サイバーセキュリティを高めながら心の病気を治し中のブログ

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ステーショナリーの枠のデザインが素晴らしい

https://shop.noma.org/collections/notepads-2

 

公園に忘れて失くしたKindleでテキスト1ページ分を枠の中のテキスト、という表示にしてやっと読書体験を私は進めることができた。

 

このショップはかなり理解が深いと私はみた。なぜなら、メモの枠を重視しているからである。

 

iPadを私が購入しない理由は、コレ。同時にiOS15デバイスのメールappが好きな理由の1つ。読みやすいかどうか? なのである。

 

コレは絵的な美観を知っているかどうか? ということにかかっている判断が必要。

 

理解できる人はいるだろうけれども、理解できない人をバカにすることは不可能。なぜなら、本人がテキストを読むことについて

読みやすい

ならすべてOK、というわけだからである。

 

ただし、いろいろな理由があるから、枠のデザインが精神的な意味合いを持つことを重視する人は、優れているとは思うけどネ。

 

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コレは電子レンジでお馴染みかもしれん。メガトロンとかいう図形の名前だったが忘れたナー

 

何かを見ている目を私は見ている。パワーを感じるかどうかはこの能力によるものである。

目で見る体験をどこまで高めれば、真実がわかるのか? 見るだけで自分が強く成長する、というロジックを知っている人には、映画マトリックスのスミスがオラクルに乗っ取られたときのリアクションが本当にオモシロク思える筈だ。

 

とにかく、万事がコレ。目を見ている私、という感覚を持つと良いだろう。なにかを見ている目を見ている私、というか。まあ枠付きのノートだと能力が上がる人がいる理由は、体験が豊かだからである。目を瞑っても見えちゃう。そういう体験まで行く。瞼が透けて見える、といえば私の体験になる。

 

目を見ている私を見ている目を見ている私

このあたりまでイケそうな気がするけどね。

 

このステーショナリーはNewton OSのステーショナリに価値を見いだした目を見た人なら、価値がわかるのだろう。たぶん、だが。

 

さまざまな色彩の体験を経た人のハナシによく出てくるハナシがある。誰かに作らされたようだ、という趣旨の発言 ←(*'ω'*)コレ

 

自分が想像して作ったわけだが、完成に近くなるとなぜか自分のキャパシティを超えてしまうのである。こんな完成じゃ失敗じゃネーか? と思っているのだが、なぜか名作扱いを他人から受けるので、そうなのかな? と作者自身が考えをあらためて、結果として成長し、その後で作品に感謝したりするわけだが、こういう感覚やね。体験は物理的、感覚は常に必ず感情との戦いになる筈である。こういう場合のアーティストの場合は、だが。

 

感情とは旧皮質からくる衝動を新皮質が言葉に変換して思考となる、その思考内容のことである。うれしい、かなしい、とは感情である。つまり、思考内容である。ロジックは思考。思考は新皮質。新皮質の活動は魂。魂とは新皮質の活動のこと。魂の活動とは、宇宙との統合や宇宙との分断を精神的に行うこと。精神とは何か? 思考のこと。

 

だんだんわかんなくなってくるはずだ・・・

ザマアミロ・・・

クソッタレ・・・

シルクでケツを拭くようだ・・・

笑・・・

 

このように、宇宙といまは分断した。フランス語は宇宙と分断することには向いていない。だが、心を込めてバカにするとフランス人は宇宙との分断を可能にするだろう。コレはどの民族でも同じなのだが・・・

ようは、シルクでケツ・・・そういうカンジでフランス語は優秀・・・というだけで・・・

 

バカをバカにすると正しい罵倒になる。正しい罵倒とヘイトの違いを魂の活動に役立てると良いのである。正しい罵倒をすると、宇宙との分断体験が可能になる。

 

では、宇宙との統合体験はどうすれば良いのか?

真実を知り抜こうとすると、できる。絵描きが描こうとしている意味を探して、たとえばゴッホが靴に時と共にあるものは自分の皮膚、とか意味を見出したら靴を一生懸命、見る目を見る自分を見る体験をする筈だ。このように、モノとの一体感を得るためには、必ず、その対象物に意味を自分とその対象物の内部から見出し、発見したら、ちゃんとアートする ←(*'ω'*)コレ

 

コレならモノとの一体感を得られるわけで、その一体感のスケールの大きさを最大にしたときに、玄関の面積どまりのスケールの小さい想像になっちゃうのか、大宇宙に届くほどデカいモノを描けたのか? 描けたときに、はじめてそのスケールのデカさは宇宙最大となった、といえるのである。

 

宇宙最大のチンポコ

 

を文字どおりにチンポコで表現することはサイワイかな

 

サイワイ最大値を求めない奴は、チンポコ野郎かと私は思うネ。チンポコがデカい、と自慢する時の私は、必ずバカを宇宙最大スケールのバカをもってバカにしているのだが、アンタらはどうであろうか?

 

シルクがズレるから拭けない時もある

 

そういうわけで

🧻🧻🧻🧻

クソッタレ

バカヤロウ

クタバレ

シネ

🚺🚺🚹🚹

 

シルクでケツを拭くような辞書とはナポレオンの持ってた内面の辞書である。帝国主義の・笑

バカだと思うがネ 私はだがネ・笑