、この研究では以下のような成果が上げられている。
脳そのものに取り付けた電極を使って考えている内容を読み取り、シミュレータでステルス戦闘機
F-35」を飛ばすこと、また、3機のドローンの群れを操縦することに成功した。さらにこの技術では、操縦者はドローンからの信号を受け取ることも可能になっており、双方向にやり取りをしながら操縦できるようになった。
この技術では、シミュレータ上の航空機から送られてくる信号が操縦者の脳に直接入力されるところに特徴がある。実験には、四肢が麻痺した男性が参加しており、脳に取り付けられた電極を通じて航空機との「コミュニケーション」を実施した。航空機からの信号が脳に直接送り返され、パイロットの脳が環境を認識することが可能になった。
3合成生物学、ニューロテクノロジー等は安全保障環境にどのような影響を与えうるか
【効用】前述した合成生物学、ニューロテクノロジー等に関する先進的な研究の特徴を踏まえると、国防・安全
保障における戦術面でみた場合の合成生物学、ニューロテクノロジー等を活用するメリットは、例えば、表12のように集約することができると考えられる。なお、現時点で合成生物学、ニューロテクノロジー等を戦略面で利用することに関しては想定することが容易ではないため、戦術面でのメリットの例を示すことに留める。
表12将来の国防・安全保障において、戦術面及び戦略面でみた場合のAI・IoTを活用するメリットの例
・リビング迷彩技術により、状況に応じて戦闘服や軍用車両をカモフラージュすることがで戦術面き、兵士や車両が検知されにくくなること。これにより、兵士の生存率を高め、戦車、装
甲車、兵員輸送車等を含む軍用車両の損失を回避することが可能になる。
80大きな目的(ミッション)のみを部下と共有して、実行方法などの詳細については部下に任せる、という形で指揮を執る指揮官。このような指揮の方法を、「ミッション・コマンド」と呼ぶ。
観点
合成生物学、ニューロテクノロジー等を活用するメリット(例)
38

観点
合成生物学、ニューロテクノロジー等を活用するメリット(例)
・植物を利用した生物学的センサを利用することで、広域で、シーバーン(CBRNE)による攻撃やテロに対して迅速に対応することが可能になること。また、この技術により、不発弾の検知等、人道活動を支援できるようになること。
・四肢や脳機能を損傷した将兵に対して、感覚感知機能の再生、脳機能の回復、神経性疾患の治癒等が可能になること。
・脳とデバイスを結ぶインターフェースを組み込んだヘッドセット(ウェアラブル・インターフェース)により、一般の兵士が、遠隔でドローン群や本来高度の訓練と技量を必要とする高性能戦闘機等を容易に操縦・制御できるようになること。これにより、大規模な部隊を必要とせずに、少数の訓練を受けた人間により、マルチタスクで高度な戦術的展開を行うことが可能になる。
・ミッション指揮官が、高度のブレイン・マシンインターフェースにより、高速で戦闘が繰り広げられる戦場の全体像を把握し、リアルタイムで作戦に関与することができるようになること。
戦略面(想定することは容易ではないため、ここでは言及しない)
上記から、以下等を、合成生物学、ニューロテクノロジー等が国防・安全保障環境に与える重要なポイントとして捉えることができる。
リビング迷彩による将兵の生命及び軍用車両の防護
生物学的センサによるシーバーン(CBRNE)攻撃やテロへの迅速な通報
四肢や脳機能を損傷した将兵の感覚感知機能の再生、脳機能の回復、神経学的治癒等
ブレイン・マシンインターフェースを利用した戦闘機の操縦・制御を含めた、少人数によるマルチタ
スクでの高度な戦術的展開、ミッション指揮官によるリアルタイムでの戦場展開の把握
【課題】合成生物学に関しては、安全保障政策の一環として、細菌の遺伝子改変による未知の生物兵器の開発と
ともに、その悪用(テロ攻撃に利用すること等)への対策について検討することが必要である。現在、ELSIの観点から、遺伝子編集技術によるデザイナーベイビーの創出が大きな問題になっているが、今後、遺伝子編集技術により、肉体的にも、精神的にも超人的な兵士を創出するような国家が出てくる可能性がある。政策決定者は、安全保障の観点からも、合成生物学の悪用に関して注意を促していくことが必要である。
ニューロテクノロジーに関しては、今後、特定の個人やグループが、ブレイン・マシンインターフェースを利用して、遠隔でドローンや小型ロボットを操縦・制御しつつ、いつでもどこでも、不特定多数の人間に対してテロ攻撃を仕掛けることができる可能性がある。また、今後、脳を損傷した兵士に対して、ニューロテクノロジー等を利用した、命令通りに反応するサイボーグ化手術を行うことが可能になることも十分想定され、サイボーグ兵士を利用したテロ攻撃等を行う国家が出てくる可能性がある。政策決定者は、安全保障の観点からも、ニューロテクノロジー等の悪用に関して注意を促していくことが必要である。
(執筆者:未来工学研究所主席研究員多田浩之)
39

III技術と倫理の動向―エマージング技術を巡る倫理的、法的、社会的諸問題(ELSI)
1ELSIの背景
科学技術の進歩は人類に恩恵をもたらすと同時に、時にはその生存を脅かすリスクを生んできた。二つの世界大戦に投入された膨大な数の新兵器は科学技術の破壊的な力を見せつけた。核兵器の開発とその無防備な都市への実戦使用は科学技術の負の側面を最大限に強調することとなった。科学技術の持つこのような両義性に鑑み、人間社会に対し潜在的で破壊的なリスクを内包する技術の研究開発に際しては、倫理的な観点から何らかの監視や規制を行うべきだとの考え方が登場する。
こうした思想は、20世紀後半に分子生物学の急速な発展に伴う形で具体化されることになる。1975年、全米科学アカデミー(NationalAcademyofSciences)は、当時勃興しつつあった遺伝子組み換え技術の持つ法的・倫理的な懸念事項を明らかにするために、米国、カリフォルニア州にあるアシロマにおいて、世界から150名あまりの科学者,医師,ジャーナリスト,法律家などを招き議論を行った(アシロマ会議:Asilomarconference)。議論の成果は遺伝子工学に関する安全性確保のための勧告として取りまとめられ、NIHの研究への資金提供に関するガイドラインであるNIHGuidelinesとして公表されることとなる(1976年6月)。以後、このガイドラインに準拠しなければNIHからの資金提供を受けることができなくなった。アシロマ会議からNIHガイドラインに至る一連の流れは、新興技術にかかわる研究実行者らが、自らの手でよって立つべき倫理の規制枠組みを打ち立てた「自主規制の成功例」として評価されている。
これはその後、倫理的、法的、社会的諸問題(ELSI:Ethical,LegalandSocialIssues)として、1990年にNIHが米国エネルギ省と共同で開始した人間の全遺伝子の解読を目的とするヒトゲノムプロジェクト(HumanGenomeProject)において盛んに議論され、無制限の研究開発に対する事前・事後の監視の枠組みとして整理されることとなる。ヒトゲノムプロジェクト責任者であったワトソン(JamesWatson)は1989年の米国連邦議会公聴会において、プロジェクト予算の3%をELSIに関する研究に充当すべきであると提言した。この提言を踏まえELSI研究の予算枠が同プロジェクト内に設けられ、現在はその割合は5%に引き上げられている81。
こうしたELSIの考え方をエマージングな領域における研究開発及び兵器開発に適用することについても実際に議論が始まっている。文明的な民主国家においては倫理的、法的、社会的制約を度外視して科学研究や兵器開発を行うことはできない。国際政治学者のフランシス・フクヤマが言うように、法治主義と説明責任は自由民主主義国家の根幹である82。自由世界の諸国家においては、特に先端的な兵器開発を国家の援助で行う場合、ELSIの観点から必要な規制を行い、研究開発の透明性を確保し、生じうるリスクを国民に説明することが求められる。
81アシロマ会議及びヒトゲノムプロジェクトの概要につき、神里達博「情報技術におけるELSIの可能性:歴史的背景を中心に」2016年、<https://wwwjstagejstgojp/article/johokanri/58/12/58_875/_html/-char/ja>を参照した。
82FrancisFukuyama,Politicalorderandpoliticaldecay,London:Profilebooks,2014
40

現在、エマージングな領域における研究開発に資金を拠出する主要国の資金配分機関において、研究プロジェクトの上位の採択基準のレベルで、明示的にELSIに言及している例はなく、ELSIの側面については、医療倫理の枠組みでの評価を除き、研究プロジェクトの社会・経済的インパクトの項目等において、アドホックに評価がなされているにとどまる(表13)。
表13
主要資金配分機関の公募採択基準
米国
米国
米国
機関
ARPA-E
NIH
上位の公募採択基準
知的メリット(IntellectualMerit)、広範なインパクト(BroaderImpacts)
技術的インパクト、全般的な科学技術的メリット、研究チームの経験・能力、管理計画の健全性
研究の傑出性、イノベーション、アプローチ、環境配慮、スケジュールの妥当性、人間性の保護、女性・子どもやマイノリティの包摂、動物の福祉、生化学的資源の確保、予算の妥当性等
エマージングな領域の研究
開発プログラム等
英国
UKRI
各RCによるピアレビュー方式の審査。BiotechnologyandBiologicalSciencesResearchCouncil(BBSRC)の場合は、科学的卓越性、戦略的関連性、産業との関連性、経済・社会的インパクト、タイムリーな研究、経済性、スタッフの能力、が基準
StrategicPrioritiesFund(SPF)
フランス
ANR
科学的価値・可能性、研究プロジェクトの体制、研究プロジェクトのインパク
GenericCallforProjects(AAPG)のAI、人間・社会科学、量子技術等のトピック
ドイツ
DFG
研究の質、研究者の能力、目標設定・実行計画の妥当性、予算、研究の優先度評価、学際的評価
ペロブスカイト半導体、ニ
ューロン処理コンピューテ
ィング、計算文学等個別の
プロジェクト
日本
a戦略目標の達成に貢献するものであること、b研究領域の趣旨に合致していること、c独創的であり国際的に高く評価される基礎研究であって、今後の科学技術イノベーションに大きく寄与する卓越した成果が期待できること等。
CREST、さきがけ、ACT-X等
10BigIdeas、EmergingFrontiersinResearchandInnovation(EFRI)電気航空機プロジェクト(ASCEND)等個別のプロジェクト
BRAINInitiative(脳科学)等個別のプロジェクト
(出典)各機関ウェブサイトより筆者作成。
2報告書の概要
2010年にDARPA(DefenseAdvancedResearchProjectsAgency:国防高等研究計画局)は全米科学アカデミーに、ELSIに関して政策決定者、研究機関、個々の研究者が準拠すべき枠組みを構築するよう依頼した。枠組構築の視点は、米国の軍事的優位の維持に向けた先端技術開発と倫理的諸問題をいかに調和させるかに置かれている。関連して、米国議会図書館議会調査局(CongressionalResearchService)の報告書(2018年度)によると、米国議会においてはDARPAについて、DARPAにおける研究開発において倫理的、法的、社会的な配慮(Ethical,LegalandSocialImplication:ELSI)を反映させるメカニズムは適正か、といった点が議論の対象になると指摘している。以下では、DARPAにおける軍事研究におけるELSIの扱いに関して、全米科学アカデミーが2014年に公表した報告書(EmergingandReadilyAvailable
41

TechnologiesandNationalSecurity—AFrameworkforAddressingEthical,Legal,andSocietalIssue:以下本節では「報告書」という)をもとに83、先端技術開発におけるELSIの動向を見ていきたい。
(1)ELSI検討のためのフレームワーク
DARPAにおける先端的な兵器開発にかかわる研究については、以下のような枠組みでELSIを検討す
ることが提案されている。
1ELSIに関する基礎的な検討事項
報告書はELSIに関し検討が必要な基礎的事項として以下の項目をあげている。
研究活動における研究者の社会的責任、人間の尊厳の確保、正義の充足
研究が適用対象にもたらす蓄積的・長期的インパク
将来世代に対する環境影響
研究が実装された場合に敵対国が取りうる行動
敵対国が技術開発を後追いした場合の影響
法執行等の軍事使用以外の局面での国内の市民に対する影響
研究成果によって伝統的な指揮命令や説明責任に生じる影響
戦闘地域内外の非戦闘員に対する影響
ELSIに関して導入した国際的な規制を他国が遵守する可能性
2ELSIに関する発展的な検討課題
報告書はELSIに関する発展的な検討課題として以下の項目をあげている。
研究フェイズ:技術が研究から開発段階に移行する場合にELSIの懸念は増大するか。もたらされる短期的利益と長期的コストをどう比較すべきか。
秘密研究におけるELSIの条件:軍・政府による機密指定を受けて実行されている研究のELSI問題を誰がどのように監視するか。
人間の尊厳:技術が人間の尊厳の核心部分と折り合うことができるか。人間の心身に過大な負担を与えるものでないか。機械的なシステムに容認できないレベルの権限を与えることにならないか。
倫理基準に与える影響:人間が責任を有していた領域を代替する機械に求められる最低限の水準は何か。新たな技術が旧い技術よりELSIの点において優れている場合、軍は新たな技術を導入することが義務づけられるか。
技術的不完全性:許容可能な安全基準は誰が定めるのか。
予期されない軍事的利用:予期されない方法での軍事的利用に関してELSIがどのような示唆を与え
ることができるか。
民生転用・利用:技術が法執行官や一般市民が広く利用できるものであった場合、新たなELSIの問
題が生じるか。望ましくない結果を防ぐためのいかなる方法がありうるか。技術的修正を加えることが可能か。
83NationalAcademyofSciences,EmergingandReadilyAvailableTechnologiesandNationalSecurity—AFrameworkforAddressingEthical,Legal,andSocietalIssue,TheNationalAcademiesPress,2014,pp15-163,pp245-266
42

(2)ELSIが問題となるエマージング技術
ELSIが問題となる技術として、エマージング技術(Emergingandreadilyavailable(ERA)technologies:新興の実現可能性が高い技術)があげられる。これは以下の特徴を持つ。まず、大規模な施設や多額の資金を必ずしも必要とせず、開発への参入障壁が低い。IT(InformationTechnology)分野に象徴されるエマージング技術の多くは、1ヵ月単位で優位な新技術が現れるような急激な変化を伴う。また、エマージング技術ではしばしば基礎研究と応用研究の区別があいまいである。そのため、この領域では基礎から応用、開発へという単行的プロセスを取らず、飛躍的な技術進展が生じることがある。
また、そもそも軍事研究領域では特にELSIが問題視される。これは民生領域と比較して、軍事研究が次のような特徴を有するからである。まず、軍事技術は破壊的特性を有する。そのため市民の死傷者を出す恐れがある。また、軍事技術は軍民の垣根を越えて転用される恐れがあり、非国家主体への拡散も懸念される。開発のスピードに関しても、国防上の必要性から、軍事技術は倫理面を度外視して性急な開発がなされる可能性がある。同時に、軍事技術は国防上の必要性ゆえに急速な発展を見せる。
こうしたことから、エマージング技術に基づく軍事技術は技術開発の進展や速度が予測困難であり、気づかぬ間に技術が予想外に広範囲に拡散する可能性がある。また、国家以外の主体がこうした技術を入手し、国際法の枠組みから逸脱して利用する可能性がある。
特に、ELSIの問題が生じることが懸念されるエマージング技術として実現可能性の高い以下の領域の研究・技術開発が考えられる。
(3)基礎研究に基盤を置く技術
基礎研究に基盤を置く技術開発は、軍事技術と関連する分野においても完全に機密を保持して行うことは困難である。基礎科学の研究成果は万人に公開されたものであるため、軍事用に実装された場合には機密指定される技術も、最初期の開発段階では機密とみなされていないことが多い。ELSIの観点からはこうした基礎科学の公開性を通じ、悪意ある主体が技術情報を入手する可能性がある点に留意する必要がある。基礎技術の分野では、デュアルユースの問題も生じる。基礎科学に基づく成果は軍民双方に応用可能であるため、この領域ではしばしば軍民問わずにELSIの問題を引き起こす。軍事と関係の深い基礎研究に基盤を置くエマージング技術として、以下のものがあげられる。
1IT
ITは自律兵器システムやサイバー兵器についての実現化技術(enablingtechnology)である。未来予測
などを含むデータ解析中心のインテリジェンスに応用することも可能である。
(a)ELSIが問題となる局面
ITに関してELSIが問題となる局面としては以下があげられる。
(i)プライバシー
ITを軍事利用するにあたっては国防上の脅威とは無関係な一般公衆に対するプライバシー権の侵害と
いう「付随的損害」をどのように評価するかが問題となる。ITを用いてテロ等の国防上の脅威の有無や43

程度を予測する場合、個人の生活履歴や嗜好までを含む個人情報を取得し、分析することが欠かせないためである。
知的財産権の保護については、それを入手することにより重要インフラへの攻撃が可能となるような知的財産(インフラ設備の情報、プラントの通信手段に関する情報等)を保護することが、社会的影響の観点から重要である。
(iii)説明責任
様々な状況に対応し、意思決定を行うのは本来人間に課せられた使命である。そうした意思決定をITのような機械にゆだねる場合、もたらされる結果について誰が説明責任を負うのかが問題となる。
(iv)信頼関係への影響
指揮命令系統における上官と部下の信頼関係への影響にも留意が必要である。直接的な人間関係に代わり、IT技術を用いた遠隔的なコミュニケーションが主流となった場合、従来と同じような信頼関係を維持できるのかどうかが懸念される。
(v)制御上のリスク
兵器システムへの人間の関与が減少した際に、ITシステムの不具合で制御が失われる恐れがある。核兵器の運用システムをITに任せる場合には特に深刻な問題を引き起こす。
2合成生物学
遺伝子工学や遺伝子編集・改変技術を用いて、自然界には存在しない遺伝子や有機体を作り出すのが合成生物学の役割である。合成生物学に基づく技術によって、新薬や新材料・新燃料の開発が有望視される一方で、一般公衆や環境にとって危険性のある新たな有機体を誕生させる恐れが懸念されている。合成生物学の応用によって敵国が新たな生物兵器を開発・保有することも懸念される。
(a)ELSIが問題となる局面
合成生物学に関してELSIが問題となる局面としては以下があげられる。
(i)環境や人体へのリスク工学的に操作された微生物が人体に対して及ぼす感染症や予期しない免疫反応といった影響が生じう
る。また、人工微生物が在来の微生物に置き換わる環境リスクも懸念される。環境中に放出された人工微生物は、増殖し、進化を始める。環境に対する未知の影響を引き起こしかね
ない。人工生物にバイオマス燃料を生成させるために特定の原料の栽培が過多になれば、生態系のバランス
が崩れるおそれがある。
(ii)生命・人間の尊厳に対する侵犯合成生物学は生命の形そのものを操作し、新たな生物を作り出すことを目的としている。そのように人
間が「神を演じる」ことが、生命や人間の尊厳を犯すことにならないか懸念される。微生物のような下等生物を人工的に作り出すことは、いずれ人間を含む高等生物でさえ操作の対象とする欲望を芽生えさせ、その尊厳を貶めることにつながるからである。
44

(iii)新たな軍事上の脅威
2000年代以降、合成生物学の手法を用いて、すでに病原性のポリオウィルス、マイコプラズマウィル
スのゲノム、鳥インフルエンザウィルスの生成、1918年にパンデミックを引き起こしたインフルエンザウィルスの再生に成功している。敵対国がこうした技術により生物兵器を開発する軍事上の脅威が懸念される。
現代の神経科学は学際的な学問分野である。そこでは分子、細胞、神経回路、認知機能についての新たな知見の融合がなされている。数学、分子生物学、遺伝子解析、ニューロイメージング、社会学、行動科学の方法論が導入され、神経科学の進展は著しい。
神経科学の進展により神経症に対する新たな治療法が開発され、負傷兵が受傷のトラウマから早期に回復することが可能となる。一方で、同様の技術が健康な兵士の身体の改造に用いられる恐れがある。神経科学を応用した、脳・コンピュータインターフェースにより、脳の情報処理能力を向上させ反応速度の早い兵士を作ることさえ可能になるかもしれない。
(a)ELSIが問題となる局面
ELSIの課題については以下の通りである。
(i)十分に説明され、自発的に使用されているか一般的な医療倫理の原則では、神経科学に基づく人体操作について、本人に対するインフォームドコン
セント(十分な説明に基づく同意)のないままに行うことは禁止されている。また神経への介入という技術の性質から、その使用は本人が自発的に行うべきである。軍隊では兵士は指揮命令系統の中で行動することを余儀なくされるので、インフォームドコンセント及び自発性の原則の両方が十分に担保されない恐れがある。兵士は神経科学の「実験」への参加を強制される危険がある。
(ii)プライバシーの問題神経科学を応用したウソ発見器や尋問で内心を暴露させることは深刻なプライバシー侵害を引き起こ
す。
(iii)安全性薬物や物理的技術を用いた神経への介入の人体への安全性は不透明なままである。
(iv)暴走の際の責任の所在神経への介入を受けた兵士が心理的に暴走し、国際人道法を破った場合、その責任を誰が負うのかが問
題となる。
(4)応用領域
軍事への直接の応用を目的としたエマージング技術のうち、実現性の高い以下の技術において、ELSIの問題が懸念される。
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1ロボティクス、自律システム
多くの紛争において、無人兵器の果たす役割が拡大している。友軍と民間人の犠牲者を最小化するための選択肢として、ロボット兵器は軍隊にとって大いに魅力的である。戦場でロボットは長距離の偵察、爆発物の除去等の任務にあたり、陸海空いずれのフィールドにも進出しているが、ELSIとの関連で最も問題となるのはロボットに致死性の攻撃システムが与えられた場合である。
(a)ELSIが問題となる局面(i)国際法
国際人道法上、その違反に対する責任を負うのは個人であるが、ロボット等の自律システムが国際人道法違反の攻撃を行った場合、いかなる主体が責任を負うことになるのかが問題となる。民間人への攻撃回避などの義務をロボットが適切に行いうるのかも問題となる。戦争は外交が尽きた場合の「最後の手段」であるべきだが、味方の人的損失を伴わないロボット時代においては、戦争への抵抗感が弱まり、戦争がより容易に行われる懸念がある。
(ii)操縦者への影響完全自律型でない無人機等の場合、テレビゲーム感覚で攻撃を遠隔地から行う操縦者にとって、攻撃へ
心理的葛藤が低くなるという問題がある。
(iii)賠償義務者の問題ロボットの欠陥等により損害が生じた場合、いかなる主体が損害賠償責任を負うのかも問題となる。
(iv)ロボット兵器の濫用民主的な原則を共有しない国家や国家以外の主体が、倫理的に許されない方法でロボット兵器を軍事
利用する危険がある。
(v)軍以外による利用国内の治安機関が自律システムを法執行や犯罪監視の手段として使用することも考えられる。この場
合、市民の権利が過剰に制限されることにならないかについて注意が必要となる。
2人工身体・人体拡張
人間の兵士である以上、生物学的な能力の限界が付いて回る。失われた身体を補う人工身体や人体の機能を強化する人体拡張技術を用いて兵士の生物学的な限界を取り払うことは軍隊にとって魅力的である。人工身体・人体拡張は通常、生物学的または電気的・機械的な補助を行うアセンブリと、人工身体や拡
張機能を身体につなぐインターフェースによって成り立っている。下位のコンポーネントとして、アセンブリの挙動や状態に関する情報を身体に伝えるセンサ、身体情報をアセンブリに伝達するレシーバ、アセンブリを動かすアクチュエータ、アセンブリの操作を司るプロセッサが接続され、全体のシステムを構成している。
現在、技術開発の目標は、より自然な形で人工・拡張身体を人体に接続することであり、そのために神経科学の知見の活用が模索されている。
(a)軍事技術への応用軍事利用の可能性としては以下が考えられる。
46

赤外線を感知したり、遠隔地の情報を視認したりするための拡張視覚が考えられる。かすかな音も聞き逃さない拡張聴覚や、腕力や脚力の拡張も計画されている。DARPAではこの分野について、体力強化、認知機能拡張、睡眠時間の短縮についての研究が行われている。近年、外骨格を用いた人体の物理的機能強化技術が実用化されている。
(b)ELSIが問題となる局面(i)国際法
1977年の追加議定書を含むジュネーブ条約におけるマルテンス条項により、人間の尊厳と公共の良心を侵害する兵器の使用は禁止されている。特定の条約によって禁止されていない兵器であっても、その人道に対する脅威が高ければ、一般的にマルテンス条項により使用について制約を受ける可能性がある。高度に拡張された機能を有する「人間兵器」とでもいうべき兵士は、マルテンス条項により禁止されるとの学説が存在する。
(ii)人体への安全性人体拡張について被験者となる兵士は指揮命令系統の中にあり、技術が未成熟でリスクの評価が十分
になされていない状況でも、受け入れざるを得ないことが懸念される。
認知機能の拡張などIT技術に支えられた人体拡張においては、サイバーセキュリティ上のリスクから
身体能力を付加された兵士をいかに保護するかも課題となる。デバイス経由で収集される個人の健康データや認知データなどの情報をいかに保護するかというプラ
イバシー上の課題も存在する。人体に不可逆的な改造を施す場合、大きな問題となる。拡張機能を持った人工人体について、兵士が兵
役から退いた場合、取り除くべきかといった「使用後」の課題が存在する。身体拡張が人間の心理状態に与える影響についても慎重に検討されるべきである。
(iii)軍隊組織に与える影響
身体拡張を受けた兵士は通常の兵士と身体的特性が異なるため、就業条件、部隊への配属、休憩の要否、戦闘行動、昇進や叙勲について特別の考慮が必要となる。
(iv)予期せぬ効果
攻撃的な部位、特に腕を強化された場合、人間は狂暴性が増加するという可能性が示唆されており、兵士の場合、身体拡張によって過剰な攻撃を行うことが懸念される。
3サイバー兵器
現代社会では情報技術への依存は飛躍的が高まっており、サイバー兵器はそうした情報基盤を破壊し、劣化させ、混乱させ、遮断するといった能力を通じて威力を発揮する。
軍事利用の可能性としては、兵器化されたプログラム等による機密情報の不正入手、ITインフラの破壊、管理者等へのなりすましによるシステム侵入、データの破壊工作等がある。
(a)ELSIが問題となる局面
ELSIに関する事項としては以下が指摘されている。
47

(i)国際法の適用・解釈
戦時国際法(LawofArmedConflict:LOAC)が、サイバー兵器による戦争行為に適用があるかについて
は見解が分かれている。仮にLOACの適用がない場合にも、LOACの基礎にある法原則が参照されるべきであるとの議論も存在する。LOAC及びその法原則の適用にあたっては、サイバー兵器による攻撃に対し、武力行使を行い反撃する場合、いかなる条件のもとで自衛権の行使として正当化されるのかが論点となる。
(ii)敵国の認定サイバー兵器による攻撃について、敵国として責任を負う国家を特定することは通常容易ではない。国
家より小さな単位の集団によって攻撃が分担されることもしばしばあり、攻撃のすべての責任を国家に帰属させることができない事態も考えられる。この場合、戦時国際法の適用される対象国を特定することが困難になる。
(iii)サイバー犯罪とサイバー戦争の区別
前者は法執行機関が対処すべき問題であり、後者は国家の安全保障にかかわる。個々のサイバー攻撃の規模は小さいことが多く、どの時点でサイバー犯罪の領域を越え、サイバー攻撃とみなすべきなのかも明確ではない。
サイバー攻撃によって反撃を行う場合には以下の点が問題になる。
1)軍事目標と民間目標の区別戦時国際法上、軍事目標以外への攻撃は禁止されている。サイバー攻撃で敵のコンピュータを攻撃する
場合、攻撃側にとって、それが軍事目標であることが認識可能なのかが問題となる。インターネット経由の攻撃を行う場合、ここのコンピュータに割り当てられたIPアドレスによって、どこからの攻撃であるか識別することができるが、IPアドレス自体は不変というわけではない。他にどのような証拠があれば、攻撃対象が軍事目標のコンピュータであると識別してよいかが議論の対象となっている。
2)付随的損害の防止軍事目標を攻撃する際にも民間人の巻き添えである付随的損害を避ける必要がある。サイバー攻撃
は、民間のコンピュータにも損害を与える恐れがある。民間のITインフラが損なわれ、死傷者が出る恐れがある場合、作戦計画の立案において付随的損害を避けるように注意が払われるべきである。
3)休戦及び終戦について
サイバー戦における休戦や終戦はどのような条件下で可能であるのかが問題となる。休戦や終戦の条件、その担保はいかにしてなされるのかも不明である。
4)サイバー諜報活動の規制
現在、諜報活動自体を禁止する国際法は存在しないが、IT技術の進歩に伴い、サイバー諜報によって相手国のあらゆる種類の膨大な情報を入手することが可能となっている。こうした事態に対応し、破壊的な効果のあるサイバー諜報に対処できるよう、国際法自体が見直されるべきである。
5)サイバー兵器の運用基準の策定
サイバー兵器を実際に運用する場合、軍は、サイバー兵器を扱う兵員の訓練、使用に伴い第三者に損害が生じた場合の責任の明確化、運用能力のある兵員の雇用、交戦時の指揮命令系統の整備、敵味方識別の
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ルール、軍事目標の識別手続きといった具体的な項目について検討し、運用基準を整備しなければならない。
6)国家の廉潔性に与える影響
サイバー兵器を使用した場合、それが正当な自衛手段であっても、世界の安全なインターネット環境を危険にさらしたとの非難を受けることは避けられず、使用した国家の廉潔性(integrity)に悪影響を与える。
4非致死性兵器
米国の関与が想定される多くの紛争において、非致死性兵器を導入する機運が高まりを見せている。非致死性兵器の代表例は以下の通りである。
ゴム弾等の運動エネルギを用いた兵器
一時的な失明をまねく閃光等による視覚兵器
敵に聴覚的な苦痛を与える音響兵器
ミリ波・マイクロ波等を用いて苦痛を与える指向性エネルギ兵器
電気ショックを与える電撃兵器
燃料を使用不能にしたり金属を劣化させたり人を無力化する生物・化学兵器
付随的に人命の損失をまねくことのないサイバー兵器
(a)ELSIが問題となる局面
(i)
定義をめぐる論争
このカテゴリーの兵器について、「非致死性」という名称が誤解を招くとの指摘がある。使用方法によっては致命的な結果をまねくことがありうるためである。
サイバー兵器についても付随的損害としての人命の損失の生じる可能性を過小評価すべきではない。電撃兵器は心臓発作など致命的な結果をまねくことがある。
閃光等による視覚兵器を車両や航空機等の操縦者に対して使用し、事故が起こった場合、結果は致命的でありうる。音響兵器も使用条件次第では永久的な失聴をまねくことがある。人を無力化する化学兵器については実験室レベルでは非致死性であっても、実際の戦場のような無限定環境で使用した場合、濃度や使用量によっては人命に危険を及ぼすことがありうる。
また、対物兵器は人には向けられないため、定義上「非致死性兵器」となるが、これは不自然であるとの指摘もなされている。
(ii)国際法上の問題
非致死性兵器であっても戦場で使用する場合、民間人への不使用原則や、戦闘員に対して使用する場合に不必要な苦痛を与えてはならないとする原則へ適合することが求められる。
(iii)想定外の使用法
非致死性兵器の特性を活かし、拷問に応用するなど、人道上問題のある想定外の使われ方をする恐れがある。
49

(5)提言内容
全米科学アカデミーは、DARPAに対して、ELSIに配慮した研究開発を実施していくための以下の提
言をおこなった。
【基本原則】
ELSIの点で問題のない研究開発を行うためにとりうる最善の手段は、倫理に反する研究活動の提案、
承認、支援を行わないため適切な審査(judgement)を行うことである。そうした審査を支援するために、倫理基準(codesofethics)の策定、監督機関(oversightbodies)の設置、といった関連するメカニズムが用意されるべきである。
【ELSIへの責任ある関与】軍事的に重要で実現性の高い技術開発を支援する政府機関の責任者は、ELSIの問題について現在妥当
と考えられている水準で関与すべきである。公衆に対しても政府機関はELSIの問題に関心を有していることを表明すべきである。そうした態度表明は、政府機関の中でのELSIに関する説明責任を効率的に確保することにつながる。
【ELSIに関する審査プロセスの整備】
ELSIに配慮するため、政府機関は以下の5段階の審査プロセスを整備すべきである。1研究開発の提案段階でのスクリーニング
2ELSIに関する懸念が含まれる提案のレビュー
3ELSIの懸念が研究の途中段階で生じた際に適切に対処するためのモニタリング4必要が生じた場合に幅広く公衆の参加を求める仕組み
5定期的に政府機関のELSI考慮のためのプロセスをレビューする仕組み
【PMへの教育】
ELSIに関してプログラムマネージャー(PM)に対する教育を十分に行うべきである。
【諮問機関の設置】
ELSI問題に関し検討するため外部の専門家から構成される諮問機関を設置すべきである。
【研究者への支援】
研究者が、研究の際に生じるELSI関連の問題に適切に対処できるように組織として支援する体制を構
築すべきである。
50

3日本における当該分野のELSIへの示唆全米科学アカデミーによる上記報告書の公表後、DARPAはウェブサイトにおいて以下の行動指針を表
明している84。
最先端技術の開発においてしばしば生じる社会課題等のジレンマに対処すること
国防研究に邁進するにあたり、倫理的、法的、政策的及びセキュリティ上の課題について配慮する
こと
公共のデータを用いた研究を行う場合、公衆のプライバシーに配慮すること
合成生物学の濫用から社会を防衛すると同時に、故意や過失に基づくそれらの環境中への放出にも
対処すること
研究開発にあたっては、既に存在する法令を遵守すること
既存の法令が対応していない新たな領域における研究の場合、専門家やその他のステイクホルダー
から多様な意見を聴取し、技術が行うべきことと、行うべきではないことを峻別すること
日本においても近年、様々な公的機関により、民間部門の安全保障分野への研究開発資金の投入が行われているが、資金配分機関等の行動準則において、明示的にELSIの問題が意識されているとは言いがたい状況にある。組織の規範や公募条件等の資金提供のルール、実際の研究開発段階等の複数のレベルにおいて、米国におけるこのような検討も踏まえ、ELSIの問題に適切に対処しうる制度の構築が待たれる。
84DARPA,Ethics&SocietalImplications,2019<https://wwwdarpamil/program/our-research/ethics>51

4LAWSの「次の」脅威として登場した「超AI
特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW:ConventiononCertainConventionalWeapons)の委員向けの概説書として、国連軍縮研究所(UnitedNationsInstituteforDisarmamentResearch:UNIDIR)が2018年に刊行した報告書である“TheWeaponizationofIncreasinglyAutonomousTechnologies:ArtificialIntelligence85”では、兵器化されたAIについての懸念事項としてLAWS(LethalAutonomousWeaponsSystems:自律型致死兵器システム)に加え、「超AI(Superintelligence)86」が登場した。
UNIDIRはLAWS規制との関係で、ソフトウェアに当たるAIについて高い関心を持っている。また、UNIDIRは超AIをその他のカテゴリーである、Machinelearning/Deeplearning,NarrowAI/generalAIとは明確に区別している。
超AIについてのUNIDIRの認識は以下の通りである。
超AIは人間の知性を大幅に上回る性能を持ち、現在は仮説上の存在である。
人類の知性と経験を全領域で凌駕する。
故スティーブン・ホーキング博士など著名な科学者がその危険性について警告している。超AI
将来的に人類社会に危機をもたらす可能性についてビル・ゲイツ氏も警告している。
現在の技術水準に照らして、短期的には超AIが実現することはない。
超AIは、新しいAIシステム、マシンシステムを設計する能力を有する(自己複製と進化、ハード
ウェアの製造)。
超AIの実現時期については不明確である。
多くのAI研究者は仮説の上では人間と同等のAIは実現可能であるとみている。
人間と同等のAIの実現時期について2040年との予測がある。先鋭的なAI研究者の予測によると、
人間と同等のAIが今後45年間のうちに開発される可能性は50%である。人間と同等のAIの実現時期の予測は、今後数十年のうちというものから来世紀までは不可能とするものまであり幅が大きい。
人間と同等のAIが実現したとしても超AIの開発がそれにすぐ続くのかどうかは不明確である。
人間の知性そのものについて科学的解明が途上であるため、こうしたAIの実現時期の予測につい
ては懐疑的に眺める必要がある。
他方、米軍に目を転じると、NationalDefenseUniversityJointForcesStaffCollegeによる2015年の報告書“Superintelligence,Humans,andWar”において軍事面における超AIの発展シナリオ、ユースケースとして以下のものが予想されている。
1超AIによる絶対的優位
超AIの開発に1ヵ国のみが成功した場合、当該国は圧倒的な国力を手に入れることになる(現代の聖
櫃)。超AIは社会組織や国家機関の能力を大幅に強化する。超AIはそれが人間にとって管理可能であ
86ArtificialSuperintelligence(ASI)とも呼ばれることがある。
52

る限り、敵国に対して比較を絶する軍事技術的な優位性をもたらす。超AIを「持てる者」は無限の知識や技術へのアクセスが可能となる。そこでは超AIのもと、科学、技術、ロボティクス、エネルギ、遺伝子工学、それらを活用した軍事的能力において優位に立つ状況が生まれる。超AIを駆使する国家は他の国家やグループを一掃してしまうだろう。超AIは軍事的含意においては、アステカを滅ぼしたコルテスの軍隊、ネイティブアメリカンを根絶やしにした米国人のような存在となる。
管理可能な超AIを複数の国家が開発した場合、世界は多極的で安定的となる可能性が高い。核抑止理論における相互確証破壊の状況と同様に、複数国家が超AI保有した場合には、相互の優位性は相殺されることになる。このシナリオにおいてはかつての米ソの冷戦と同様の状況が国際社会に出現するだろう。仮に超AI保有する国家同士で戦争が勃発した場合、超AIは武器そのものあるいは戦術支援のためのプラットフォームとして使用されるだろう。また、超AIはより高度な兵器、とより効率的な戦術を編み出すことになる。その結果、超AIは戦争をより巨大に、より速く、より強烈にするだろう。そして超AIが関与する戦争ではより多くの犠牲者を生むことになる。こうした核戦争と同様の状況が双方に全面的な武力行使を思いとどまらせる抑止力として作用することになる。
3一つの知性への統合(OneNet)
未来学者や科学者、SF小説家は長年にわたり、自我を持ったコンピュータの実現可能性について議論
してきた。超AIは人類を超えた存在として、人類に対する直接の脅威となるかもしれない。超AIに支配された地球ではもはや人類は生態系の支配者ではなくなっているかもしれない。幾度となくSFの題材となってきたように、そうした場合には超AIは人類を絶滅させるか、自らの奴隷とするだろう。
CCWでの超AIの規制の可能性】
上記、UNIDIRの報告書では、AIの現状と今後CCWにおいて超AIが規制対象として議論の対象とな
る可能性を以下のように分析している。
現状では一般的なAIは性能において制約と脆弱性を持っている。
比較的高度な機械学習AIにおいても、その使用に伴うリスクはシステムの誤作動等による予期せ
ぬ危害の発生がメインである。
将来さらに高度なAIが出現したとき、世界は困難な法的・倫理的問題に直面する。
戦場で高度なAIが使用されたとき、AIの制御が不完全であれば悲劇的な事故につながりかねな
い。
AIと戦争をめぐる問題は、LAWSでの時と同様、市民社会を含む多様な視点で議論がなされるこ
とでより良い解決策を見出すことができる。
【ロボット・AIの「脅威」は本物か?】
LAWSのような「未実現技術」については、CampaigntoStopKillerRobotsなどのNGO・市民団体の連
合体が規制を訴え、そうした強力なロビイングに押される形でCCWにおけるLAWS規制の流れが構築されてきた。超AIについても、これらの報告書の言うように、兵器システムに組み込まれれば核兵器
53

同様のインパクトを有するという前提に立てば、これに関する事前規制の声が、LAWSのときと同様に市民団体等から上がることが予見される。
そもそも、LAWSや超AIといった未実現技術に対し人々が感じる脅威は、現に存在する大量破壊兵器等への恐怖感・嫌悪感とは異なり、人類社会への破壊的影響についての確証を欠くものである。米国の心理学者であり思想家のスティーブン・ピンカー博士はベストセラー『21世紀の啓蒙』の中で、科学技術に対し人々が感じる恐怖感の構造について鋭く論じている。ピンカー博士は、いずれ人工知能が暴走し人類を服従させるという恐怖心を人々が抱きがちであることを「ロボポカリプス(ロボット黙示録)」という言葉で表したうえで、こうした恐怖は「知能」や「ロボット」という概念全般に対する人々の誤解が原因であるとしている。彼は、知能は際限なく進化し、いかなる問題でも解決することができるとする誤解が、神のように万能のAI(汎用AI、超AI)が登場し、人類を支配するのではないかというイメージを生んでいるが、知能とは単なる道具であり、人間が「目的」を与えない限りいかなるAIも箱に入ったただの無力な頭脳にすぎないとする87。
こうした冷静な視点で見れば、強力なLAWSや全知全能の超AIを想像し、そうした想像の産物から人類の未来を守るため、あらかじめ開発規制をかけるよう求めることはいささか杞憂であると言える。ピンカー博士は高度な科学技術がもたらす危機について、人々に語りかけ、恐怖心を過剰に煽る主体は、かつての「ロマン主義的な反機械主義者」から、もっぱら科学者・技術者といった専門家集団にシフトしていることを指摘している88。
確かにLAWSをめぐる反対運動に目を向ければ、グローバルな有名IT企業のAI研究者らよる「軍事研究への非協力宣言」といったトピックが目を引く。CCWの各種会合を舞台にした、LAWS、超AI反対運動の行く末を占う上では、従来の市民活動家・平和運動家の動向のみならず、こうした最先端の研究開発に従事する「憂慮する」科学者・技術者コミュニティの動きについて、引き続き注視していく必要がある。
(執筆者:未来工学研究所研究員山本智史)
87スティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙下』橘明美,坂田雪子訳、草思社、2019、131-133頁。88ピンカー同上、118頁。
54

IV各国の動向
本章では、技術革新による安全保障環境の変容に各国がどのように対応しているのかを整理する。技術の進展度に応じて、各国を1技術革新で最先端を行くグループ(米国、欧州)、2技術革新の度合いでやや劣り、攪乱技術の開発を並行して進めているグループ(ロシア、中国)、3技術革新を進める能力が乏しく、攪乱技術に大きく依存するグループ(北朝鮮、イラン)、の3つの類型に分け、1~3の類型には当てはまらないが、我が国として動向を把握する必要のある国として4つ目にインドを取り上げる。
1技術革新で最先端を行くグループ(1)米国
1DII(DefenseInnovationInitiative:防衛イノベーションイニシャチブ)89米国は防衛におけるイノベーションを推進するため、DIIに取り組んでいる。その構成はDIU(DefenseInnovationUnit:防衛イノベーションユニット)90とLRRDPP(Long-RangeResearchandDevelopmentProgram
Plan:長期研究開発計画)91からなる。
カーター国防長官(オバマ政権)は、2015年から実験的にDIUx(DefenseInnovationUnit-Experimental:
実験的・防衛イノベーションユニット)を設立し、2015年4月にシリコンバレー、2016年7月DIUxEastをBoston(マサチューセッツ州)に、2016年9月にはDIUxCentralをAustin(テキサス州)に開設し92、民間の先端技術を取り込んでいくことを目指した。トランプ政権に替わってからもDIUxは存続し、2018年6月には「実験的(experimental)」が外れ、正式にDIUとなった93。政権が替わっても、米国は民間技術の重要性、先端性を認識し、積極的に軍事技術への取り込みを図っている。
2DARPAソーシャル・メディア・プラットフォーム
DARPAは研究開発を加速するためにソーシャル・メディアのプラットフォームを開設した94。このプ
ラットフォームはパブリックプラットフォームとして発売された「Polyplexus」95を利用することにより、科学的証拠の発見、仮説の検証、研究の提案、及び研究スポンサーの発見を促進するように進めている。これにより、学問分野を超えた専門家同士のつながりを容易にし、新しい研究の機会を与えることができる。DARPAは、新たな科学技術についての共有と学習に興味がある研究者、実務家、さらには退職者からの参加を求めている。
89DefenseInnovationInitiative(DII),DefenseInnovationMarketplace<https://defenseinnovationmarketplacedticmil/innovation/dii/>
90DefenseInnovationUnit<https://wwwdiumil/>
92「We’recountingonyouKeepexperimenting!AshCarter」という方針で開始した。
93“‘Nolongeranexperiment’—DIUxbecomesDIU,permanentPentagonunit,”fedscoop,201889<https://wwwfedscoopcom/diu-permanent-no-longer-an-experiment/>
94DARPALaunchesSocialMediaPlatformtoAccelerateR&D,DARPA,2019319<https://wwwdarpamil/news-events/2019-03-19>
55

誰でもアカウントを作成することができるので、退職した科学者、エンジニア、そして研究者は、プレクサーの一員として働くことによって専門知識を共有することが奨励されている。
参考:DARPAの概要【DARPAの使命】
DARPAは1958年に設立された国防総省内部の資金配分機関であり、そのミッションは、米軍の技術優位性を維持し、国家安全保障を脅かす「技術的サプライズ」を防止することである96。
DARPAの予算額97】
2020年度の予算教書での要求額は35億5600万米ドル(約3,900億円)、2019年度が34億2700万米ド
ル(約3,780億円)だった。1999年以来DARPAの国防研究開発に占める割合は比較的安定しており平均約23%である。
DARPAの出資プロセス98】
DARPAの研究資金の企業等への資金配分は競争的に行われる。まず、DARPAはBAA(BroadAgency
Announcements)と呼ばれる募集方式により一般公募で公開する。
BAAとは別に、DARPAでは、国内・国外を問わず企業や大学等の関係者が参加できる「DARPAチャレ
ンジ」を開催している。BAAによる資金配分では参加できる機関が限定されるが、「チャレンジ」ではより幅広い個人や組織が参加することとなり、新たな技術アイデアが生まれることが期待されている。
DARPAにおける課題99】
米国議会図書館議会調査局(CongressionalResearchService)の報告書(2018年度)によると、米国議会に
おいてはDARPAについて以下のような点が論戦の対象になる可能性があるとしている100。
DARPAへの予算配分の適正な水準はどの程度か
DARPAが開発した技術について米軍部隊や民間企業において効率的に利用できるようになっている
国防省におけるイノベーション創出においてDARPAが適切な役目を果たしているか
DARPAにおける研究開発において倫理的、法的、社会的な配慮(Ethical,LegalandSocialImplication:
ELSI)を反映させるメカニズムは適正か
3DARPAチャレンジ
DARPAが一般に知られるようになったのはDARPAロボティクスチャレンジ101であると思われるが、
その後も各種のチャレンジプログラムを公募している。
チャレンジプログラムの特徴をまとめると、
a)ある課題について、幅広いアプローチを募集する。
b)ただし、具体的な手法は指定しない。
c)課題達成の段階に応じて賞金を与える。
d)賞金により、それまで参加しなかったようなグループや個人が参加するようになる。
96JST/CRDS海外動向ユニット「米国DARPA(国防高等研究計画局)の概要(ver2)」2014年9月、4頁。<https://wwwjstgojp/crds/pdf/2014/FU/US20140901pdf>
97政策研究大学院大学『防衛技術分野に係る民間部門の知見等の活用状況調査に関する役務報告書』2018年、18頁。98政策研究大学院大学前掲書、19頁。
99政策研究大学院大学前掲書、20頁。
100MarcyEGallo,DefenseAdvancedResearchProjectsAgency:OverviewandIssuesforCongress,20182,p21101DARPARoboticsChallenge(DRC)(Archived),DARPA<https://wwwdarpamil/program/darpa-robotics-challenge>
56

と説明されている102。我が国においても同様な試みとして「内閣府オープンイノベーションチャレンジ2017」が開始されている103。
DARPAの新しいチャレンジプログラムとして以下の2例を紹介する104。
(a)DARPAローンチ・チャレンジ
宇宙ロケット打ち上げにおいては、従来のやり方では10年単位の時間がかかっていた。これを短期間
で行うというチャレンジプログラムである。課題は「即時打上げ-移動-次の即時打上げ」であり、数日単位の打上げの要求を受け、低軌道に衛星
を打ち上げ、さらに数日後に別の打上げサイトからの打ち上げを行うという要求である(図13)。
図13DARPAローンチ・チャレンジ概念図
米国は安全保障における宇宙利用が国家安全保障にとって死活的な要素であると認識し、そのリジリエンシーの確保のために柔軟な打上げシステムを構築することを目指している。
このチャレンジプログラムは2018年4月に発表され、2019年の後半に打上げを実施することを目標としている。これに成功した場合は1千万ドル(約12億円)の賞金が与えられる105。
102小山田和仁「チャレンジプログラム~DARPAによる課題解決型研究開発の新しい進め方~」つくばサイエンスニュース、2018年9月1日。<http://wwwtsukuba-scicom/?column01=%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0%EF%BD%9Edapra%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E8%AA%B2%E9%A1%8C%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E5%9E%8B%E7%A0%94%E7%A9%B6>
103同上。
105NewDARPAChallengeSeeksFlexibleandResponsiveLaunchSolutions,DARPA<https://wwwdarpamil/news-events/2018-04-18>
57

2019年4月にDARPAは3社(VirginOrbit、Vector、STEALTH)をチャレンジ会社として選定した106が、2019年10月にVirginOrbit、Vectorの2社は資金的な問題で撤退した107。その結果「STEALTH」のみが、打ち上げを行うことになっており、2020年2月~3月に行うことが期待されている108。
(b)DARPAスペクトラム・コラボレーション・チャレンジ(SpectrumCollaborationChallenge:SC2)109軍用、民間用のワイヤレスデバイス(無線機器)の利用は急激に増え、電磁スペクトラム環境はますます混雑してきている。このような環境において電磁スペクトルを有効的な活用するため、ソフトウェア無線機、AIなどの技術を活用し、無線ネットワークが相互に連携し自律的に干渉を避ける方法を決定す
る自律型電磁スペクトラム管理を目指している。
DARPAは2016年にSC2の公募を開始し10チームと契約した110。2019年で最終段階となり、6チー
ムに絞った111。
2019年10月に結果が発表され、フロリダ大学の教授、大学院生、大学生のチームであるGatorWings
が優勝し2百万ドル(約22億円)の優勝賞金を獲得した112。
4JEDIWarCloud
JEDI(JointEnterpriseDefenseInfrastructure)WarCloudは、情報にますます依存する戦闘を民間のクラウ
ドテクノロジーを利用して一元的に管理し、より適切に実行できるようにすることを目的としている。2018年、米国防省は10年間で100億ドル(11兆円)のJEDIWarCloud契約を発表し113、その後、JEDIについての必要性と具体的な契約の内容を説明している。それによると100億ドル一括契約ではなく、最初の2年契約、その後、3年+3年+2年のオプション契約である114。契約はAmazonが有力視されていたが、結果としてMicrosoftが受注した115。
106ThreeTeamsQualifytoCompeteinDARPALaunchChallenge,DARPA2019410<https://wwwdarpamil/news-events/2019-04-10>
107“StealthstartuploneremainingcontenderinDARPAresponsivelaunchchallengebyCalebHenry,”SpaceNews,20191023<https://spacenewscom/stealth-startup-lone-remaining-contender-in-darpa-responsive-launch-challenge/>
108第1回目のAstraロケット打上げは天候条件で延期になっていた。2020年3月2日11:55(現地時間)に打上げが設定された。打上げ53秒前に誘導制御装置の不具合により中止され、その後何度か試みたが最終的に中止された。DARPA,"We'reinaGNCholdatT-53seconds(guidancenavigationandcontrol)Providedtheissuecanbesolved,wewillrecycle
backtoT-15minutesStaytunedto,”Twittercom,202033<https://twittercom/DARPA/status/1234584644802301956>
109SpectrumCollaborationChallenge(Archived),DARPA2016810-11<https://wwwdarpamil/news-events/spectrum-collaboration-challenge>
110PreliminaryRoundofDARPASpectrumCollaborationChallengeAwardsTenTeams,TheSpectrumCollaborationChallenge(SC2),20171221<https://wwwspectrumcollaborationchallengecom/preliminary-round-of-darpa-spectrum-collaboration-challenge-awards-ten-teams-2/>
111DARPAAwardsSixTeamsDuringFinalSpectrumCollaborationChallengeQualifier,DARPA,20181219<https://wwwdarpamil/news-events/2018-12-19>
1122位はMarmotE(Vanderbilt大学のチーム)で賞金100万ドル(約11億円)、3位はZyliniumで賞金75万ドル(約8200万円),<https://wwwdarpamil/news-events/2019-10-24>
113LaurenCWilliams,“DODreleases$10billionJEDIcloudcontract,”2018626<https://defensesystemscom/articles/2018/07/26/jedi-hits-the-streetaspx>
114JEDI:UnderstandingtheWarfightingRequirementsforDoDEnterpriseCloudJuly25,USDepartmentofDefense,2019725<https://mediadefensegov/2019/Aug/08/2002168542/-1/-1/1/UNDERSTANDING-THE-WARFIGHTING-REQUIREMENTS-FOR-DOD-ENTERPRISE-CLOUD-FINAL-08AUG2019PDF>
115MonicaNickelsburg,“WhatisJEDI?Explainingthe$10BmilitarycloudcontractthatMicrosoftjustwonoverAmazon,”20191028<https://wwwgeekwirecom/2019/jedi-explaining-10b-military-cloud-contract-microsoft-just-won-amazon/>;「米
58

米国はJEDIWarCloudにより戦闘と戦略の即応性と戦闘員の運用に対する迅速な対応が可能になることを期待している。
5まとめ
米国は技術研究・開発が国家の安全保障に対して緊要な課題と捉え、新技術を広く民間から求め、それを早期に具現化し運用につなげように努力している。
(執筆者:未来工学研究所研究参与西山淳一)
国防総省の1兆円超のクラウド事業『JED』入札競争にMicrosoftが勝利、大本命のAmazonは敗れる」GIGAZINE、2019年10月28日。<https://gigazinenet/news/20191028-microsoft-won-dod-jedi-over-amazon/>
59

(2)欧州
1欧州版DARPA設立の波
欧州は、最近、国家の将来の繁栄の鍵を握る技術を、破壊的技術(DisruptiveTechnology)あるいは新興技術(EmergingTechnology)と定義し、このような技術開発を推進する仕組みとして、特に、フランスとドイツを中心として、欧州版DARPAの創設を推進する動きが活発になっている。フランスとドイツが主導する「欧州版DARPA」は、民用に資するR&Dやイノベーションに焦点を置いたものであり、軍用に適用するためのR&Dでないが、EUは、あえて「欧州版DARPA」自体を支援するわけでないことを表明していた。
この流れの中で、2018年5月に、フランスとドイツは共同で、DARPA型の研究機関を創設することを目的とした欧州共同ディスラプティブ構想(JointEuropeanDisruptiveInitiative:JEDI)116を発表した。JEDIは、欧州のテクノロジー・エコシステムによって推進される公的機関を通して、リスクを伴う、開発のスピードが求められる画期的な技術により、欧州を米国と中国と同等の立場に回復させるための構想である。JEDIは公的資金により支援されるため、顧客(フランス、ドイツ及びEUの市民)の期待に応えるという重要な使命を果たすことが要求されている。
一方、フランスでは、JEDIの設立と並行して、2018年9月に、国防イノベーション庁(DefenseInnovationAgency:AID)が設置された。国防イノベーション庁は、民間のインキュベーターアクセラレーターと協力して、同庁の能力を向上させる最も有望なスタートアップ企業を発掘する役割を持つ。同庁はStarburst(グローバルな航空宇宙産業のアクセラレーター)と連携して、軍事部門と民間部門の両方に応用することができる破壊的なデュアルユース技術を開発するために、技術スカウティングと技術開発の加速を推進していくことを発表している117。
ドイツにおいては、2019年3月に、ドイツ連邦政府が、ドイツ連邦教育研究省とドイツ経済・エネルギ省の連携の下に、根本的に新しい技術によりイノベーションを促進し、新しい製品、サービス及びバリューチェーンにより、市場を変えていく役割を持った、ドイツ破壊的イノベーション庁(GermanAgencyforDisruptiveInnovation)が設置された。
2欧州防衛基金(EDF)
欧州は、これまで、米国、中国及びロシアと比較して、AI等の新興技術の国防への適用に関するR&D戦略とそれを支える産業がなかった。このような状況の中、EC(欧州委員会)が、2021〜2027年にわたる財務的な枠組みの中で、軍用設備及び技術に関する共同研究開発への投資を支援するために、新しい防衛イニシアチブである欧州防衛基金(EuropeanDefenceFund:EDF)を提案した。
117“THEFRENCHMINISTRYOFARMEDFORCES’DEFENSEINNOVATIONAGENCYANDSTARBURSTSTRENGTHENTHEIRCOOPERATION,”Starburst,20191112<http://starburstaero/the-french-ministry-of-armed-forces-defense-innovation-agency-and-starburst-strengthen-their-cooperation/>
60

ECは、EDFの予算として、7年間で130億ユーロ(約1兆7千億円)118を投入することを提案しているが、EUが、直接、巨額の公的資金を使って軍用技術のR&Dに投資することはEUの歴史上はじめてのことになる119。
EDFの予算の4%~8%が「欧州の長期的な技術的指導力と防衛の自主性を高める破壊的でリスクの高いイノベーション」に割り当てられている。EDFは、近年EUの防衛協力の流れを推進してきた一連の広範な措置の一部であり、EUの政治プロセスにおける民間防衛産業の役割の増大を示している。
EDFは、安全保障と防衛の分野における画期的な投資であり、平和プロジェクトとしてのEUの性質に根本的に挑戦する可能性を持っている。EDFの支持者たちは、政治不安が高まり、技術革新が急速に進む時代にあって、この構想は欧州の安全保障にとって極めて重要だと考えている。このように、EDFは、欧州に戦略的自律性を与え、遅れている欧州防衛技術・産業基盤を改革することによって、EUの防衛を拡大するために大いに必要とされている触媒として位置づけられている。これらの目標を達成するために、EDFは、最先端の研究とイノベーションに資金を提供し、相互運用可能な防衛能力の開発を促進することによって、資金に対する戦略的価値を最適化する必要性を強調している。しかし、EDFはまた、EUの政治的優先事項、そのアウトプットの正当性、安全保障及び防衛のガバナンスについても重要な問題を提起している。
以下、上記を踏まえて、EDFの背景、EDFで対象とする破壊的技術、及び懸念されているEDFの透明性、正統性及び優先順位に関する問題について述べる。
(a)EDFの背景:防衛研究準備アクション(PADR)
EUにとっては、欧州の軍隊が将来有すべき能力を開発するために、将来指向型の防衛R&T(Research
andTechnology)計画への投資の必要性が求められていたが、過去10年間(2006~2015年)を見ると、加盟国の防衛研究予算が減少し続けていた(同期間で320億ユーロ(約42兆円)減少)。このような状況下で、EUの共同支援型の防衛研究の必要性がより明確になってきたが、EUの研究・イノベーションを推進しているフレームワーク計画(Horizon2020)では、EUとして、民間あるいはデュアルユースのR&Tに限定して資金を提供することになっていた。
このため、EUは、2019~2020年度のEU予算の下に、欧州の産業競争力強化を目的として実施される欧州防衛産業開発プログラム(EuropeanDefenceIndustrialDevelopmentProgramme:EDIDP)への道を開くためのパイロットプロジェクトという位置付けで、2017年4月に、防衛研究準備アクション(PreparatoryActiononDefenceResearch:PADR)を立ち上げた。PADRは、共通外交・安全保障政策(CommonSecurityandDefencePolicy:CSDP)120関連研究の付加価値を試験するための主要な道具として、3年間で9,000万ユーロ(約117億円)の投資が実施された。
118本稿に記載したEDFの予算に関する情報は、英国がEUを離脱する前の情報である。英国がEUを離脱したことによって、EDFフレームワーク及び予算に大きな影響を与えているようである。なお、本報告書では、2018年時点における年間平均為替レートに基づき、1ユーロを13037円として換算する。OECD,“Exchangerates”<https://dataoecdorg/conversion/exchange-rateshtm>
119RalucaCsernatoniandBrunoOliveiraMartins,TheEuropeanDefenceFund:KeyIssuesandControversies,PRIOPOLICYBRIEF,2019
120主として安全保障や防衛に関する外交交渉や活動について、加盟国間で合意された欧州連合の組織的外交政策
61

欧州防衛基金(EDF)は、EUの多年度財務計画(2021~2027年度)の一環として、上記した活動から生まれてきた。2019年2月、ECはEDFに関する原則的な合意を発表し、EDFを、最先端の防衛研究とイノベーションに対する時宜を得た触媒として位置付けた。
(b)EDFで対象とする破壊的技術
EDFは、事技術革新や新たな防衛技術のR&Dを促進するための膨大な財政支援である。EDFの正確
な金額は完全には明らかになっていないが、2019~2020年には約5億9000万ユーロ(約769億円)、2021~2027年には130億ユーロ(約169兆円)が利用可能121であり、その資金はEU共通予算から直接拠出され、軍事技術に特化した様々な国や多国籍の資金と組み合わされる。
EU首脳は、EDFを欧州の防衛セクターにおける技術革新と協力の向上を可能にする重要な手段と位置付けている。前述したように、EDFの予算の4%から8%が破壊的技術に割り当てられている。しかし、何が「破壊的技術」とみなされるか否かは、時間と文脈に依存する。
ECは2019年4月のプロポーザル募集では、革新的な防衛製品、ソリューション、材料及び技術(例えば、作戦、装備、インフラ、基地、エネルギソリューション、新しい監視システムなど、あらゆる種類の任務において、破壊的な効果を生み出し、軍の即応性、展開能力、信頼性、安全性、持続可能性を改善するもの等を含む)」を募集した。
欧州防衛機関(EuropeanDefenceAgency:EDA)は、以下のような技術を、重要な破壊的防衛技術として掲げている。
表14EDAによる重要な破壊的防衛技術122
防衛用AI及び認知コンピューティング
防衛用IoT
防衛用ビッグデータ解析
防衛におけるブロックチェーン技術
AIによるサイバー防衛
防衛用ロボット
自律的防衛システム・兵器・意思決定
将来の防衛アプリケーション用の先端材料
防衛用付加製造
生物学的脅威への備えのための次世代配列(NGS)
(c)EDFの透明性、正統性及び優先順位に関する問題
ECは、以下の4つの主な理由により、EDFを通じた防衛R&Dへの資金提供を支援している。
NATOと米国の軍事アセットに対するEUの依存性を減じること。
EU全体における防衛問題に関する重複を削減すること。
121本稿に記載したEDFの予算に関する情報は、英国がEUを離脱する前の情報である。英国がEUを離脱したことによって、EDFフレームワーク及び予算に大きな影響を与えているようである。
122EDA,“10UpcomingDisruptiveDefenceInnovations,”EuropeanDefenceMatters,14,2017
62

武器システム間の相互運用性に関する深刻な欠如に対応すること。
防衛分野を超えた最先端技術における欧州のリーダーシップを維持すること。
これらの議論は、EDFの透明性と監督について重大な懸念を引き起こした。EDFの目的、プロジェクトの適格基準、基金の全体的な管理に関して、欧州議会と加盟国の間で非常に多くの争点があった。
欧州議会と加盟国の間では、ほとんどの問題について合意は成立しているが、資金がどこから来るのか、どのように使われるのか、基金に資金を供給するために何が削減されるのか、そしてEUの透明性の規則よりも防衛産業の利益を優先させるリスクを回避するためにどのような抑制と均衡が取られるのかについての説明はほとんどない。EDFの共同立法者である欧州議会は、基金の評価プロセスにおいて精査を行うことができるが、実際にはどのプロジェクトに資金を提供すべきかについて決定権は無い。
また、EU公的資金が、問題のある兵器の技術開発に使われる可能性も懸念されている。EDFが、国際法で違法とされている自律型兵器や兵器システム(地雷、核・化学・生物兵器等)の開発を禁止しているが、新たに出現する破壊的技術がもたらす可能性のあるすべてのシナリオを網羅するには、国際法の枠組みでは不十分ではないかと危惧されている123。
(執筆者:未来工学研究所主席研究員多田浩之)
123CsernatoniandMartins,TheEuropeanDefenceFund:KeyIssuesandControversies
63

2技術革新の度合いでやや劣り、攪乱技術の開発を並行して進めているグループ
(1)ロシア
1概観
近年、科学技術の進展が安全保障や戦争様態に及ぼす影響に対して大きな注目が集まっている。精密
誘導兵器やC4ISR能力による軍事力の変革が叫ばれるようになってからすでに久しいが、最近ではロボ
ット技術や人工知能(AI)技術、バイオ技術などに対する関心が高まっているようである。その典型が、
米国の「第3オフセット戦略」やDARPA(国防高等研究計画局)の進める先進的な軍事技術開発であろう124。
とはいえ、これはどのような主体によっても選択可能なオプションではない。そこには必ず経済的・技術的な制限が付きまとうためである。世界最大の経済力と科学技術力を有する米国は、技術革新を自らの安全保障に活用する上でもっとも有利な地位にあるが、たとえば北朝鮮のように経済的・技術的ポテンシャルの小さい主体にとっては技術革新の成果を活用しうる余地は極めて小さい。テロ組織などの非国家主体の場合、その余地はさらに小さくなると考えられよう。
こうした意味では、本稿で取り上げるロシアは極めて興味深い立ち位置にある。たとえばロシアのGDP(国内総生産)は世界第11位の約1兆6576億ドル(約183兆円)であり、韓国やカナダと同程度に過ぎない125。軍事支出は2016年に約3兆8890億ルーブル(約6兆8400億円)126で世界第3位となったものの、これはGDPの47%にも相当する額であり、中長期的に継続できる水準ではなく、実際に軍事支出の額はその後低下している。科学技術面でもすでにトッププレイヤーとは言いがたくなっており127、民間セクターにおける技術革新も総じて低調である128。
やや古いデータであるが、2015年の時点においてイノベーティブな研究開発を行っているロシアの研究機関は同国全体の95%程度に過ぎないとされ、同じ尺度で測った場合の諸外国の数値(ドイツ615%、イタリア454%、フランス419%)に大きく劣る129。イノベーションを支える研究開発への投資も、ソ連末期には対GDP比で203%であったものがソ連崩壊後には1%以下まで低下し、経済が回復した2000年代以降も1%台前半で推移し続けてきた130。絶対額で見ても、米国の研究開発費4,570億ドル(約50兆
124森聡「技術と安全保障米国の国防イノベーションにおけるオートノミー導入構想」『国際問題』第658号、2017年1・2月、24-37頁。
126本報告書では、2018年時点における年間平均為替レートに基づき、1ルーブルを176円として換算する。OECD,“Exchangerates”<https://dataoecdorg/conversion/exchange-rateshtm>
127津田憂子『ロシアの科学技術情勢』国立研究開発法人科学技術振興機構、2016年、11-17頁。
128СЮФридлянова,“Инновационнаяактивностьорганизацийпромышленногопроизводства,”Наука,технологии,инновации,20161018<https://issekhseru/data/2017/11/14/1161223955/NTI_N_73_15112017pdf>
129Ibid,p2
130津田、opcit,p6
64

4600億円)、中国の3,335億ドル(約36兆8250億円)、ドイツの1,026億ドル(約11兆3300億円)に対してロシアは366億ドル(約4兆円)に過ぎない131。
このような傾向が大きく変化する見通しは、短期的な将来においては乏しい。国際的なエネルギ資源価格の低迷に伴ってロシア経済は2014年ごろから深刻な後退局面に入っており、2015年及び2016年にはマイナス成長に陥った。2017年には1%台のプラス成長に復帰したものの、当面は同程度の低成長傾向が続くものと見られている。こうした中では政府の研究開発に対する投資も抑制傾向とならざるを得ず、現行の2020-2021年度までの3カ年予算では国防科学研究を含めた研究開発費も横ばいで推移する予定とされているためである。
また、ロシアではこれまで、政府による投資が増加してもそれがイノベーションの推進のために適切に使用されず、成果に結びつかないという構図が指摘されてきた132。例えば、研究機関の効率性の低さ、似たような研究が別々の機関によって実施される縦割りの弊害(研究の目的がはっきりしない、努力が分散されて外国に先を越されるなど)、知的財産権保護の不備、国内企業が手っ取り早く外国の技術や製品を導入する傾向などである133。このようなカルチャーをいかに変革しうるのかも、ロシアにおけるイノベーションの今後を考える上での重要な課題となろう。
2イノベーションに向けた取り組み
以上のような制約の下でも、ロシアがイノベーションに向けた取り組みを行なっていることは事実である。組織面で見ると、ロシア政府のイノベーション関連組織は以下のように整理される。
(a)ロシア基礎研究基金(RFBR)
基礎研究の支援を目的とするファンディング機関として1992年にロシア政府が設立応用研究やイノベーション創出に関する研究は支援しない
支出額は一件500万ルーブル(約900万円)まで
(b)ロシア科学基金(RSF)
基礎研究及び探索研究支援、研究者育成、指導的人材の開発を目的とするファンディング機関と
して2013年にロシア大統領府が設立
国家の優先分野となる目的志向型プロジェクトへのファンディング。具体的な出資分野は次の通
り。
数学・IT
物理学・宇宙
化学・材料科学
バイオロジー・ライフサイエンス医学
農業科学・食料
地球・環境
131Ibid,p7
132DmitriyFrolovskiy,“Russia'sInnovationFaçade,”TheDiplomat,201727
133МВСмирнов,“Инновации:путивнедренияврамкахреализацииСтратегиинаучно-технологическогоразвитияРоссийскойФедерации,”Военнаямысль,No8,20188,pp38-45
65

人文・社会科学
工学
(c)スコルコヴォ産業団地
ロシア版シリコンバレーを目指して2009年から建設中(2020年に完成予定)
スコルコヴォ科学技術大学(スコルテック)やスタートアップ支援のための特区設置(d)ロスナノ
ナノテク専門の国営投資会社として2011年に設立
産業化のインパクトが大きなナノ技術に対して優先的な投資
このほかには、ロシア国防省が設置する将来研究基金(FPI)がある。概要は次の通りである。(e)将来研究財団(FPI)
ロシア版DARPAとしてロシア国防省が2012年に設立
軍事・民生分野において実現するためのハードルが高い技術開発と科学研究を結びつけることを
目的とする
技術革新が将来の国防に与える影響の予測、研究の主要な方向性の規定、承認されたアイデア
企画化及び予算化の支援
活動領域
物理技術研究(高速技術、将来水中技術、デジタル生産、知能化兵器)
バイオ化学・医学研究(将来医薬品、バイオ工学、新エネルギ源、将来型材料、統合バイオシ
ステム)
情報研究(サイバー安全保障、将来型情報処理・伝達システム、ソーシャルネットワーク、人
工知能・認識技術、監視技術)
ロボット技術の技術的発展及び基盤要素技術に関する国家センター
将来材料技術の発展に関するセンター
また、ロシア政府のイノベーション支援プログラムとしてはロシア連邦国家プログラム「2013-2020年における科学及び技術の発展」がある。概要は次の通りである。
教育科学省を主管官庁とし、各省庁、RFBR、モスクワ大等が参画
研究開発拠点の形成と技術的イノベーションの推進
総額15兆ルーブル(約26兆円)
2020年までにR&D分野への投資をGDPの3%まで引き上げる目標(なおかつ民間投資を増やし、
半分以上は民間資金とする)
基礎研究(特に39歳以下の若手研究者を優遇。約8694億ルーブル(約1兆5300億円))
課題解決型応用研究と次世代有望分野における基礎研究の発展(クルチャトフ研究所中心。
約130億ルーブル(約230億円))
研究開発セクターの分野を横断するインフラの整備
科学技術国際協力
国家プログラムの実現に向けた取組
66

図14ロシアの科学技術関連行政機構図(出典)津田憂子「ロシアの科学技術情勢」(JST、2016年)
3技術的劣勢をどう補うか:ロシアの対応
(a)「ミドル・パワー」としてのロシアその一方、通常兵器から戦略核兵器に至る兵器体系をほぼ国産することが可能な研究・開発・生産基盤
を有するという点でロシアは発展途上国よりもはるかに優位にある。国防生産コンプレクス(OPK)と呼ばれるこうした基盤は、ソ連崩壊後の生産ネットワークの崩壊、深刻な資金不足、武器輸出行政の混乱などによって大幅に弱体化したものの、2000年代以降の経済情勢の回復とプーチン政権による軍需産業再建政策により、現在では一定の研究・開発・生産能力を回復するに至った。つまり、多くのファクターにおいて極端に有利ではないが、何も持っていないわけではない、という「ミドル・パワー」の位置にロシアはある。
ロシアの立ち位置をより興味深いものとしているのは、同国の置かれた国際的環境であろう。これまで述べたような「経済的・技術的中流国」としてのロシアが、国際秩序の中で安定的な地位を占めている場合、先端軍事技術の一部を諸外国に依存し、あるいは自国の得意とする技術分野を提供することによって技術革新にキャッチアップするという戦略を採用することができる。これはウクライナ危機以前のロシアが実際に取っていた戦略に近い。当時のロシアはセンサなどの電子機器類を西側諸国に依存したり134、場合によってはシステムを丸ごと輸入する一方135、比較優位の保てる分野で武器輸出を拡大してきた。
134軍需産業を統括するロゴジン副首相が2015年に述べたところによると、ロシアは約800品目の軍需品を西側に依存していた。“Рогозин:ВПКоткажетсяот90%компонентовизЕСиНАТОв2018году,”РИАНовости2015811
135ウクライナ危機以前のロシアはフランス製強襲揚陸艦やイタリア製軽装甲車、イスラエル無人機の導入などによる技術的キャッチアップを図ってきた。
67

しかし、ウクライナ危機によってロシアの置かれた国際的立場、ことに対米安全保障面での環境が悪化すると、このような戦略は現実的なものとは言えなくなった。西側の高度技術を導入することはもちろん、技術的・経済的制約の中で西側に対する抑止力や戦争遂行能力を確保する必要に迫られるようになったのである。
では、このような制約や国際的環境の中で、ロシアに利用可能なオプションとは如何なるものであろうか。言い換えるならば、技術革新の進む世界において、ロシアが取りうる安全保障上のオプションとはどのようなものであろうか。以下ではこれを、在来型軍事技術への投資、先端技術への投資、両用(デュアルユース)技術への投資という三つに分けて論じてみたい。
(b)在来型軍事技術への投資ロシアによる対応の第一は在来型軍事技術への投資であり、その大枠は「2027年までの国家軍備プロ
グラム(GPV-2027)」によって規定される。これは2011年から実施されていた「2020年までの国家軍備プログラム(GPV-2020)」を発展解消する形で2018年から開始されたものであり、投資総額は10年間で約19兆ルーブル(約33兆円)が予定されている。
ただし、既に述べた財政・技術その他の制約によって、西側への全面的なキャッチアップはもとより困難である。また、GPV-2027で予定されている19兆ルーブル(約33兆円)という投資はあくまでも「プログラム」であり、実際の研究開発や調達に関する予算は毎年の予算折衝によって決まる。昨今の財政難によってロシアの国防費は横ばい傾向にあることから、毎年の予算に盛り込まれる研究開発・調達費は1兆5000億ルーブル(約2兆6400億円)と見られている。さらにインフレ率を考慮すると、GPV-2027における装備調達はGPV-2020に比べて大きく縮小せざるを得ない。したがって、在来型軍事力への投資は、限られた分野への重点投資という形が取られるのが特徴である。
特に重視されているのは、質量ともに劣勢の通常戦力を補う戦術核戦力と、戦術核使用を含む限定核戦争が全面核戦争にエスカレートすることを抑止するための戦略核戦力である。プーチン大統領は2018年3月1日に実施された議会向け教書演説において6種類の新型兵器を初公開したが、その多くは核戦力に関連するものであった。具体的には、「サルマート」重ICBM(大陸間弾道ミサイル)、「アバンガルド」HGV(極超音速滑空体)、「ブレヴェストニク」原子力巡航ミサイル、「ポセイドン」原子力魚雷、「キンジャール」空中発射極超音速ミサイル、「ペレスウェート」レーザ迎撃システムの6つであり、米国のMD(ミサイル防衛)システムを突破ないし回避して核抑止力を維持することが強調された。
また、ロシアは「カリブル」巡航ミサイル等の長距離PGM(精密攻撃兵器)にも注力しており、現時点で最新の2014年版『軍事ドクトリン』では「非核戦略抑止力」という語が初めて用いられた。2018年1月30日にロシア国防省の会議に出席したプーチン大統領は、GPV-2027における重点目標は新世代の攻撃及び偵察システムの配備であると発言しており136、ここでも精密誘導兵器が重視されていることが分かる。ただ、これがどのレベルまで想定したものであるのかは明らかでない。
136“Путинрассказаловооруженииновогопоколениявроссийскойармии,”РИАНовости,201813068

(c)先端技術への投資
先端技術については、AIとロボット兵器への注力が目立つ137。最終的にロシアは両者を組み合わせた
LAWS(自律型致死兵器システム)を実用化しようとしていると見られ、ウラン-9UCGV(無人戦闘車両)やオホートニクUCAV(無人戦闘航空機)等の無人兵器がそのプラットフォームとなろう。ただ、ロシア政府のAI関連分野への投資は年間1250万ドル(約13億8000万円)程度と推定されており、国防省の公開額だけで年間74億ドル(約8171億円)をAIに投じている米国や2030年までに合計1300億ドル(約14兆3500億円)の投資を掲げる中国には到底及ばない138。在来型の戦闘に用いられる兵器をLAWS化するにしても、これまでのハイテク兵器と同様、ロシアのそれは西側に対して性能面で一定の劣位を抱えることが予測される。
ただ、ホロウィッツらが指摘する通り、ロシアのAI人材層には一定の厚みがあり、米中印に次ぐ開発能力を無視されるべきではないし、倫理面での制約の弱さか(例えば誤爆や巻き添え被害に対する許許容度の高さ)らLAWSを西側よりも早期に実用化できる可能性は無視されるべきではない139。
(d)デュアルユース技術への投資ロシアにおけるデュアルユース技術について考える上では、西側諸国との根本的な相違を認識する必
要がある。すなわち、ロシアの技術基盤を育んだソ連時代の研究開発体制が軍事偏重の「準戦時体制」であったという点である140。ラッサディンとサンチェス・アンドレスのまとめ141によれば、ソ連の民生産業はすべてを軍需生産に転用できるよう軍民一体体制が取られていた。この結果、民生品の生産コストは度外視され、有事に必要とされる性能が優先されるとともに、生産量も実際の需要ではなく有事の増産を見据えて設定されていた。ソ連においては戦時に兵器を大増産できるよう、アルミニウムを年間需要量の4倍(100万トン所要のところ400万トン)も生産していた事実142などはその典型例である。また、軍用規格の製品は規格化を重視して同じモデルが10年単位で生産されたため、モデルチェンジのペースも西側に比べて著しく遅かった。
ソ連崩壊後、軍需産業民需転換がうまくいかなかったのは、以上のような理由による。すなわち、コストに敏感で生産の切り替えが早い民生品市場にロシアの軍需産業は適応できなかったのである。しかも、前述した軍民一体体制のために、ロシアには軍需産業と並行して高度な民需産業が育たなかった。こ
137ロシア国防省は2018年、武器展示会「アルミヤ-2018」において「人工知能:問題と解決策2018」と呼ばれるフォーラムを教育科学省及び科学アカデミーとの共催で開催し、産学連携、AI投資基金の設立、人材育成など10項目の提案を行なっている。Конференция“Искусственныйинтеллект:проблемыипутиихрешения—2018,”МинистерствообороныРоссийскойФедерации,2018<http://milru/conferences/is-intellekthtm>また、ボリソフ国防次官(当時)は2017年10月、当時策定中であったGPV-2027の主要な目標として、核抑止力や精密攻撃能力の獲得と並んで「ロボット兵器を重視し、人間の介在しない戦闘を目指す」方針を明らかにした。“Роботывоглавес‘Воеводой’,”Военно-промышленныйкурьер,20171031
138AlinaPolyakova,Weaponsoftheweak:RussiaandAI-drivenasymmetricwarfare,BrookingsInstitute,20181118<https://wwwbrookingsedu/research/weapons-of-the-weak-russia-and-ai-driven-asymmetric-warfare/amp/?__twitter_impression=true>
139MichaelCHorowitz,GregoryCAllen,ElsaBKania,andPaulScharre,StrategicCompetitioninanEraofArtificialIntelligence,CenterforaNewAmericanSecurity,July2018,pp16-17
140塩原俊彦『ロシアの軍需産業岩波書店、2003年、45-90頁。
141ВНРассадиниАСанчес-Андрес,“Технологиидвойногоназначениявобороннойпромышленностииперспективыихиспользавния,”StudiesonRussianEconomicDevelopmentПроблемыпрогнозирования,2001,issue6,pp35-42
142VitalyShlykov,“TheEconomicsofDefenseinRussiaandtheLegacyofStructuralMilitarization,”Miller,StevenE;Trenin,Dmitri,eds,TheRussianMilitary:PowerandPolicyTheMITPress,2004pp157-182
69

の結果、1980年代以降の西側諸国で民生技術の軍需産業へのスピンインが大きな成果をもたらす傾向が生じると、ソ連の軍事技術は全体的に西側に対して遅れをとるようになっていった。
2000年代に入ってからプーチン政権下で国防費が年々増額されるようになると、ロシアの軍需産業は息を吹き返したが、これは民需産業の弱さという根本的な問題を覆い隠す効果をもたらしたとも言える。もちろん、ソ連崩壊後四半世紀を経たロシアでは、市場競争や外国技術の導入等によって国際競争力を持った民需産業も生まれてきており、プーチン政権も中小企業の育成を重点課題の一つに掲げてはいる。しかし、経済構造全体として見た場合には依然としてロシアの民需産業は脆弱であり、民生市場がイノベーションを牽引したり、民生技術が軍事技術にスピンインするには至っていない。
2016年以降、プーチン政権は国防費の削減に伴って軍需産業民需転換を掲げるようになったが143、その成否も依然として不透明である。
2014年3月にロシアがウクライナクリミア半島を強制的に併合したことに対し、EU(欧州連合)はロシアに対してデュアルユース技術製品(2009年5月5日公表のリストに掲載された10品目)の輸出を禁止する措置を導入した。従来、ロシアは年間約20億ドル相当のデュアルユース技術製品をEU諸国から購入しており、このうち約20%が軍需産業向けであるとされていた144。EUによる禁輸措置は、この軍需産業向け部分に厳しい制限を課すものである。対象10品目は次の通り。
核物質及び核関連機器特殊材料及び関連機器材料加工機器
電子機器
コンピュータ
通信及び情報安全保障
センサ及びレーザ
航法及びアビオニクス
海洋技術
航空・宇宙・エンジン技術
ウクライナ危機は、ロシアにおいても契機となった。上記のEUによる禁輸措置に加えて、ウクライナからの軍需関連機器(艦艇・ヘリコプタ用ガスタービン、ミサイル・ロケット用部品等)の供給が途絶える結果となったためである。
軍需産業を統括するロゴジン副首相によると、ロシアがウクライナに依存していた軍需製品は2015年の時点で186種類に上ったが、2018年までには輸入代替品(同等品)の国産化が可能になるとしていた。また、NATO及びEU諸国に依存している800種類の製品についても、90%は2018年までに輸入代替化が可能であり、残る10%も2021年には依存を脱却すると述べていた。ロゴジン副首相は、具体的に代替すべき製品の内容は公開しない意向を示していたが145、一例としてはGLONASS用電子機器などがこれに該当すると見られる146。
1432016年12月にプーチン大統領が行った議会向け教書演説では、2030年までに軍需産業の製品の50%を民生品とするよう求めた。ПосланиеПрезидентаФедеральномуСобранию,2016121<http://kremlinru/events/president/news/53379>。144“Чтотакоетоварыитехнологиидвойногоназначения,”РБК,2014731
145“Рогозин:ВПКоткажетсяот90%компонентовизЕСиНАТОв2018году,”РИАНовости,2015811
146ОлегСиенко,“ИмпортозамещениеИдемдальше,”НовыйобороннойзаказСтратегия,2015(05)p24
70

また、ボリソフ国防次官(装備担当)は、2014年から2025年までの間に826種類の武器及び軍用装備の輸入代替化を進める計画であるとしており、2015年中にウクライナ製の102種類について依存を解消する計画であると述べているほか、上記102種類のうち57種類については、2015年前半までに依存が解消されたとしている。NATO及びEU諸国については、輸入代替が計画されている品目は127種類とロゴジン首相の発言とかなり隔たりがあるが、理由ははっきりしない。このうち、7種類は全サイクルに渡って国産化が達成されたとしている147。
さらにロシア政府は、兵器にとどまらない広範な産業領域で輸入代替を促進するため、政府輸入代替問題委員会(委員長:メドヴェージェフ首相)を2015年8月に設置した。主な参加者は前述のロゴジン副首相(軍需産業担当)のほか、ドヴォルコヴィチ副首相(民生経済担当)、マントゥロフ産業貿易相、ウリュカエフ経済発展相、ノヴァク・エネルギ相などとなっている148。
また、パラヴィンキンとフォミチョフによると、ロシアが当面必要とするデュアルユース技術製品のうち、重点的な輸入代替が求められる分野は次の通りである149。
有機マトリックス金属又は炭素マトリックス炭素繊維又はフィラメント材料、電磁波吸収または導電性ポリマーのために設計された材料:以下の成分のいずれかを有する複合構造又は積層構造
2万オーム/m以下の表面抵抗率未満100オーム/平方メートル以上のバルク導電率を有する導電性
高分子材料
セラミック等の複合材料-金属の連続相またはそれを持たないセラミック
高精度、高性能のCNC機械加工、溶接。特に異なるプロセスや製造装置のために設計された、金
属、セラミックス、複合材料を切断するためのシステム及びソフトウェア。
電気通信伝送技術、システム及び機器、及び特別に設計されたソフトウェア製品、部品及び付属品
海洋音響システム、機器、特殊なソフトウェア及び設計部分品
光学センサ、磁力計、レーダ、通信伝送システム、装置及び特別に設計されたプログラム、部品及
び付属品
特に水中で使用するために設計された非大気依存型の電源システム
2キロワットを超える電力出力を有する非大気依存型の発電用燃料電池
高沸点物及びガスタービン発電所、構成要素またはシステムを製造するために必要とされる有望な
技術
4ロシア流の戦争方法
以上のように、ロシアは限られた財政能力と技術力の中で核戦力・精密攻撃能力を中心とする在来型軍事力、AIやロボティクスを中心とする最先端技術、そして西側に依存してきたデュアルユース技術の代替という3つの方向性で対応を図っている。では、これらを総合した結果として、ロシアは将来の戦争にどのように対応しようとしているのだろうか。
147ロシア国防省公式サイトに掲載された国防省統一受領日におけるボリソフ国防次官(当時)の発言より。<http://functionmilru/news_page/country/morehtm?id=12045487@egNews>
148より詳しい顔ぶれについては、以下の連邦政府公式サイトから確認できる。<http://governmentru/info/19159/>
149ВНПоловинкиниАБФомичев,“Технологиидвойногоназначения:отставаниереальноеимнимое,”Экспертныйсоюз,No4,Vol14,2014,<http://unionexpertru/indexphp/zhurnal-qekspertnyj-soyuzq-osnova/zhurnal-qehkspertnihyj-soyuzq-14-2014g/item/898-tehnologii-dvoinogo-naznachenia-otstavanie-realnoe-i-mnimoe>
71

まず確認しておくべきは、ロシアが将来の戦争を古典的な国家間戦争として捉えていないということである。この種の国家間戦争に対しては、ロシアは核抑止力や巨大な国土による戦略縦深によって一定の抑止力を確保できていると見ており、前述した2014年版「軍事ドクトリン」でも核使用を含む大規模国家間戦争の蓋然性は低いとしている。
翻って冷戦後のロシアが実際に関与してきた武力紛争は、その大部分が旧ソ連諸国に対する軍事介入(モルドヴァタジキスタングルジアウクライナ)や、非国家武装勢力の掃討(チェチェン、シリア等)であった。したがって、ロシア軍が実際に交戦する相手は軍事力で劣る中小国や非国家主体と考えられるのであり、この意味では「ミドル・パワー」としてのロシア軍は質量ともに十分な能力を有する。ロシアの軍事力近代化を考える上では、こうした仮想敵との軍事バランスを念頭において評価を行う必要があろう。
ここで注目されるのは、ロシア軍のゲラシモフ参謀総長が2019年に軍に科学アカデミーにおける演説で掲げた「限定行動戦略」ドクトリン150である。これは、ロシア軍が米国のような大規模軍事介入を行う能力が極めて限定的であることを認めた上で、航空戦力や偵察・監視・指揮・通信といった基幹的な能力だけをロシアが提供して実際に戦う兵力としては現地の民兵等を動員するという一種のハイブリッド型介入戦略と理解することができよう。
ゲラシモフ参謀総長はまた、現代の戦争が古典的な形態を取らない可能性を2013年の軍事科学アカデミー演説で指摘している151。ここでゲラシモフが述べているのは、近年の戦争は政治・経済・情報などの非軍事的手段によって相手国の政情不安を煽り、国家崩壊を導くような手法が主であって、軍事力はこうした政情不安を増幅するために用いられているということである(ゲラシモフはその比率を非軍事手段4に対して軍事手段1と述べている)。ゲラシモフはこうした新しいタイプの戦争を西側による陰謀という文脈で主張しているが、ロシア側がこのような認識を有している以上、ロシアによる「新しい戦争」もこうした性格を備えたものとなる可能性は十分に考慮されるべきであろう。2016年の米国大統領選においてロシアが大量の偽情報を流布するなどの介入を行ったことや、今後はAIによる「ディープ・フェイク」によってこうした能力を洗練化させるであろうこと152などは、こうした観測に大きな示唆を与えるものである。
(執筆者:東京大学先端科学技術研究センター特任助教小泉悠)
150“НачальникГенеральногоштабаВооружённыхСилРФгенералармииВалерийГерасимоввыступилнаобщемсобранииАкадемиивоенныхнаук,”Краснаязвезда,201934
151“Ценностьнаукивпредвидении:Новыевызовытребуютпереосмыслитьформыиспособыведениябоевыхдействий,”Военно-промышленныйкурьер,2013226
152ポリャコワは、ロシアによるAI開発が真に安全保障に影響を与えるとすればこうした分野であるとしている。Polyakova,opcit
72

(2)中国
中国の産業は「低賃金、大量生産」に象徴される労働集約型から先端技術を駆使した「資本・技術集約型」へと短期間で転換をとげ、2010年にはGDPで世界第二位となり、国防予算(公表額)も2009年以降、過去10年間で約25倍となり、現在は米国に次いで世界第二位である。今や先進国と肩を並べて新興技術開発競争に参入し、エンジンや半導体では外国技術に依存するも、ビッグデータ解析、電子決済、無人機、次世代通信技術、量子工学、脳神経科学、極超音速滑空体等、一部の分野では中国が先行していると見られている。AIやロボット分野では、技術面では日米に後れをとるが、生産や応用面では中国が先行しているといわれている。もはや中国の技術力の向上は、経済への影響に止まらず、我が国はもとより、世界の安全保障を変質させようとしている。
中国の驚異的スピードでの技術力向上を実現させた主要因として、第一に、経済力・軍事力を主とする国力を効率よく強化できうる先端技術に的を絞った集中的な投資と、第二に、民生用資源と軍用資源を効率よく活用できるスキームとしての「軍民融合」の制度化の推進、が挙げられる。
本稿では、上記2点について整理する。
1中国における先端技術の研究開発戦略
(a)科学技術イノベーション能力向上にシフトする国家戦略
中国経済は1978年に改革開放政策に転じて以来、2010年まで年率10%という高い経済成長率を維持
してきたが、2010年代に入って成長率が低下し、2019年には61%まで鈍化した。その背景には、生産年齢人口が減少基調に転じ、労働力不足にシフトしたこと、高成長による最低賃金の大幅上昇に伴い、労働コストが急上昇したことで、中国の労働集約型産業の競争力が大きく低下したこと等がある。このまま産業のアップグレードを図らず、生産性を向上させなければ中国の経済成長の
低下リスクに歯止めがかけられないとの危機感から、イノベーションを重視するようになった。
2000年には江沢民総書記が「軍民結合、寓軍於民、大力協同、自主創新(軍需生産と民需生産を結合し、軍需と民需を統一的に指導し(軍需生産に民間の技術・生産力を活用し)、(軍と民間は)大いに協力し、中国独自のイノベーションを図る)」という16字方針を打ち出した。2004年の中央経済工作会議では「自主創新は経済構造の調整推進の中心となるプロセスである」と提起され、2006年に発表された「国家中長期科学技術発展計画要綱(2006年~2020年)」にて、「自主創新」能力の向上が科学技術政策の中心に据えられた。同計画要綱では、「自主創新」の3要素が明記され、それは(a)原始創新(ゼロからのイノベーション)、(b)集成創新(イノベーションの集積)、(c)引進消化吸収再創新(外国から導入する技術を消化・吸収して再創造する)、であった。また軍民相互間における技術移転を推進する制度づ
くりについても言及した。
2008年には「科学技術進歩法」が1993年の制定以来大幅に修正され、ハイテク産業への投資拡大や企
業の研究開発及び技術導入、それに伴う税制優遇措置について規定が設けられ、研究開発や科学技術イノベーション推進のための法的環境が整備された。
2010年にはイノベーション能力の向上を推進する新たな産業振興策として、省エネ・環境保護、次世代情報技術、バイオ、ハイエンド設備製造、新エネルギ、新素材、新エネルギ自動車の7分野を戦略的新興産業に指定し、産業振興の重点を既存産業から新産業へとシフトさせることで産業の高度化を目指した。
73

2014年半ばに高速成長から中高速成長への転換、成長率の重視から成長の質・効率重視を謳う「新常態(ニューノーマル)」というキーワードが登場し、科学技術イノベーションは生産力と国力を向上させるための中核的な戦略に位置付けられるようになった。2016年~2020年の中国の経済・社会計画を示した「第13次五ヵ年計画」では5つの発展理念が掲げられ、その筆頭に「イノベーション」が据えられた。また2016年には「国家イノベーション駆動型発展戦略要綱」が発表され、2050年までを視野に入れた中長期的な中国の科学技術イノベーション戦略が示された(表15)。
表152050年までの国家目標153
イノベーション型国家の仲間入りを果たし、中国の特色ある国家イノベーショ
ンシステムを初歩的に構築する。
小康社会を全面的に構築する。
イノベーション型国家の上位にランクインし、発展駆動力の根本的な転換を実
現し、経済・社会の発展水準と競争力を大幅に向上させる。
経済強国及び共同富裕社会の建設に向けた基礎を固める。
これに合わせて、産業の高度化や先端技術の研究開発を実現するための諸政策が打ち出された。2015年には、中国の経済成長の柱である製造業の中期的な産業政策を描いた「中国製造2025」、イノベーション志向のスタートアップ支援策としての「大衆創業・万衆創新政策」、次世代情報インフラ整備を後押しする「インターネット+」政策等が打ち出された。2016年には「ロボット産業発展計画(2016-2020年)」、「ビッグデータ産業発展規画(2016-2020年)」といった重要産業の五カ年計画が打ち出され、2017年には「次世代AI発展計画」が発表された。AI技術は元々科学技術イノベーション第13次五ヵ年規画の「産業技術の国際競争力の向上」という項目において、「産業革命に資する破壊的技術」として分類されていたが、「中国の国家安全保障を効果的に維持し、国際競争において優位性を確保するにはAIの開発を国家レベルで主導しなければならない」との認識の下、国家戦略に格上げされた(表16)。
段階
第一段階(~2020年)
第二段階(~2030年)
概要
第三段階(~2050年)
世界の科学技術イノベーション強国を建設し、世界の科学技術の中心及びイノ
ベーションの先導者となる。
繁栄し、強力で、民主的で、文明的で、調和のとれた社会主義現代国家を建設
し、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現する。
153中共中央、国務院「国家創新駆動発展戦略綱要(国家イノベーション駆動発展戦略要綱)」2016年5月19日、<http://wwwgovcn/xinwen/2016-05/19/content_5074812htm>を基に筆者作成。
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表16次世代AI発展計画の概要154
段階
目標
2020年までにAIの総合技術とその応用を世界の先進国水準にする
次世代のAI理論と技術で重要な進展を遂げる。
ビッグデータのAIへの活用、トランスメディアのAIへの活用、スウォームインテ
リジェンス*、人間と機械のハイブリッドによる知能強化(Hybrid-AugmentedIntelligence)、自主的なAIシステムにおける基礎理論やコア技術での重要な進展を遂げ、AIのモデル構築方法、コアデバイス、ハイエンド設備やインフラソフトウェアの分野でメルクマールとなるような成果を得る。
AI産業の競争力を国際的にトップレベルにする:AI技術標準、サービス体系、産業生態系を初歩的に完成させ、AIにおける世界リーディング企業を育成し、AIコア産業規模1500億元(約2兆5000億円155)超、関連産業規模1兆元(約17兆円)超を達成する。
AIの発展環境の改善:重要な領域で全面的に革新的応用を実施し、高水準の人材チームと技術革新グループを結集し、一部の領域におけるAI倫理規範と政策・法規を初歩的に完成させる。
*群知能ともいう。個々は単純で局所的な情報しか持たない人工知能が集団として振る舞うことで知的判断を可能とする人工知能
2025年までにAIの基礎理論において重大なブレイクスルーを実現する
次世代AI理論・技術体系を初歩的に完成させ、自主学習能力を備えたAIにおいてブレイクスルーを実現し、多くの領域で主導的な研究成果を得る。
AI産業が世界のバリューチェーンのハイエンドに参入する:次世代AIをスマート製造、スマート医療、スマートシティ、スマート農業、国防建設等の領域で広く利用し、AIコア産業規模4000億元(約6兆6760億円)超、関連産業規模5兆元(約83兆4500億円)超を達成する。
初歩的なAIに関する法律・法規、倫理規範、政策体系を制定し、AIの安全評価と管理制御能力を形成する。
2030年までにAI理論、技術、応用すべてにおいて世界のトップ水準を達成する
成熟した次世代のAI理論・技術体系を形成する:脳型AI、自主学習型AI、人と機械のハイブリッドによるAI、スウォームインテリジェンス等の領域で重大なブレイクスルーを実現し、国際的なAI研究領域に重要な影響を持つようになる。
AI産業競争力が国際的なトップ水準に達する:生産、生活、社会管理、国防建設等の分野でのAIの応用の範囲と深さを拡大し、コア技術、重要システム、支持プラットフォームとAIの利用をカバーした完全な産業チェーンとハイエンド産業群を形成し、AIコア産業規模1兆元(約17兆円)超、関連産業規模10兆元(約170兆円)超を達成する。
世界トップレベルのAI科学技術革新と人材育成拠点を形成し、さらに完全なAI法律法規、倫理規範、政策体系を構築する。
(b)研究開発の重点分野・重点プロジェクト中国では国力強化のための産業高度化や先端技術の水準向上の効率的な実現に向け、重点を置く分野
やプロジェクト/プログラムを提示し、それに対する優先投資を行う制度づくりを進めている(表17)。
154国務院「新一代人工智能発展規画(次世代AI発展計画)」2017720<http://wwwgovcn/zhengce/content/2017-07/20/content_5211996htm>を基に筆者作成。
155本報告書では、2018年時点における年間平均為替レートに基づき、1元を1669円として換算する。OECD,“Exchange
75

表17
主要政策にみる中国の重点研究開発分野・重点プロジェクト
【戦略的新興産業の指定分野】
1省エネ・環境保護、2次世代情報技術、3バイオ、4ハイエンド設備製造、5新エ
ネルギ、6新素材、7新エネルギ自動車
【先端技術の重点分野】
1バイオ技術、2情報技術、3新素材技術、4先端製造技術、5先進エネルギ技術、
6海洋技術、7レーザ技術、8航空宇宙技術
政策名
戦略的新興産業計画(2010年)
重点分野/重点プロジェクト
国家中長期科学技術発展戦略要綱(2006-2020年)
【重大特別プロジェクト】コア電子デバイス、ハイエンド汎用チップ及び基礎ソフトウェア、超大規模集積回路製造技術、次世代ブロードバンド・モバイル通信、ハイレベル数値制御(NC)工作機械及び基盤製造技術、大型油田、ガス田及び炭層ガスの開発、大型先進加圧水型炉及び高温ガス冷却炉原子力発電所、水系汚染の抑制と管理、遺伝子組換え技術による生物新品種の育成、重要新薬の開発、エイズやウィルス性肝炎等の伝染病の予防・治療、大型航空機、高解像度地球観測システム、有人宇宙飛行及び月面探査
第13次五カ年計画(2016年)における「科学技術イノベーション2030-重大プロジェクト」
【重大科学技術プロジェクト】
航空エンジン及びガスタービン、深海空間ステーション、量子通信と量子コンピュー
タ、脳科学と脳型研究、国家インターネット空間セキュリティ、深宇宙探査と宇宙飛
行機の軌道上サービス・メンテナンスシステム
【重大プログラム】
種子産業における独自イノベーション、石炭クリーン高効率利用、スマートグリッ
ド、宇宙-地上一体化情報ネットワーク、ビッグデータ、スマート製造とロボット、
重点新材料の研究開発と応用、京津冀(北京・天津・河北省)地域の総合的な環境ガ
バナンス、医療保障
中国製造2025
【重点分野】
1次世代情報技術、2高性能NC工作機械・ロボット、3航空・宇宙用設備、4海洋エンジニアリング設備・ハイテク船舶、5先進的な軌道交通設備、6省エネルギ・新エネルギ自動車、7電力設備、8農業機械設備、9新素材、10バイオ医薬・高性能医療器械
(出典)各文書を基に筆者作成。
このうち、安全保障利用に係る技術における重点分野は、2017年8月に科学技術部と中央軍事委員会科学技術委員会の発表した「第13次五カ年計画科学技術軍民融合発展特別プロジェクト計画」から見てとれる。同計画では、軍民が協力して科学技術イノベーションの強化を図るための方策とそれぞれの重点分野について、表18の通り示している。
表18科学技術イノベーション強化のために軍民協力の重点分野及び施策156
項目
重点分野・施策
基礎研究及び最先端技術の研究
【重点分野】
インテリジェント無人、交叉(生物学)、先進電子、量子技術、将来ネットワー
ク、先進エネルギ、新素材、先進製造
【重点施策】
基礎研究軍民融合特定プロジェクト基金の設立、国防基礎研究プロジェクトの重点
的支援、民生インフラ研究成果の軍事転用の推進等
科学技術における軍民融合重点
プロジェクト(軍民両用の特徴
を有する重点プロジェクト)の
実施
【重点分野】
電子情報、リモートセンシング、新材料、先進製造、エネルギ、交通、バイオ、海
洋、現代農業、社会公共安全
国家重大科学技術プロジェクト国家中長期科学技術発展計画(2006-2020)の16大プロジェクト成果を軍用技の実施術、民用技術の双方に反映させる
156科学技術部、中央軍事委員会科学技術委員会「〝十三五“科技軍民融合発展専項規画(第13次五カ年計画科学技術軍民融合発展特別プロジェクト計画)」2017823を基に筆者作成。
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2030年に深海、深地、深空、深藍領域にハイテク技術を戦略的に配置し、各分野の最上位層をリンクさせる
宇宙-地上一体化情報ネットワーク、量子通信、量子コンピュータ脳科学等の新しい軍民融合科技プロジェクトの論証と実施を積極的に推進する
(c)科学技術イノベーション強化のための制度づくり上記重点分野における技術力向上にむけ、人材育成、研究基盤及び資金配分制度も整備している。
(i)人材育成
「国家中長期科学技術発展計画要綱(2006年〜2020年)」の実施以来、科学技術分野では企業による
科学技術人材の育成や誘致に重点が置かれるようになった。2010年に発表された「国家中長期科学技術人材発展計画(2010年~2020年)」では、コア技術や特許を有する科学技術人材の起業を支援し、科学技術人材の企業への流動と集中を奨励する方針が打ち出された。
他方で、国内外の優秀な人材招致プログラムとして、「千人計画」「万人計画」が開始された。2008年開始の「千人計画」(正式名称:海外ハイレベル人材招致計画)では、55歳以下の海外で博士号を取得した者を対象とし、外国人材と中国籍で海外に出た研究者の呼び戻しも視野に入れた。同プログラムに選ばれると、研究資金の付与や就業ポストの優遇のみならず、配偶者への生活補助や子女の就学援助、永住権(中国籍の場合は任意都市の戸籍選択権)の付与といった生活面での手厚い保護を行い、応募者を惹きつけた。また研究や教育分野のみならず、産業界や金融界の海外人材の招致に重点が置かれた。「万人計画」では、国内人材の発掘や育成、活用に重点が置かれ、被選出者は研究室の設立資金や研究資金が付与されるほか、条件にあえば自らの知的財産権で起業した企業の筆頭株主となることもできる。
高等教育機関の人材育成においては、21世紀に向けて100校前後の重点大学や重点学科を集中的に整備する「211プロジェクト」(1993年開始)や、国内有名大学や既に世界先進水準に近い学科を優先して重点的に整備する「985プロジェクト」(1999年開始)に加え、大学を中心として国立研究機関、企業、現地政府、海外機関などの間で連携を図り、資源の共有と異分野融合を図り、イノベーションを起こしやすい環境整備を行う「2011計画」(2011年開始)といった、重点大学と重点学科に焦点を絞った投資がなされた。しかし、こうした大学重点化政策によって重点大学とそうでない大学との格差が広がったことから、2015年より「双一流大学」政策を実施し、「一流大学」と「一流領域」を有する大学に対し、国と地方が資金的支援を実施している。
(ii)研究基盤優れた科学技術人材を集中させ、水準の高い基礎研究や科学技術交流を行う施設として、1984年より
「国家重点実験室」制度が導入されている。国家重点実験室は、中央省庁や国務院直属事業単位、地方政府からの推薦があり、推薦の時点で2年以上の稼働実績があり、既に省庁や地方政府の重点実験室として認定された研究拠点から抜擢される。国家重点実験室に認定されると、毎年安定的かつ潤沢な研究資金が配分される。現在、国家重点実験室より上位に位置し、国家戦略に基づき新興技術分野での課題解決を図ろうとする「国家実験室」が建設中である。
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国家重点実験室は1)大学や研究機関所属、2)企業所属、3)省級政府(省・直轄市自治区)や中央省庁との共同設立の3種類があるが、2018年7月に公表された「国家重点実験室2016年度報告」によると、2016年末時点それぞれ254拠点、177拠点、21拠点存在し、国家実験室は7つ指定されている。
政府は、基礎研究の強化及び科学技術強国建国に向け、2020年までに大学や研究機関所属の実験室を300拠点、企業所属の実験室を270拠点、省級政府・中央省庁との共同設立実験室を70拠点、計約700拠点にまで増やす方針である。
(iii)資金配分計画
改革開放以降、科学技術にかかる資金配分計画が実施されているが、2010年代になると、863プロジェ
クトや973プロジェクトといった複数の科学技術資金配分計画が異なる時期に設立され、複雑化してきたとの認識が強まり、2014年、国務院は「中央財政科学研究プロジェクト資金管理改善・強化に関する若干の意見」を発表し、競争的研究資金制度を国家自然科学基金、国家科学技術重大特定プロジェクト、国家重点研究開発計画、技術イノベーション導入特定プロジェクトの5種類に統合している。
そのほか、軍民融合との関連でいえば、中国政府は国家級新興産業発展基金、軍民融合産業投資基金の導入による戦略的新興産業と軍民融合産業領域の優良企業への融資の支援を表明している。2018年12月には財政部と国防科技工業局を発起人とする国家軍民融合産業投資基金有限責任公司が設立され、地方では四川省上海市、河北省、河南省広東省浙江省で軍民融合発展基金/軍民融合投資基金が設立されている。
2軍民資源の効率的活用スキームとしての「軍民融合」戦略
(a)「軍民融合」戦略の狙い中国の目覚ましい科学技術の発展のカギを握るキーワードとして「軍民融合」という用語が世界的に
注目されているが、実は中国は1950年代から、経済発展と国防力を共に増強させる手段として、軍事部門と民生部門を最大限共有してきた。1950年代、毛沢東は「生産においては軍民両用に心を配り、軍用及び民用生産技術の習得に心を配らなければならない。両方の設備があれば、平時には民用生産を行い、一旦有事が発生すれば、軍用生産に転換させることができる」と述べており157、1958年には「軍民結合、平戦結合(軍需と民需の結合、平時と戦時の結合)」という方針を打ち出している。
しかし、この考え方が実際に政策として実施されるようになるのは、1970年代末の改革開放政策が開始されてからである。1990年代末までには、軍事技術の民生転用が中心に進められ、1988年に導入された「国防科学技術成果の機密指定の解除」は、これを一層促進することとなった。しかし、市場経済システムの導入により民間企業の技術水準が向上するにつれ、民生分野の両用技術を軍事技術に取り入れる方向にシフトするようになった。特に2005年以降は、民間企業による国防科学技術分野の研究開発への参入規制を徐々に緩和し始めた。「軍民融合」の戦略思想が登場したのもこの頃である。
習近平国家主席は、2015年3月にこの「軍民融合」を国家戦略「軍民融合発展戦略」に格上げした。その具体的内容は、2016年3月の中国共産党中央政治局会議で可決された『経済建設と国防建設の融合発展に関する意見書』に記されている。
157姜魯鳴、王偉海、劉祖辰著『軍民融合発展戦略探論』人民出版社、2017年、5頁。78

同意見書では、2020年までに、(i)軍民融合が進んだインフラ資源の共有体制、(ii)中国の特色ある先進国防科学技術工業体制、(iii)軍民科学技術共同革新体制、(iv)軍事人材育成体制、(v)軍隊社会化保障体制、(vi)国防動員体制、の達成が掲げられたほか、先進的な国防科学技術工業体制の構築において、有力な民間企業による武器装備品の研究・生産・保守分野への一層の参入を促進することを提起している。
さらに習近平国家主席は、中央による指導の一元化を図った。中国では1990年代末より地方政府の主導の下、全国各地に様々なタイプの軍民融合に関する園区が設立され、各々軍民融合を推進していたが、国家による統一的指導システムがなかった。習近平国家主席は軍民融合を国家戦略に押し上げると共に、自身が長を務める中央軍民融合発展委員会を2017年1月に発足させた。同組織が軍民融合の発展に関する重要事項の政策決定、審議・調整を行い、地方の関連組織に対し命令を出す、という制度が構築された。
また、計画も中央による一元化が進められた。「軍民融合」が国家戦略に格上げされた2015年以降、毎年国防科技工業局による軍民融合特別行動計画が策定されるようになり、さらに初の軍民融合に関する5ヵ年計画として国防科技工業軍民融合高度発展「第13次五カ年計画」を発表した。
このような習近平国家主席による軍民融合戦略の狙いは何か。それは習近平国家主席の発言から、窺い知ることができる。
例えば、2016年10月に北京で開催された軍民融合発展ハイテク成果展では、「軍民融合は国家戦略であり、国家の安全と発展の大局に関わり、国家振興のための行為であり、また軍事力強化のための方策でもある」と発言している158。また、2017年3月の第12期全国人民代表大会第5回会議解放軍代表団全体会議では、「国防科学技術と武器装備分野が軍民融合の重点である」、「民用技術を最大限軍用技術に利用し、民用技術を国防科学技術に効率的に転化するこという大きな構想を実現する」と発言している159。前出の中央軍民融合発展委員会の第一回会議では、「軍民融合の発展の国家戦略への格上げは、我々が長い間模索してきた経済建設と国防建設を協調発展させるルールにおける重大な成果である」と言及している。
以上の習近平国家主席の発言や、有識者の指摘を総合すると、習近平政権において、「軍民融合」の狙いは「国家振興」と「軍事力強化」であり、その対象は「国防科学技術と武器装備分野」であり、重点を置くのは民用技術の国防科学技術等への効率的な転用、であることが見て取れる。
2019年5月に米国防総省の発表した『対中安全保障レポート(2019年版)』では、軍民融合や新興技術に関する技術が初めて盛り込まれ、1軍民融合の国家戦略はハードウェアの近代化にとどまらず、教育・人員・投資・インフラ・兵站にかかるイニシアチブを含んでおり、2軍民融合の国家戦略では、人民解放軍が作戦を可能にするために複数のデータストリームや情報フローを用いるいわゆる「インテリジェント化された」戦争(智能化戦争)の促進に向け、AI、機械学習ビッグデータ無人システム等の新興デュアルユース技術の利用を強調している、と指摘している160。
2019年7月24日に発表された中国の国防白書『新時代の中国国防』では、先端技術に関する記述が盛り込まれている。
158「習近平参観軍民融合発展高技術成果展(習近平、軍民融合発展ハイテク成果展を視察)」新華社、2016年10月19日。<http://wwwmodgovcn/leaders/2016-10/19/content_4750526htm>
159「習近平:加快建立軍民融合創新体系為我軍建設提供大科技支撐(習近平:軍民融合イノベーション体系の構築を加速化し、我が軍の建設に強力な科学技術支援を提供せよ)」人民網、2017年3月13日。<http://cpcpeoplecomcn/n1/2017/0313/c64094-29140512html>
160OfficeoftheSecretaryofDefense,AnnualReporttoCongress:MilitaryandSecurityDevelopmentsInvolvingthePeople'sRepublicofChina2019,201952,p21<https://wwwhsdlorg/?abstract&did=824747>
79

同白書では、2020年に機械化をほぼ実現し、情報化建設において重大な進展を達成し、2035年までに国防・軍隊の現代化をほぼ実現し、今世紀半ばには人民解放軍を世界一流の軍隊にすることを目標に掲げる。その達成手段として「政治建軍、改革強軍、科技興軍、依法治軍を堅持し」、「機械化・情報化の融合発展の促進」、「軍事インテリジェント化の発展の加速」を挙げている。「科技興軍」とは、科学技術による興軍(軍の活性化)という意味である。その方法は、(i)優位な分野の盤石化・強化、(ii)新興分野のイノベーションの強化、(iii)戦略的、先見的、破壊的技術の中国独自のイノベーションにおける重要な進展の達成、であるという。
(b)「軍民融合」を推進するアクター「軍民融合」は主に以下のアクターによって推進されている。その関係を図に示すと以下の通りであ
る。
中央軍事委員会
教育部
工業情報化部
装備発展部
国家国防科技工業局
直属
軍事三証取得大学
国務院
業務管理
国有資産監督管理委員会
資産管理
陸軍・海軍・空軍・
ロケット軍・戦略支
援部隊
・北京航空航天大学・北京理工大学・哈爾濱工業大学・哈爾濱工程大学・南京航空航天大学・南京理工大学・西北工業大学
軍需企業集団
・中国兵器工業集団有限公司・中国兵器装備集団有限公司・中国船舶集団有限公司・中国航空工業集団有限公司・中国航空発動機集団有限公司中国航天科技集団有限公司・中国航天科工集団有限公司・中国核工業集団有限公司・中国電子科技集団有限公司・中国電子信息産業集団有限公司
地方政府
軍事三証取得企業
(国有・民間)
軍事科学院
防大
国防科技大学
共建高校教育部との共建:24校地方政府との共建:32校
軍事三証の審査・管理・監督
図15「軍民融合」の構造
(i)政府及び軍関係組織「軍民融合」制度の主管部署は、主に国家国防科技工業局と中央軍事委員会装備発展部である。前者は
国家国防科学技術工業委員会を改組した組織であり、工業情報化部の管理下にある。10大軍需企業集団(表19)における武器装備品の研究開発・製造、能力開発を担うほか、武器装備品の研究開発・製造請負に必要な資格の許認可を行う。なお、軍民両用技術の双方向の転用や軍民共通の標準規格体系の構築等は、工業情報化部の下に設けられた軍民結合推進司が担う。
後者の中央軍事委員会装備発展部は総装備部を前身とし、中国人民解放軍の装備部門を一元管理する組織である。主な業務内容は、軍全体の装備発展計画の立案、研究開発及び試験・検査、購買管理、情報システム構築である。また、武器装備品の研究開発・製造請負に必要な資格の許認可にかかる業務を国家
(出典)各種資料を基に筆者作成。
80

国防科技工業局と協力して実施する。例えば武器装備研究開発・製造請負許可目録の作成や、国家国防科技局が上記資格の許認可の決定を下す前に意見を提示する。
その他、軍民融合戦略の全体方針を決める組織として「中央軍民融合発展委員会」がある。同委員会は軍民融合の発展に関する重要課題の政策決定や審議・調整を行う組織であり、中央政治局、中央政治局常務委員会に報告する役割を有する。委員会のトップ(主任)は習近平国家主席であり、2017年1月22日に中央政治局が設立を決定した。
同委員会の発足に対し、全国政治協商委員で軍出身者、ロシアの航空空母「ワリャーグ」の購入に一役買ったとされる香港の実業家である徐増平氏は、「同委員会の長期的目標は米国ロッキード・マーティン社やボーイング社といった大規模な軍産複合体のような、簡便かつ有効的な武器製造体系を構築することである」と指摘している161。また、「(同委員会の設立は)軍の大規模改革を背景として、国家の国防戦略と社会経済発展を支える最上位設計であり、軍の戦闘力を向上させるものとなる」と評している162。
(ii)大学、研究機関武器装備品関係の研究開発を担う大学については、1)国防科技工業大学群(国家国防科技工業局の
管轄する工業大学)(7校)、2)共建高校(国家国防科技工業局と教育部または地方政府が共同建設する高等教育機関)(56校163)、3)軍関係大学/学術研究機関、がある。また、一般大学の中には、武器装備品の研究・製造に関連する資格である「軍事三証」(後述)を有する軍事三証取得大学もある。3)については、中央軍事委員会の直属機関(軍事科学院、国防大学、国防科技大学)と、軍兵種院校(陸海空軍、ロケット軍、戦略支援部隊所属の学校)がある。
軍需品の研究開発に携わる研究機関には、第一に、中国科学院がある。中国科学院は建国直後の1949年11月に設立された中国最高峰の科学技術の総合研究機関であり、また諮問機関でもある。民用技術の研究開発が主ではあるが、軍事転用可能な技術も研究開発しており、軍事三証を取得する同院傘下の研究所も少なくない。例えば上海技術物理研究所、長春光学精密機械・物理研究所、電子学研究所、大気物理研究所等である164。第二に、10大軍需企業集団傘下の研究機関がある。例えば中国航天科技集団公司であれば、中国運載火箭技術学院、航天動力技術研究院、中国空間技術研究院、航天推進技術研究院、四川航天技術研究院、上海航天技術研究院、中国航天電子技術研究院、中国航天空気動力技術研究院がある。第三に、軍傘下の研究機関がある。中央軍事委員会直属の軍事科学院、軍兵種所属の研究機関等である。
161"CanXiJinping'sarmsproductionshake-upcreateChina'sversionofLockheedorBoeing?,"SouthChinaMorningPost,2017126<https://wwwscmpcom/news/china/diplomacy-defence/article/2065628/can-arms-production-shake-create-chinas-versio
n>
162「軍民融合昇為国家戦略委員建言献策助力発展(軍民融合の国家戦略への格上げ、委員の助言が後押し)」文匯報、2017年1月22日。<http://paperwenweipocom/2017/07/06/CH1707060039htm>
163「国防科工局共建高校有哪些?(国家国防科技工業局共建高校はどの高校か)」捜狐、2018年10月9日。<https://wwwsohucom/a/257880455_135785>;「我校参加国家国防科技工業局与地方共建高校聯席会議(我が校が国家国防科技工業局と地方政府の共建高校の共同会議に参加)」哈爾濱理工大学、2018年9月19日。<http://wwwhrbusteducn/info/1150/4267htm>
164株式会社産政総合研究機構『中国の軍民融合動向と関連組織2016-2017』2017年10月12日、183-184頁。
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(iii)企業
中国の軍需品の研究開発・製造は、10大軍需企業集団を中心に行われている。同集団の資産管理は国
有資産管理委員会が、業務管理は国家国防科技工業局が行っている。10大軍需企業集団とその主な研究開発製品は表19の通りである。
表19
10大軍需企業集団の名称と主な研究開発製品・サービス戦車、装甲車、火砲、砲弾、ミサイル、爆薬、光学製品、暗視装置等
軍用車両、小火器、爆薬などの軍需品、自動車、オートバイ、光学機器、
電子機器等
潜水艦、ミサイル駆逐艦フリゲート艦、コルベット艦、軍用艦艇、巡視
船、軍用艦及び機器・設備、民用船舶及び機器・設備、非船舶製品の設
計・生産・修理等
各種戦闘機、攻撃機、輸送機、訓練機、無人航空機、空対空ミサイル、商
用航空機、ヘリコプタ等
軍用機エンジン、民生用機エンジン
有人宇宙船「神舟」、ロケット「長征」、中距離/大陸間/潜水艦発射弾
道ミサイル、人工衛星及び衛星応用システム等
地対空/巡航ミサイル、対艦弾道ミサイル無人航空機、固体燃料ロケッ
ト等
IC関連ソフトウェア、電子部品・材料、IT製品、通信・ネットワーク、AVマルチメディア半導体、電子部品、コンピュータ及びコンピュータ部品、システムインテグレーション、遠距離通信等
分野
兵器
航空
企業名称
主な研究開発製品
中国兵器工業集団有限公司
船舶
中国兵器装備集団有限公司
中国船舶集団有限公司
中国航空工業集団有限公司
宇宙
中国航空発動機集団有限公司
中国航天科工集団有限公司
中国核工業集団有限公司
2018年1月31日に中国核工業建設集団公司と合併核燃料サイクル放射線利用等の研究開発、ウラン採鉱や濃縮、原子力発電、再処理の他、合併により核兵器研究施設や原子力潜水艦の原子炉の建設も担う
電子(出典)筆者作成。
国電子科技集団有限公司
国電子信息産業集団有限公司
(c)「軍民融合」を推進する制度「軍民融合」を促進するための制度には以下のものがある。
(i)軍事三証
「軍事三証」は、民需企業の軍需分野参入のための政策が相次いで打ち出された2005年に設立した制
度であり、人民解放軍が、調達する武器装備品の性能や品質を維持するため、武器装備品の研究開発や製造を直接請け負う中国国内の企業や大学等対し取得を義務付けた資格である。元々は「軍事四証」として、表20の3つに加え武器装備品の研究開発・製造を引き受ける能力を証明する「武器装備質量管理体系認証」(GJB9001シリーズ)が、装備承制単位資格や武器装備科研生産許可証を取得する上で必須であったが、2017年10月1日に装備承制単位資格認証と統合された(即ち、装備承制単位資格認証を取得すると、同時に「武器装備質量管理体系認証」も取得できる)165。また、装備承制単位は第A類と第B類に分かれ、前者は(a)武器装備品、基幹システム、重要サブシステムと中核補助製品(武器装備科研生産許可目録に掲載された品目)の製造を請け負う組織、(b)その他の軍隊専用装備及び一般補助製品(武器装
165「民参軍,関於軍工三証(民生技術の軍事転用、軍事三証に関して)」捜狐、2017年12月8日。<http://wwwsohucom/a/209301378_325359>
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備科研生産許可目録に掲載されない品目の製造を請け負う組織、に分かれ、第B類は軍隊選定の民生品の製造を請け負う組織である。なお、第A類の資格認証には、「武器装備科研生産許可証」と「武器装備科研生産単位保密資格認証」の両方が必要となる。
種類
装備承制単位資格認証(第A類/第B類)
武器装備科研生産許可証
取得が義務付けられる対象
武器装備科研生産単位保密資格認証
表20軍事三証166
人民解放軍と武器装備品の購買契約を直接結ぶ製造請負組織※取得すると「装備承制単位名簿」に登録される。武器装備品の科学研究・製造に従事する組織国家機密に関わる武器装備品の科学研究・製造に従事する組織※保密のランクに応じて一級/二級/三級に分かれる。
(ii)「軍用技術の民生転換推進普及目録」と「民用技術の軍用転換技術と製品推薦目録」工業情報化部と国家国防科技工業局は、2009年以降、軍事技術の民生転換(スピンオフ)を推進普及する技術をリストアップした「軍用技術の民生転換推進普及目録」と、民需企業の軍需分野への参入(ス
ピンオン)を推奨する技術をリストアップした「民用技術の軍用転換技術と製品推薦目録」を毎年作成・公布している167。
(iii)軍民融合を推進する情報サイト(プラットフォーム)人民解放軍が調達・使用する物資や武器装備品、関連サービスの取引を仲介しての軍需参入を促進する
ためのウェブサイトとして、国防科技工業局の運営する国家軍民融合公共サービスプラットフォーム168、中央軍事委員会装備発展部の運営する全軍武器装備採購信息網169、がある。軍や政府が管轄している技術・製品は上記プラットフォームで公開され、例えば国防機密指定解除された特許等を公開している。個別の軍事企業集団がスピンオン/スピンオフしたい技術製品については、当該集団がそれぞれ調達サイトを立ち上げて対応している。例えば中国兵器工業集団は「国防科学技術成果普及転化網」というサイトを立ち上げている。
(iv)仲介機関制度中国国内では、スピンオン/スピンオフを推進するため、上記情報サイトに加え、民生組織(企業、大
学等)と軍需企業を仲介する業界団体や産業連盟などの機関がある。例えば軍需企業との間には、中央和平利用軍工技術協会や、国防科技工業科技成果普及転化研究センター、科学技術部火炬ハイテク産業開発センター等がある。また企業と大学、研究機関には、付属の軍用技術、民生技術の技術移転部門が設立されている。
166「軍工三証指哪三証?企業応該如何選擇軍工三証的弁理(軍事三証はどれを指すのか。企業が軍事三証を選択する方法)」捜狐、2019年9月16日。<https://wwwsohucom/a/341168904_100004325>
167産政総合研究機構、前掲書、18頁。
168国家軍民融合公共服務平台。<http://jmjhmiitgovcn/>
169全軍武器装備採購信息網。<http://wwwweainmilcn/>
83

おわりに
以上、中国の軍事技術を含む科学技術イノベーション戦略を概観してきたが、その成功のカギは、党中央及び政府の策定した国家戦略、中長期計画において重点産業及び重点分野が設定され、その対象範囲に含まれる大学・研究機関・企業等のプロジェクトやラボへの研究開発投資や商用化の推進、人材誘致、が統一的に行われたことだろう。他方で本稿では紙幅の都合であまり触れなかったが、「大衆創業・万衆創新」政策のような個々人が自由に創業できるような環境を整備し、そこからイノベーティブな企業や人材が生まれるようなしくみづくりにも注力した。その結果、先端技術の分野のスタートアップが多く誕生し、それと並行してこうした民生企業の成果を軍事技術にも反映できるような「軍民融合」にかかる制度づくりが進められたことで、経済発展と軍事力強化双方につながる成果が得られたのであろう。
我が国では技術分野・経済分野における安全保障の取り組みを強化しているが、こうした中国のイノベーションの担い手としての企業・大学・研究機関の隅々にまで目配りされた仕組みを理解したうえで、技術の流出防止や輸出管理に取り組んでいく必要がある。
最後に、軍事作戦との関連で留意すべきことは、新設された戦略支援部隊の役割にもみてとれるように170、中国においては、人間の心理や思想といった認知領域も重要な戦域として捉えられており、こうした領域の発展に有用なAIや脳神経科学といった分野の軍事応用には特に留意する必要があろう。
(執筆者:未来工学研究所特別研究員伊藤和歌子)
170人民解放軍は、自身の宇宙、サイバー、電磁波領域の活用と、相手に使わせないことを最重要だと考え、3領域の重要システムの配置(情報支援)と、作戦指揮(情報戦)を行う部隊を設置。職責の範囲は情報、技術偵察、ネットワーク攻防、電子対抗、心理戦。JohnCostelloandJoeMcReynolds,China'sStrategicSupportForce:AForceforaNewEra,CenterfortheStudyofChineseMilitaryAffairs,InstituteforNationalStrategicStudies,NationalDefenseUniversity,Oct18,2018,pp35-36;「習近平視察的戦略支援部隊是一支怎様的力量?(習近平の視察した戦略支援部隊とはどのような能力があるのか)」CCTV、2016年8月30日。<http://newscctvcom/2016/08/30/ARTI2Xi1zgynCfj6TYsecOcb160830shtml>
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3技術革新を進める能力が乏しく、攪乱技術に大きく依存するグループ―イノベーションに対する技術的劣勢側の対抗策-北朝鮮とイランを例として―
はじめに
ロシアに関して述べた通り、イノベーションの成果が安全保障に適用できる度合いは、その主体によって大きく異なる。自らの財政能力や技術力が極めて限定的でありながらイノベーションで世界の最先端を行く米国との関係が極めて敵対的な勢力については、「ミドル・パワー」であるロシアとは異なった対応が求められよう。本項ではこのような主体の対応戦略を、北朝鮮とイランを例としてまとめた。
北朝鮮は従来、1全人民の武装化(予備軍を組織し、有事に朝鮮人民軍将兵が率いる)、2全軍幹部化(予備軍を率いることができるように、有事には全将兵の階級を一階級上げる)、3全軍現代化(全ての軍隊を現代技術で武装させる/全ての武器を北朝鮮で生産する)、4全国土の要塞化(軍事施設を地下化し、全国に坑道を張り巡らせ、核シェルタを作る)の4点を軍事戦略の基本としてきた。このうち1と2は一種のパルチザン戦略であり、4はこれを支援する地下インフラの整備によって抗堪化を図るものと言える。
3については技術的・財政的制約が最も大きいが、北朝鮮は韓国の首都ソウル等を射程に収める長射程の火砲及び多連装ロケット(MLRS)に注力することで一定の抑止力を実現してきた。有事に米韓連合軍が北朝鮮を攻撃した場合、これらの長射程兵器が韓国の人口密集地に対して発射され、大量の犠牲者を出すことが予想されてきたためである。まだ北朝鮮核武装を実現していない1994年の朝鮮半島核危機において米国が軍事オプションを躊躇したのはまさにこの可能性を懸念したためであり171、2017年の核危機においても同じ構図が繰り返された172。
防衛研究所の高橋は、以上のような関係性を非対称な「相互の脆弱性」と整理している。すなわち、北朝鮮によるソウル攻撃は韓国に対して「耐えがたい打撃」をもたらす一方で、そのような事態は必ずや全面戦争にエスカレートして北朝鮮の崩壊につながるだろうという見方である173。この意味では、北朝鮮が有する長射程火砲・MLRSは南北朝鮮の戦略的バランスを担保していると見ることもできよう。通常は核兵器によって担われる対価値攻撃(counter-valuestrike)戦略を、北朝鮮の場合はこうした通常兵器によって代替してきたとも言える。
1711994年の朝鮮半島核危機の当時、米国の国防長官を努めたウィリアム・ペリーは、北朝鮮の核施設に対する巡航ミサイル攻撃を検討したことを認めた上で、北朝鮮による韓国への(米国ではなく)報復の可能性から、軍事オプションは「テーブルの片隅」に留め置かれたと述べている。ウィリアム・J・ペリー『核戦争の瀬戸際で』東京堂出版、2018年、178-179頁。
172トランプ大統領のブレーンとして知られるスティーブ・バノンは次のように述べている。「軍事的解決などというものはない。そんなものは忘れろ。最初の30分に1000万人のソウル市民が通常兵器で死なないことを誰かが俺に筋道立てて示ない限り、君らが何を言っているのかわからんぞということになったんだ」。LawrenceFreedmanandJeffreyMichaels,TheEvolutionofNuclearStrategy,Palgrave,2019,pp626-627
173高橋杉雄「米国−核抑止戦略の再構築」『「核の忘却」の終わり核兵器復権の時代』勁草書房、2019年、35-36頁。
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しかし、通常兵器によって抑止が実現できているとするならば、北朝鮮は何故、多大のコストを払ってでも核兵器保有を追求しようとしているのだろうか。第一に指摘できるのは、韓国に対する対価値攻撃戦略は、韓国だけでなく米国にとっても「耐えがたい」と認識されていなければ意味がないという点である。したがって、米韓関係に大きな変動が生じたり、米国が韓国国民に大量の犠牲が出ることを受け入れる場合には、この種の抑止は機能しなくなる。
第二に、米韓連合軍の作戦計画5105(OPLAN5105)に見られような、北朝鮮政治指導部に対する限定攻撃戦略(いわゆる「斬首作戦」)への恐怖が考えられる。北朝鮮側は、このような限定攻撃も含めたあらゆる武力行使が全面戦争へとエスカレートするであろうとの威嚇を行うであろうが、日韓市民を危険に晒さずして北朝鮮の体制を崩壊させると米韓(あるいは米国のみ)が主観的に確信する可能性は排除できない。
したがって、北朝鮮が火星-7(ノドン)等の準中距離弾道ミサイル(MRBM)を開発し、これに核弾頭を搭載することは、「人質」の対象を韓国だけでなく日本の一般国民にも広げる戦略であったと理解することができよう174。北朝鮮が現在開発中の北極星-1及び北極星-3潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も、このような戦略の延長線上に理解することができる。
一方、2017年に北朝鮮が集中的に実験した大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の長射程弾道ミサイルについては、米本土を対象としたものと考えられ、日韓の国民を人質とする非対称な「相互の脆弱性」戦略とはやや様相を異にする。ただ、北朝鮮が有事に米国に到達させうる核弾頭の数やその落下精度(CEP)等を鑑みた場合、米露のように互いの核戦力アセットを標的とする対兵力打撃(counter-forcestrike)戦略を採用することは不可能であるから、この場合も米国民を標的とする対価地攻撃戦略となることは同様であろう。有事に1発でも米国に対して核弾頭が届きうる態勢(例えばICBMを全て移動式とし、隠蔽用の地下陣地を整備するなど)による「最小限抑止」を実現することが、米国自体に対する北朝鮮の抑止戦略であると考えられる175。
まとめるならば、北朝鮮は乏しい財政・技術的資源を長距離通常攻撃手段と核戦力に集中投資することにより、抑止力を実現しようとしているといえよう。これを整理したのが表21である。
表21北朝鮮の抑止戦略の構成要素
最小限抑止による「確証破壊」戦略ICBM(出典)筆者作成
韓国の一般国民
日本の一般国民
米国の一般国民
抑止戦略
非対称な「相互の脆弱性」戦略
長距離火砲・MLRS
核弾頭搭載型MRBM・SLBM
手段
標的
174Ibid,35頁。
175ヴィピン・ナランの議論に従えば、北朝鮮は非核超大国が取り得る3つのオプション(交渉材料として核兵器を開発する「触媒的」抑止、報復に重点を置くことで敵の核攻撃を手控えさえる「確証破壊」抑止、積極的な核使用によって通常戦力による攻撃をも手控えさせる「非対称エスカレーション」抑止)のうち、「確証破壊」抑止戦略を採用しているということになろう。VipinNarang,NuclearStrategyintheModernEra:RegionalPowersandInternationalConflict,PrincetonUniversityPress,2014,pp14-21
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他方、北朝鮮が単なる現状維持(現体制に対する武力行使の抑止)以上の戦略的目的を追求しているのではないかという見方もある。北朝鮮が2013年に公表した独自の核ドクトリン(「核保有国法」)は、核兵器の集権的管理と原則的な先制不使用を謳っていることなどからして最小限抑止戦略に近い内容を持つことは確かであるが、北朝鮮の核戦力はその後も少しずつ変容してきた。北朝鮮国防委員会が2016年、米韓合同演習に際して予防的な核攻撃があり得ることを明言し、核の先制不使用方針を反故にしたことはその好例と言えよう。
以上を鑑みるに、北朝鮮核戦略は単なる「現状維持」を超えて「現状変更的(revisionist)」な性格を持ちつつあるとキム・スンチュルは主張している(表22はこれを図式化したもの)。
表22
NorthKoreaandNuclearWeapons:EnteringtheNewEraofDeterrence,GeorgetownUniversityPress,2017,p37
形態I及びIIは概ねこれまで述べてきた通り、北朝鮮は、自国に対する軍事力行使を不可能にするために一般市民を人質にとり、なおかつあらゆる軍事力行使は核戦争に発展することを米国に確信させるために核戦力を保有すると想定される。現状において、北朝鮮は両形態の核抑止力をほぼ保有していると考えてよいだろう。
他方、「現状変更」に属する形態III及びIVは、「現状維持」を基礎としつつ、それ以上の目標を達成しようとするものである。例えば形態IIIは、「現状維持」によって北朝鮮が容易に軍事力行使を受けない状況を作り出した上で、韓国に対して低強度の軍事的挑発(2010年の韓国艦「天安」撃沈事件や同年の延坪島砲撃事件)を仕掛け、特段の懲罰を受けることなく米国の拡大抑止を有名無実化しようとするものと言えるだろう。さらにFASのマウントが指摘しているように、北朝鮮はKN-23等、MDシステム突破能力を向上させた通常型攻撃手段に注力することで、核抑止下の通常戦争で米韓軍の策源地や結節点を攻撃する能力を向上させ、「通常型抑止」(ここでいうそれは日韓の国民を人質に取る従来型の非対称な「相互の脆弱性」ではなく、有事の通常戦争遂行能力を目指すもの)を獲得しようとしている176。
これに対し、形態IVは核保有の既成事実化によって北朝鮮を公式に「核保有国」と認めさせ、一方的な非核化ではなく「軍備管理」という形で何らかの核抑止力を北朝鮮保有し続けることを米国に認めさせることを目指している。これは一見、「現状維持」と変わらないように見えるが、実際には北朝鮮が軍事的に優位な朝鮮半島情勢を作り出そうとするという意味ではやはり「現状変更」に分類されよう。形態IIIで追求される、米国の拡大抑止の有名無実化が実現するならば、国際的に承認された「核保有国・北朝鮮」の地位が持つ意味は政治的にも純軍事的にも非常に大きい。
176AdamMount,ConventionalDeterrenceofNorthKorea,FAS,2019<https://fasorg/wp-content/uploads/2019/12/FAS-CDNKpdf>
目標
軍事的
現状維持
I予防攻撃の阻止(確証破壊のデモンストレーション)
現状変更
側面
キムによる「核抑止の4つの形態」
III南北朝鮮の軍事バランスの打破(低強度の攻撃)
IV核保有国、平和条約、軍備管理II戦争の阻止(核戦争の脅威)(韓国を恫喝して地域のバランスを
象徴的、外交的
(出典)KimSunChull,“NorthKorea’sNuclearDoctrineandRevisionistStrategy,”KimSunChullandMichaelDCohen,eds,
変える)
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(2)イラン
中東のパワーバランスは、2011年「アラブの春」以降変化した。オバマ政権によるアジア太平洋重視のリバランス戦略とアラブの春を契機に、米国による「非リベラルな覇権」の衰退が決定的となり、米国の動向は中東諸国に意識されなくなった。トランプ政権以降、この傾向は一層顕著となり、その一方でロシアの影響力が拡大した。
この結果、中東諸国間では自分の身は自分で守ろうとする風潮が強まり「安全保障のジレンマ」が顕在化した。サウジアラビアやトルコの強硬な対外政策はこの典型例であり、サウジアラビア・イラン間で発生した「新冷戦」も未だ収束の兆しはない。また、イランの影響力が拡大し、米国の圧力にもかかわらず様々な戦線でイラン同盟勢力が優位となるも、制裁の影響でイラン国内は不安定化した。
このような状況下でイランの軍事戦略の中で大きな比重を占めているのが、レバノンのヒズブッラー(ヒズボラ)である。これは1982年頃に誕生したシーア派を主体とする対イスラエル抵抗運動を行う政党/NGO組織で、イランと深いつながりを持つ。「自爆テロ」の実行における先駆的組織だが、1990年のレバノン内戦終結以降、自爆テロは実行せず、また政治に参加し閣僚を輩出している。また、1980年代以降、イランとシリアのアサド政権とヒズブッラーは「抵抗運動枢軸」として同盟関係にあり、2011年に勃発したシリア内戦には2013年以降ヒズブッラーも参戦している。2018年時点で、常勤兵力は2万5000人以上、予備兵力は2万~3万人であり、約7~8000人がシリアで活動している。年間予算は推定10億ドルであり、各種の多連装ロケットや短距離弾道ミサイル、UAV(無人航空機)等を保有する。日米EUはヒズブッラーをテロ組織に指定している。
また、1990年代以降、イエメンで勢力を拡大している「フーシー派」と呼ばれる勢力がある。人口の35~40%を占めるイエメン北部のザイド派部族民を中心に形成された政治・社会・宗教運動で、正式名称は「神の支援者(アンサール・アッラー)」という。現指導者はアブドゥルマリク・フーシーである。その目的はあくまでイエメン国内における北部ザイド派部族民の地位向上、権力掌握であり、イランとの関係はあくまで政治的なものに過ぎない。また、米国やイスラエルに対抗する意思も能力も持たない。兵力は推定10万~30万人である。財源やイランからの資金援助については不明な点が多いが、報道によると石油製品への課税が年間2億3700万ドルであり、各種の弾道ミサイル保有する。2019年5月6日付「ウォールストリートジャーナル」紙によると、2019年5月までにフーシー派は計225発の弾道ミサイルを発射しており、そのうち数発はリヤドに着弾しているという。2019年5月9日付「ウォールストリートジャーナル」紙によると、サウジアラビア政府の推計では同国が撃退した「フーシー派」のUAV攻撃は2019年5月時点で140回を超える。「フーシー派」によるUAV攻撃の例を挙げると、2018年7月、リヤド郊外の石油精製所を攻撃し、さらに同月、「フーシー派」UAVがUAEの防衛システムをかいくぐりアブダビ国際空港で爆発した。なお、2019年9月のサウジアラビアの石油プラント攻撃については、依然としてイランの犯行とも「フーシー派」の犯行とも判断できない。
こうしたプロキシ(代理勢力)に加え、イランは独自の核開発も進めてきた。その背景には、1960年以降イスラエル核兵器に関して「曖昧政策」をとっており、核拡散防止条約(NPT)にも未加盟であることがある。同政策は「蓄積的抑止(cumulativedeterrence)」(アラブ側に繰り返し軍事的敗北を加えることでイスラエル壊滅の選択肢は非現実的だとの認識を持たせ、最終的にはイスラエルの存在をアラブ側に受け入れさせようとすること)の一環であるが、同政策に対しては、イスラエルが直面する脅威に対しては通常兵器で十分対処可能、抑止効果が限定的で却って中東の核競争を煽る、などの批判がある。実
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際にこれまでイランに加え、イラクリビア、シリアも核兵器取得に積極的な姿勢を見せてきた。サウジアラビアやアル=カーイダも同様の姿勢だとの見方もある。
2015年にはイラン核合意(JCPOA)が締結されたが、2019年11月5日、イランのロウハーニ大統領が翌6日から4度目の核合意履行の一部停止を開始すると発表し、フォルドゥ核関連施設の遠心分離機1044台にウランガス注入を開始するよう原子力庁に指示した。これにより、濃縮ウラン生産量はJCPOA以前と同水準になる。他方、JCPOA当事国との交渉は継続し、当事国が2ヵ月以内にイランでの原油販売や銀行の使用を認めれば、核合意の順守に戻ると主張した。イランはイスラエルに到達可能なものも含めて各種の弾道ミサイル戦力も保有している。
まとめるならば、イランの戦略は、自らの関与を曖昧にしたまま各種のプロキシを用いて中東全域で影響力を行使するとともに、弾道ミサイル能力を保有し、有事には核兵器を搭載可能な余地を有しておくということになろう。
おわりに
北朝鮮とイランの戦略に共通するのは、最小限度の核抑止力またはその潜在能力を保有しようとする傾向である。現在の米国が自国や同盟国(韓国やイスラエル)の市民を危険に晒すことを政治的に受け入れられない以上、米国には遥かに及ばない核戦力であってもそこには一定の抑止力を期待しうる。
他方で、北朝鮮とイランの戦略には相違点も存在する。北朝鮮の場合、軍事力の行使はあくまでも抑止力と位置づけられ、自らのみならずプロキシによる実力行使も基本的には抑制的である。他方、イランの場合は中東における流動的な情勢を利用してプロキシによる周辺国(サウジアラビア等、米国の同盟国を含む)への実力行使を多用し、2020年にはコッズ部隊のソレイマニ司令官殺害への報復として米軍基地に対しても直接軍事力行使を行った。イランが核抑止力をまだ完成させていない(核抑止力の明示的な保有を抑制している)状況では極めて危険度の高いエスカレーションであるが、現実に米国はイランへの報復を手控えている。これはイラン自体の持つ戦略縦深性が米国による報復を手控えさせたものと解釈できよう。
このように、北朝鮮やイランのように能力的な制約を抱えた国々は、有事による勝利というよりも、敗北の過程で優勢な側に与えうる損害の大きさを抑止の手段として用いていると結論することができる。
(執筆者:東京大学先端科学技術研究センター特任助教小泉悠)
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4その他の類型:インドを例として
上記1~3に当てはまらない国として台頭するインドがある。インドに関して公文書をたどっていくと、2017年を境に本格的な取り組みを開始したものとみられる。そこで本稿では、2016年までの動向、2017年以降の動向、日本にとっての政策的示唆、の3つに分けて、インドが新技術を安全保障上どのように利用しようとしているのか、分析する。
(1)2016年までのインドの安全保障政策における技術
1諸外国へ追いつこうとした過去
1947年に独立したインドは、発展途上国の中では数少ない、技術開発へ重点的な投資をした国といえる。特に、武器の開発に関しては、1964年には戦闘機の開発に成功し、1974年には核兵器、1983年にはフリゲート艦、1995年には弾道ミサイル、2004年には戦車の開発に成功して配備してきた。その主眼は、先進諸国に負けない技術開発能力を獲得することであった。
インドの技術開発には少なくとも2つの特徴がある。1つは、やはり先進諸国に比べ技術開発能力の基盤が弱いため、その育成なしに技術開発ができないことである。上記、国産兵器の数々についても、1964年に国産戦闘機の開発の指揮をとったのは第二次世界大戦の頃にドイツで戦闘機開発を行っていたドイツ人であるし、2004年に配備に至った国産戦車の部品の約半分は外国製で構成されている。現在でもインド政府は、オフセット政策などを利用して、外国から技術を導入しながら、先進諸国に負けない技術開発能力を獲得するために力を注いでいる状況である。
もう一つは、インドは実戦経験が非常に豊富で、これまで約30回程度、戦争・紛争・反乱・危機などを経験しているため、本来なら、実戦に即した技術開発が行われる可能性を指摘し得るにもかかわらず、それを経験していないことである177。例えば、イギリスの例を考えれば、フォークランド諸島がアルゼンチンに占領された際、イギリスは空母機動部隊をイギリス本土から遠く離れた海域に派遣して軍事作戦を遂行する必要性に迫られた。しかし、イギリスは空母搭載型の早期警戒機を有していなかったため、急遽ヘリコプタにレーダを搭載した早期警戒機を開発したのである。実際には開発には7週間かかってしまい、フォークランド紛争には間に合わなかったが、それでも技術基盤のある国は7週間で実戦に必要なものを開発する能力があることを示した。インドも実戦経験が豊富なため、本来であれば、実戦に即した兵器の技術開発が可能なはずであった。
しかし、残念なことに、インドの場合、イギリスがフォークランド紛争で見せたような技術開発に即した兵器開発に成功した事例がない。これはインドの国防省において技術が戦局を変え得る要素として重要であるという認識を持たないできたものと考えられる。事実、2016年まで、インド国防省の文書の中では技術の重要性について文書に記述している例が少ないのである。
177長尾賢『検証インドの軍事戦略-緊張する周辺国とのパワーバランス-』ミネルヴァ書房、2015年。90

22016年までにでた安全保障関連の公文書における技術の取り扱いこれまで、インドの国防省の年次報告書(1999年度~2016年度)、陸海空軍及び統合軍発表の戦略文
書、陸軍のドクトリン(2004年)178及び準通常作戦ドクトリン(2006年)179、海軍のドクトリン(2009年180、2015年181)及び軍事戦略(2007年182、2015年183)、空軍のドクトリン(2012年184)について、技術にかかわる部分がどのように記述されているか、調査した。その結果、わかったことは、以下の2箇所を除き、技術に関して記述がないことであった。
(a)「インド海軍軍事戦略(2007年)」124-127ページ:情報通信技術、ナノ技術、その他(代替燃料・推進技術・宇宙技術・武器技術(電磁波、マイクロウェーブ、直接エネルギ技術など)・精密誘導技術・材質・無人機・シミュレータ・コンピュータ技術)について記述。
(b)「インド空軍ベーシックドクトリン(2012年)」141-144ページ:戦闘用航空機、練習機、効率性を高めるもの、近代的武器、防空、情報電子、通信、宇宙、訓練、作戦インフラに関する技術が必要と記述。
このように非常に記述が少ないことは他の国の報告書と比較してインドの特徴といえ、インドは、新技術がインドの安全保障に与える影響についてあまり重視してこなかったことがわかる。インドは、過去、世界の技術開発においてリードする立場にはなく、インドが経験してきた戦争についても、技術が貢献してきた事例が少ないため、技術開発に対する信頼度が低かったものとみられる。
実際、インドにおける新技術への関心が低いことは、インドが新技術に投資する金額からも裏付けることができる。例えばAIに関してみた場合、世界でAI部門へ投資する金額は2012年には8億6000万米ドル(約949億6000万円)だったものが、2017年には64億米ドル(約7066億円)になっており、世界的な高まりを示しており、2017年に米国は180億米ドル(約1兆9875億円)、中国は米国を上回るともいわれる投資を行っている。しかし、インドの投資は7700万米ドル(約85億円)で、この数字は、世界1,2位を争う米中どころか、3位で26億米ドル(約2800億円)とされるヨーロッパ諸国、4位で8億米ドル(約883億円)とされるイスラエル、5位の5億400万米ドル(約556億5168万円)のカナダ、6位で2億800万米ドル(229億6736万円)とされる日本の投資と比べ、大きな開きがある。そのため、インドの新技術への関心が低かったことがわかるのである185。
178HeadquartersArmyTrainingCommand(IndianArmy),“IndianArmyDoctrine”,October2004
179HeadquartersArmyTrainingCommand(IndianArmy),“DoctrineforSubConventionalOperations”,December2006
180IntegratedHeadquarters,MinistryofDefence(Navy),“IndianMaritimeDoctrineINBR8”,August2009
181IntegratedHeadquarters,MinistryofDefence(Navy),“IndianMaritimeDoctrineIndianNavyNavalStrategicPublication11”2015
182IntegratedHeadquarters,MinistryofDefence(Navy),“FreedomUseofSea:IndianMaritimeMilitaryStrategy”,2007183IntegratedHeadquarters,MinistryofDefence(Navy),“EnsuringSecureSeas:IndianMaritimeSecurityStrategy”,2015184IndianAirForceAirHeadquarters,“BasicDoctrineoftheIndianAirForce2012”,2012
185Tracxn,“ArtificialIntelligenceSectorReport2018”,20182<https://tracxncom/reports/fMfLAJmqwTD4z61mrkRwbUsWTnIETKriWGCELb>
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(2)2017年以降のインドの安全保障政策における技術
1「統合軍のドクトリン(2017年186)」
このような技術軽視の傾向は、2017年を境に急速に変化し始める。その口火を切ったのが陸海空すべ
てを統括する「統合軍のドクトリン(2017年)」である。この文書では、51-55ページで、「防衛技術は戦略的資源」という認識のもと、「脅威(いいかえればニーズ)」に基づくアプローチと、「能力(この場合は技術)」に基づくアプローチのバランスをとる必要があり、今後、より「能力」に基づくアプローチを重視すべきと主張している。その上で、質と量の確保、能力の把握、願望と現実、中長期的な発展、継続的な監督と計画の修正について能力の向上をはかる。そのためには単に技術の導入だけではなく、軍の構成と近代化の総合的な結果として、インドが自国で開発した武器で武装し、外国から独立した国防政策を追求できるようにすることが必要であり、そのために軍はDRDOや公共部門、民間部門との協力を進める方針を示したのである。
2「陸上戦ドクトリン(LandWarfareDoctrine2018)187」
続いて、2018年12月、インドは「陸上戦ドクトリン(LandWarfareDoctrine2018)」を公表した。これ
は、2017年の「統合軍ドクトリン」に基づきインド陸軍の特に北部及び西部正面、つまり主にパキスタン戦を想定した想定した作戦の方向性を示す文書となっている。
文書の構成は、イントロダクションに引き続き、地政学的環境の分析を行っている。現在の状況は戦争でも平和でもない状態とした上で、想定される紛争の形態を場合分けし、その想定される紛争に対しどのような能力を持つべきか議論を進め、その中で技術について4ページにわたり記述しているものである。全体は13ページの文章であるため、4ページ技術に割いているのは、技術を大変重視した文書といえる。
技術に関して書いた部分は、新技術の導入により、情報収集、索敵・偵察、火力、機動力、精密攻撃能力、調整する組織の能力向上を図るというもので、つまり、各種能力の向上とともに、各種能力同士の連携を高めるといった趣旨で使われている。
興味深い点は、新技術に対する強い期待で8ページには「インド陸軍は、他の海軍や空軍と連携し、国益を追求するために、機敏で、機動力がある、技術重視の軍隊として構成されるようになる」と記述している点である。そして9ページには「人間と機械の連携」という項目があり、兵士とAI、ロボットを、現在保有する戦闘システムを効率的に統合することを、将来の軍事計画のコアであるとしている。また11ページには、「技術中心の環境」という項目があり、インド陸軍は近代化を継続し、将来の紛争シナリオにおいて台頭するであろう技術中心の戦闘環境において、特にキーになる技術として「AI、量子コンピューティング、ナノ技術、高エネルギ・レーザ、直接エネルギ兵器、超音速兵器など」とし、それらの技術がもたらすドローン、レーザ、電子パルス兵器システム、偽情報投入などによるスウォーム攻撃(群衆攻撃)の脅威に対処すると記述している。
このように、「陸上戦闘ドクトリン」は、インド陸軍の北部・西部正面を念頭に置いたものであるが、新技術の動向を含む形で、戦略的指針を示すものになっている。
186HeadquartersofIntegratedDefenceStaffMinistryofDefence,“JointDoctrineofIndianArmedForce”,April2017187IndianArmy,GovernmentofIndia,“LandWarfareDoctrine2018”,201812
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3「AIに関する国家戦略(NationalStrategyforArtificialIntelligence)」このような傾向は、インド国防省の中だけにとどまらない。インドのAIに関する投資から言えば2017年の7700万米ドル(約85億円)という数字は、2016年の4400万米ドル(約48億5850万円)からみれば大きな伸びを見せている上、2018年6月、インド政府のインド国家変革研究所が「AIに関して国家戦略(NationalStrategyforArtificialIntelligence)」188を公表した。これは、インド政府がまとめたAIに関する初めての報告書であり、安全保障面、防衛面について記したものではないものの、115ページの中にイ
ンドで行われた議論が濃密に記されている。
この文書の中心にあるのは、AIが産業形態をどの程度変革させるか、という問題であり、AIの定義を
示した後、5つの分野について、AIの可能性について検討している。具体的には、1医療に関しては、アクセスできる人を増やし、質も高める可能性があること。2農業に関しては、農民の収入を増やし、生産性を高め、無駄を減らす可能性があること。3教育に関しては、アクセスできる人を増やし、質を高める可能性があること。4スマート都市とインフラに関しては、急成長する都市の人口と連結した効率的な方法を提示する可能性があること。5スマートな移動手段と交通に関しては、よりスマートで安全な交通を提示し、渋滞の問題をより上手に処理した良い交通を形作る可能性があること、である。
同時に、この報告書はAIに関する5つの課題を指摘している。1AIを研究し適用する経験が広く欠如していること。2生態系に関するデータにアクセスすることができていないこと。3投入する資源のコストが高く、AIを受け入れることに対する認識も低いこと。4プライバシーとセキュリティの問題があり、特にデータを匿名にすることに関する法的な規制がないこと。5AIを受け入れ適用しようとするときに連携がとれていないこと、の5つである。
その中で、セキュリティに関するものは、まず、過去、航空機を運用しようとするときも危険だという意見があったが、人類は克服したのだから、AIに関しても克服できるはずだと指摘した上で、AIの信頼性の問題にかかわる、AIがミスをしていないかどうかのテスト、故障していないかのテストなどどうするのか、検討すべきとしている。
総じていえば、安全保障に特化した報告書ではないものの、インドがAIに関して包括的かつ詳細に記したものとして高度な議論が展開されており、注目すべき内容となっている。
4シンクタンクにおける議論の例1:海洋戦におけるAIの影響インドでは、安全保障関連のシンクタンクでの議論も活発になっている。例えば、インドの有力シンク
タンク、オブザーバー・リサーチ・ファウンデイションのターナー・ムカジー(TuneerMukherjee)は、AIが海戦にどのような影響を与えるのかについて、分析している189。その中でムカジーはAI関連の武器を大きく、戦闘システムと、より自律的な無人艦艇・航空機とに分けた。
戦闘システムとは、最終的な決断者は人間であるけれども、その人間に対し、どのような選択肢があるか、判断に資する情報の分析を行うものである。海洋環境においては、十分な地図のないところもあり、AIによる分析により適切な判断を提示することに、ニーズがある。とくに、交戦時においては、敵か味方かの区別をつけることができるかどうか、問われる。味方の軍と敵の軍、軍用と民生用、海賊と海賊に
188NITIAayog,GovernmentofIndia,“NationalStrategyforArtificialIntelligence”,20186<http://nitigovin/writereaddata/files/document_publication/NationalStrategy-for-AI-Discussion-Paperpdf>
189TuneerMukherjee,“Securingthemaritimecommons:Theroleofartificialintelligenceinnavaloperations”,ORFOccasionalPaper,2018716<https://wwworfonlineorg/research/42497-a-i-in-naval-operations-exploring-possibilities-debating-ethics/>
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乗っ取られた船の違い、など判別が非常に難しいケースも含めて判断することがどこまできるか。このような戦闘システムは、経験を通じてデータを蓄積し成長していくため、いいデータをとればとるほど良いものになる。そのため現時点ではまだ初期段階のシステムでも、将来はよくなる可能性がある。
AIがより自律的に判断して活動する無人艦艇・航空機においては、AIによる情報分析はより重要になる。特に殺傷可能な武器を搭載した場合はさらにAIが重要になる。だが、課題はそれだけではない。このような自律的な無人艦艇・航空機を運用するにあたって課題になるのは、通信を維持できるかどうかである。現時点では、艦艇、特に潜水艦は、通信を行う際に、塩水の波がある関係で、超低周波、極低周波に通信を制限されている。
このようなAIの戦闘システム、無人艦艇・航空機を投入すればするほど、そのソフトウェアに対するサイバー攻撃にどう対応するか、問われる。
ムガジーはこうした分析の末に、インドのおかれた現状を分析した。インドが新技術において大きく立ち遅れており、簡単な対抗手段ですら準備していない。中国は2015年にすでに無人艇QianlongNo2を使ってインド洋の南西側で資源調査などを行って希少金属を発見するなどしており、AIをつかったシステムによる海洋安全保障上の脅威が存在している。そして、インド洋という各国のシーレーンが通り、軍民両方の船が多数行きかうインド洋においてインドが運用するAIにとって最も求められる能力は敵味方の識別技術であり、急速な改善をもたらすために軍用にも転用可能な民生用技術であるデュアルユース技術を如何に活用するか、その必要性を指摘したのである。
5シンクタンクにおける議論の例2:陸上戦における3Dプリンタ及びAIの影響陸上戦に対する新技術の影響については、例えばインド国防省の研究機関、インド防衛研究所のサンジブ・トマー(SanjivTomar)が、3Dプリンタの技術が与える影響について分析し、特に軍の兵站面に大き
な影響を与える可能性について指摘している190。トマーがまず挙げているのは、装甲車両などの重要部品について、もし現地に3Dプリンタがあれば、
3Dプリンタで製造できる部品の設計図さえ送られてくれば、その場で製造できることになることを指摘している。そうすると、現在の軍事作戦では、大規模な修理部品を物資集積所に準備してから軍事作戦に臨むが、3Dプリンタが整備されてくると、そのような物資集積の必要性が減り、より即応した軍事作戦が可能になるとみている。このような状態は陸上戦だけでなく、海洋戦、宇宙空間においても同様であると指摘もしている。
また、災害派遣など、人道的な作戦においては、3Dプリンタで製造できるものが多く、例えば避難民のキャンプ設営などでは、3Dプリンタがシェルタから医薬品まで製造できるため、より部隊の展開は早くなることを指摘している。
このような軍の展開が早くなる現象は、特にインドのような広い国土に軍隊を展開させなければならない国にとっては大きな影響があるという。
ただ、同時に少なくとも3つの課題があり、まず、製造されてくるものの質が安全基準を満たすものであること、知的財産権とかかわる可能性、同じような武器をテロリストも入手可能になるので、デジタル
190SanjivTomar,“3DPrintingandDefence:ASilentRevolution”,IDSAComment,201413<https://idsain/idsacomments/3DPrintingandDefence_stomar_030114>
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ファイルの管理をどうするかという問題、さらにはサイバー攻撃に対してより脆弱になるため、その備えが必要になることなど、指摘している。
6モディ首相の「DefenceExpo」での演説
上記のように、2017年以降のインドの方向性は、技術の安全保障上の役割を非常に重視したものとな
っている。そして、そのことを端的に表したのが、2018年4月のインドのナレンドラ・モディ首相が、インド・チェンナイで行われた武器展示「DefenceExpo」において行った演説である。この演説の中でモディ首相は、「新しく台頭する技術、例えばAIやロボット技術に関しては、未来のどの軍においても防衛、攻撃両方において、最も重要な決定要因になる。情報技術領域をリードするインドは、この技術を生かして優位にたつことを目指す」と述べている191。この演説は、インドが「AIに関して国家戦略」が公表する2ヵ月前に行われたものである。2018年にはムンバイに、インドでは初めてのAIを専門に扱う研究機関を発足させてもいる192。インドはAIに重点を置き、新技術における優位を獲得するという野心を見せ始めた印として、重要なターニングポイントといえる。
(3)日本にとっての政策的示唆
インドの傾向は、日本にとってどのような政策を示唆するものといえるだろうか。インドがこれまで行ってきた技術開発の傾向は、諸外国の技術を導入して技術面で追いつく政策を採用する傾向を示している。そのため、今後、技術先進国との共同開発などを模索するだろう。
インドがもし諸外国との共同開発を模索するとしたら、それは、日米にとってはインドと協力すると良い機会を提供することになる。2018年7月のユネスコの指標によれば、米国が研究開発にかけている予算は約48億ドル(約5300億円)で、中国が研究開発にかけている予算は37億ドル(約4070億円)であることから、中国の研究開発費は急速に米国に追いつきつつあることが分かる193。特に中国は、AI、IoT、3Dプリンタなどの新技術に特に力を入れているものとみられている。そのため、中国による技術開発の進展で、次第に技術的優位を失いつつある日本や米国にとっては、新たに台頭するインドと協力して、技術開発の資金を確保することは有力な選択肢である。インドにとっても、日本や米国との技術開発協力が有力な選択肢なので、両者の国益は一致することになるだろう。
すでに日本とインドの間では、2018年7月、防衛省国防省との間で「UGV(陸上無人車両)やロボティクスに適用可能な、画像による位置推定技術に係る共同研究に係る取決め」が締結されている194。これは、「全地球測位衛星システムが使用できない環境において周辺画像により自己位置を推定・補完する技術について、評価用実験装置を仮作して試験評価を行うもの」とされており、広い意味でAIに関する
191RajatPandit,“Indianowwantsartificialintelligence-basedweaponsystem”,TheTimesofIndia,2018521<https://timesofindiaindiatimescom/india/india-moves-to-develop-ai-based-military-systems/articleshow/64250232cms>
192NileshChristopher,“India’sfirstAIresearchinstituteopenedinMumbai”,TheEconomicTimes,2018220<https://economictimesindiatimescom/tech/ites/indias-first-ai-research-institute-opened-in-mumbai/articleshow/63000704cms>
193“FindOutHowmuchdoesyourcountryinvestinR&D?”,UNESCOInstituteforStatistics,201876<https://howmuchnet/articles/research-development-spending-by-country>
194防衛省防衛装備庁「防衛省と印国国防省との間のUGV/ロボティクスのための画像による位置推定技術に係る共同研究に係る取決めの締結について」、2018年8月1日。<http://wwwmodgojp/atla/nichiinhtml>
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研究になるものと考えられる。また、このUGVは、実は中国側の侵入事件が多発する印中国境にニーズがある防衛装備品であり、日印が協力して中国対策を進める点でも重要なものである。
2018年10月の日印首脳会談において、安倍晋三首相とモディ首相は、「日印デジタル・パートナーシップに係る協力」で合意した。ここには、AI、IoTなどが明記されている195。こうした協力は、今後、より拡大していくだろう。
そのため、日米が今後インドと技術協力を進める際にどのような注意点があるか、把握しておく必要がある。まず、インドと協力する際は長期的な計画で臨むべきである。インドは兵器の国産化に力を入れてきたものの、その開発には時間がかかり、開発開始から配備まで30年以上かかっているものもある。そのため日米印の技術協力においては、かなり長期にわたることを念頭に置く必要がある。
また、インドと協力する際には、成功しやすい分野、高度だが製造業に依存しない分野に重点を置くべきである。インドの技術開発で成功したものを見てみると、ロケット・ミサイルを含む宇宙技術やITなどの技術開発においては、インドは開発に成功している。これらの技術の特徴は、例えばロケットや衛星は、高度なものをつくる必要はあるが、大量生産する必要はないことである。つまり、高度な技術者を有する研究所は必要になるが、大量生産するための重工業が必要なわけではない。ITについても同様の特徴がある。インドでは、高度な技術を有する人材は豊富であるが、製造業がまだ発展途上であるため、このような特徴に適合する技術が発展する傾向があると推測される。だとすれば、日米がインドと協力する際も、この特徴を念頭に置いて、協力すべき分野を選定する必要がある。
さらには、世界に散らばるインド系技術者のネットワーク構築に協力するべきである。インドは高度な技術者を大量に有するが、それは世界に散らばって存在している。そのため、世界に散らばるインド系技術者のネットワーク構築に協力することで、インドの潜在性をフルに発揮されるはずで、インド側でも海外に流出している科学者との連携などの提案もではじめている196。日米印それぞれには多くのインド系技術者がおり、ネットワーク化すると、大きな人材供給源になるだろう。
新技術開発の領域において本格的な開発を始めたインドは、モディ首相がいうように、世界のリードする技術を目指してくるものと予想される。日本としては、そのようなインドとの関係をどのようにして自国の国益につなげていくか、問われてくることになる。
(執筆者:ハドソン研究所研究員長尾賢)
195外務省「インド太平洋(アフリカを含む)における日印開発協力」2018年10月29日。<https://wwwmofagojp/mofaj/files/000415829pdf>
196ShamikaRaviandPuneethNagaraj,“HarnessingthefutureofAIinIndia”,BrookingsReport,20181018<https://wwwbrookingsedu/research/harnessing-the-future-of-ai-in-india/>
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V政策提言(まとめ)
1技術に留まらない広範なトレンドを理解せよ
外交・安全保障環境は新技術のみによって変化するわけではなく、政治・経済・社会といった広範な要素の影響を受ける。むしろ、このようなメガ・トレンドが新技術の有用性を決定するとさえ考えうる。我が国の外交・安全保障戦略を立案するための基盤として、政治・経済・社会に関する長期未来予測を実施し、その結果の中に技術を位置付けて評価するというメタ的分析を行うべきである。
2キーとしての基礎科学技術研究に立ち戻れ
技術の根本は物理法則により成り立っており、それはすべての技術にわたって同様である。その技術をどのように応用するかで、軍事用途となったり、民間用途となったりする。また、近年ではAIに代表されるように、軍民の双方において非常に大きな重要性を有する技術が登場してきている。すなわち、技術は基本的に両用(デュアルユース)であることを認識しておく必要がある。
経済・産業・安全保障等を技術に大きく依存する日本であるが、今後も世界水準の技術力を保持し続けるためには、その基盤としての基礎科学技術力を育成していくことが極めて重要である。短期間で具体的な成果を出すための応用研究と並行して、気の長い、時に失敗も出る研究開発を行い続けることが結果的に我が国の総合的な科学技術力を担保する基盤となる。野心的な研究開発を奨励し、その中から一定の失敗が出ることを戦略的に許容すること、短期間で成果を求めず、長期的な研究開発を認めることなどを科学技術政策の根本に据える必要がある。
3優位技術と有望技術の把握・発掘を政府が中心となって実施せよ
戦後、我が国は欧米、特に米国からの技術導入により国内技術力を発展させてきた。我が国の製造業が栄え、産業力が強化され、日本経済全体が発展した。そしてこの民生部門の技術基盤・製造基盤が、防衛産業の下支えを行うという構図が形成された。
しかしながら、20世紀後半から先進諸国は、我が国の経済的、技術的伸長を脅威と見なし技術の流出制限をかけてきたことと、西欧流の経営方式による国際化の波という二つの大きな環境変化が、21世紀に入り顕在化してきた。これにより、これまでの構図の維持が不可能になり、失われた20年とも呼ばれている。
日本に技術はある。さらに中小メーカーには独自の技術がある。それを外国が見つけて持っていく前に組織的に発掘していく必要がある。日本が持つ優位技術や今後の有望技術を政府が中心となって常時把握する仕組みを作り、後者については積極的に育成する施策を講じるべきである。
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技術は新しいことに挑戦しなくなったらおしまいである。技術者が新しいことに挑戦できる環境を整備してこそ、我が国の安全保障に寄与できる。こうした環境整備に日本が主体的に挑戦すべき時代が訪れていることを認識すべきである。
4産学官の連携による科学技術の振興を図れ
デュアルユース技術に代表されるように軍民の技術の垣根が曖昧化し、非常に速いペースで先端的な技術革新が進む状況下にあっては、従来のように防衛当局と防衛産業を中心とした防衛研究開発では世界の水準にキャッチアップできなくなる恐れがある。先端的な研究を行っている企業や学術界の安全保障への全面的参加が必要であり、これら産学官が連携できる仕組みを、諸外国の取り組みを参考に日本でも整備すべきである。
米国は、DIUを設置し民間の先端技術、新興技術の発掘を進めている。中国は、「軍民融合」を標榜し、国を挙げて技術開発を進めている。我が国の中小企業、スタートアップ企業が有する先端技術、新興技術を発掘するために日本版DIUの設置、あるいは10項に示す「技術のシンクタンク」を設置し、技術発掘の任務を付与すべきである。
5安全保障関連技術の管理を強化せよ
学問はオープンという考え方があるが、技術は国家の安全保障に大きな影響をもたらす。技術の管理、研究者・技術者の管理、さらに研究への支援が技術情報保護のために必須の条件となる。
特に中国に対しては、民間企業・大学との技術情報・人的交流の枠組みを見直すべきである。中国は新興技術獲得のためにサイバー攻撃や犯罪行為のみならず、合法的な輸入や大学研究機関・企業を通じた情報収集を行っている。「軍民融合」が国家戦略となっている以上、民間機関との交流であっても軍事転用リスクは常にあることを研究者に認識させるべきであり、そのことを念頭に置いた制度設計をすべきである。
具体的には、次のような管理的枠組みが求められよう。
情報保護に関する資格制度(セキュリティ・クリアランス制度)の制定
重要情報を扱う権利と責任(罰則を含む)を明確にし、国際協力を行う場合には相手国との同等性
に確保する。
大学・研究機関における先端技術情報管理の強化他国の大学との共同研究、留学生や外国人研究者からの先端技術・大量破壊兵器関連技術の拡散が
懸念される。さらに、日本経済の競争力への負の影響が引き起こされることもあろう。こうした事態
を予防するため、外国機関や外国人との共同研究・教育に関する技術管理枠組みを国が主導で設立す
べきである。
科学者の出国規制や出国届出制についても、その必要性の有無や範囲、適用形態等を含めて検討する必要がある。現在は研究者の良心に依存するという性善説に頼っていることを見直すべきである。
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6安全保障技術面での国際協力を深化・拡大せよ
2018年7月のユネスコの指標によれば、米国の研究開発予算約4800億ドル(約53兆円)に対して中国は3700億ドル(約40兆8500億円)であり、急速に米国に追いつきつつある197。我が国及び西側社会全体が中国に対する技術的優位を今後とも確保し続けるため、日米欧での安全保障技術協力をさらに深化させる必要がある。個別の防衛装備品やその要素技術、より根本的な基礎科学技術に至るまでの広い領域で米欧諸国と協力を行うべきであり、その結果は安全保障分野のみならず長期的な国家の基礎体力を支える科学技術力や経済力にもフィードバックされることになろう。
また、米欧以外には、インドとの協力を検討すべきである。インドは世界最大の民主主義国家として日本と価値観を共有するのみならず、技術発展も著しい。インドにとっても、日本や米国との技術開発協力は有力な選択肢である。ただし、インドの研究開発には長期の時間がかかる例が多く、先端技術はあっても製造技術が未熟であるなどの問題もある。これらを考慮して、インドとの間では、長期的な視野から製造業に依存しない先端技術協力などを進めることが望ましい。世界に散らばるインド系技術者のネットワーク構築も日本にとって資産となろう。
7中露がシャープパワーを行使する国々で日本のソフトパワーを用いた外交を展開せよ
科学技術が安全保障に影響を与える影響は、まずもって個別の兵器システムや戦闘方法に関するものである場合が多い。他方、人々の価値観や認識は社会全体の枠組みを大きく変える場合があり、技術革新はこうした社会の大枠と共鳴して新たな安全保障環境を作り出す。
この意味では、中国やロシアといった国々がシャープパワーと呼ばれる無形力を行使し、既存の国際秩序に関する正統性そのものを損なおうとしていることは大きな脅威である。特に中国は先端科学技術をシャープパワー行使の道具やソフトパワーの源泉としており、実際に大きな国際的影響力を発揮するに至っている。
このような状況に対抗するためには、西側社会が築いてきた既存の国際秩序を現在の状況に合わせて見直し、その正統性を国際的に広く認知させておく必要がある。この既存秩序と中露の目指す秩序変更の間で動揺している非西側中小国は、我が国の民主化支援やパブリックディプロマシーの重点目標とされるべきである。
197“FindOutHowMuchYourCountrySpendsonResearch&Development,”howmuchnet,2018716<https://howmuchnet/articles/research-development-spending-by-country>
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8国際的な規範創造の場における日本政府のプレゼンス向上を図れ
国際的な規範創造の場における日本政府のプレゼンスを高めるべきである。CCWの各種会合ではNGOや各種市民団体の発言力が年々増しているが、彼らが日本の長期的な国益にとって真に有用な提言を行っていると言えるか、その動向を注視すべきである。
9政策決定者による新興技術への理解を深めよ
国防・安全保障問題は、国家の存亡及び国民の生死に係わる問題である。先端技術、新興技術に係る国防・安全保障強化がますます重要視されるなかで、研究者だけではなく、政策決定者も、AI、合成生物学、ニューロテクノロジーなどの新興技術自体への理解を深めるべきである。AIに関しては、AIを使った悪意ある攻撃について理解しつつ、AIの限界についても良く理解し、その影響力と脅威についてしっかりと考えていく必要がある。合成生物学に関しては、細菌の遺伝子改変による未知の生物兵器の開発とともに、その悪用(テロ攻撃に利用すること等)への対策について検討すべきである。現在(2020年1月以降)起きているコロナウィルス感染対策をバイオテロ対策立案のための教訓とすべきである。ニューロテクノロジーに関しては、今後、特定の個人やグループが、ブレイン・マシンインターフェースを利用した遠隔でドローンや小型ロボットを操縦・制御しつつ、いつでもどこでも、不特定多数の人間に対してテロ攻撃を仕掛けることができる可能性がある。また、今後、脳を損傷した兵士に対して、ニューロテクノロジー等を利用した、命令通りに反応するサイボーグ化手術を行うことが可能になることも十分想定され、サイボーグ兵士を利用したテロ攻撃等を行う国家が出てくる可能性がある。
良かれと思って開発された技術が悪用されることを想定した政策決定をすべきである。
10「技術のシンクタンク」を設立せよ
サイバー・フィジカル・システム(CPS)時代が到来し、科学技術が社会全体の中で極めて大きな比重を占めるようになった現在、国際社会において我が国の国益を追求する上でも技術的要素を考慮することは必須である。そこで、最先端技術の動向に関して総合的な目配りを行うことができる、RAND研究所のような「技術のシンクタンク」を我が国でも設立することが求められる。
このようなシンクタンクは、世界の技術的動向を調査・分析するとともに、これを踏まえた政策研究・政策提言、技術評価等を行うことが期待される。また、これらの業務は「技術の目利き人材」を育成することにもつながる。こうした人材を政府や産業界とシンクタンクとの間で還流させることにより、人材の育成・交流拠点としての機能を果たすこともできよう。
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11アウトサイダーを戦略的に活用せよ
新技術によってもたらされる紛争や危機的事態は、従来の技術によって発生していたそれの延長上にはない可能性が高い。サイバー・情報空間内で行われる各種のオペレーションや、ハイテクとローテクを組み合わせたグレーゾーン型事態などは古典的な国防政策や安全保障政策の専門家のみによっては予測・対処できない恐れがある。そこでハッカー、ブロガー、作家といった政策立案コミュニティにとってのアウトサイダーを戦略的に活用し、既存の専門家では思いもつかないような将来環境の予測や、現に発生しつつある問題への対処への貢献を求める必要がある。
12ELSI対応の枠組みを構築せよ
日本においても近年、様々な公的機関により、民間部門の安全保障分野への研究開発資金の投入が行われているが、資金配分機関等の行動準則において、明示的にELSIの問題が意識されているとは言いがたい状況にある。組織の規範や公募条件等の資金提供のルール、実際の研究開発段階等の複数のレベルにおいて、米国における同様の取り組み(DARPA等)を参考にELSIにも対応した枠組みを構築し、「安全・安心」を確かなものとするための研究への公的資金投入の意義に関し、国民のより良い理解が得られるように努めるべきである。
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令和元年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(調査研究事業)「技術革新がもたらす安全保障環境の変容と我が国の対応」
〒135-8473
東京都江東区深川2-6-11電話FAX
富岡橋ビル4F03(5245)101103(5245)1062
報告書
令和2年3月31日発行編集・発行公益財団法人未来工学研究所